第37話・8/14修正版

 不意に目が覚めた。


 リュカが「もうお目覚めですか?」と心配そうな目を向けてきていた。


「どれくらい寝ていた?」

「一刻半ほど……」

「そうか……あまり休めてないか……」


 深呼吸をし、呼吸法で精神を整えていく。


(……なんか変な夢を見た気がするけど、あまり覚えてない)


 悪夢にうなされるのは日常茶飯事だが、今回は悪い夢ではなかった気がする。


「テオ様、もう少し休まれたほうがよいかと……」

「いや、変に目が覚めた」


 リュカの言葉に苦笑いを浮かべて答えていたら、アシュレイが心配そうな顔で尋ねてくる。


「テオ、もう少し休んでくれてていいよ」

「心配してくれてありがとう、アシュレイ。でも、大丈夫だよ」


 これが友情の美しさというものだろう。


 実際のところ、疲れはほとんど取れていないし、むしろ寝る前より疲労感があった。だが、パーティーの支柱である自分が弱っているところを見せるわけにはいかない。テオドールはレイチェルへと視線を向ける。


「そうだ、レイ、たしか君はリュートを持っていたな。一曲、弾かせてくれないか?」

「はい」


 レイチェルが倉庫の中からリュートを取り出し、テオドールに差し出してきた。


 テオドールがリュートを構えた瞬間、「テオ様」とリュカが声をあげた。「どうした?」と視線を向ける。


「誰か来ます」


 その言葉を受け、テオドールも魔力感知サーチを奔らせる。魔力のゆらめきや輝きから察するに受付の者だろう。テオドールはリュートを自分の倉庫に入れ、皆を手で制しつつベッドから立ち上がった。同時に部屋の扉がノックされる。


「なんですか?」

「すみません。宿の代金に関してお話が……」


 その言葉に扉を開けた瞬間、男が剣を突き出してきた。完全なる奇襲だったが、テオドールは自動的に躱しながら男を投げ飛ばす。


(魔術的な違和感はなかった……)


 仮に魔術による洗脳ならば、魔力感知サーチでわかる。まるで、この奇襲が合図だったかのように、外を歩いていた冒険者の動きが変わった。

 一斉にテオドールたちが泊まっている宿屋へと向かって走ってくるのだ。


(まさか全員、魔術で作り出した使い魔だったのか?)


 魔力感知サーチ的には、そういう結論には至らない。


(魔力的に一般人だ。だが、この数を魔術で洗脳するなんて……)


 ありえるのか? と思った。


 そもそも精神系の魔術は術式が複雑だ。


 自己催眠ともなれば、多少は楽になるが、他者の意識を変容させる魔術はかなり高度な魔術である。仮に催眠に成功したとしても、動きの制御や単純な命令を行わせる程度しかできない。複雑な命令はより複雑な魔術式となるし、魔術式を組み上げる間、対象が大人しくしているという保証もない。よって、コストパフォーマンスがよくない。


 更に洗脳系の魔術式は普遍化ができないため天慶スキル化しても、個別の対象以外には効果が無い。脳の構造が違うため、一人一人、別々の魔術式を構築しなければならないのだ。


「戦闘準備!」


 テオドールの言葉にリュカは窓のほうへと視線を向け、レイチェルたちは護身用の武器を構えた。


(この数を魔術で洗脳するなんて時間がかかりすぎるし、消費する魔力もバカにならない)


 テオドールのように天級以上の魔術士ならば、三日かければ、かなりの数を支配下におけるかもしれない。だが、自分ならしない。効率が悪いからだ。


特殊天慶ユニークスキルか……もしくは、もっと前から計画されていたか……)


 投げ飛ばされた男が立ち上がり「うああああっ!」と叫びながら剣をアシュレイに向ける。すぐさま最小限の雷撃を放ち、意識を奪った。


「全員聞け! 最低でも百人単位の冒険者がこちらに攻撃をしかけてくる! おそらく全員、精神系の魔術か天慶スキルの影響下にある!」

「出ますか? 籠りますか?」


 リュカの問いかけに「基本は籠城! ただし火攻めなど状況が変われば打って出る!」と叫びつつ廊下に出ながら冒険者を殴り飛ばす。


「リュカ! 窓からの侵入者は任せる。残りは魔術でリュカを援護! 四半刻ほど耐えてくれ!」


 言いながら振り下ろされる剣を躱し、鎧通しの掌底で冒険者を殴り飛ばした。


雷霆結界レヴィン・グレイヴの魔術式を構築するまで他の魔術は使えないか……)


 威力を考えなければ、すぐに構築はできる。

 だが、それをやれば、死者の数が桁違いに跳ね上がるだろう。威力を調整する術式を組み込まなければならない。

 それが厄介だ。


「敵の攻撃方法は不明だ! 最悪、こちらも相手の術にハマる可能性がある! 気をつけろ!!」


 各々が了承する声が聞こえる。


 そんな中、テオドールは迫りくる冒険者を殴りながら魔術式を頭の中で構築。それと同時に敵の狙いも類推していた。

 体の動きはほぼ自動化。なにも考えない。魔術式は映像的に処理し、敵への類推は言語で考える。マルチタスクに辟易する容量すら無い。


(クソ……術者はどこだ? どうせ、あの逃げた二人のどちらかだろうけど……)


 この状況を打破するのではなく、敵の狙いを覆す方策を考えながら、片っ端から冒険者を殴り飛ばす。


(さすがに人死にが出たら、その原因を友と呼ぶのは世間体的にもアウトだろうな……)


 ただでさえアシュレイを暗殺しようとしている連中だ。

 敵を友達にするには、アシュレイたちの感情が最も大きな障害となるため、殺人は避けたかった。


(どうにかして友達にしなければ……正々堂々と殺しあえば、きっと親友になれるはずだ!)


 ただでさえ余裕の無い状況だったが、テオドールは敵を友達にする方法ばかり考えていた。


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