第35話・8/14修正版

 ダンジョン内都市イルミナドは、ダンジョンで切り出された石と土によって作れた城塞都市だ。建物もほとんどが石造りで、木材は第一階層から輸送してくるようで、ところどころでしか使われていない。


 荒野のダンジョンでは貴重な水辺が近場にあり、水の管理をしている内に小さな街となっていったようだ。当然、ダンジョンの中ということもあり、行きかう人々は全て冒険者であり、イルミナドで商売をしている者は冒険者ギルドの職員や嘱託冒険者だった。


「人多いですね……」


 レイチェルの言葉にリュカが「ほとんどが実習生でしょう」と答えていた。この様子だと宿は取れそうも無い。

 通りは人でごった返しており、その全てが冒険者としての装備をしていた。とはいえ、城壁内ということもあり、皆、緊張感が無く楽しげに騒いでいる。魔物の襲撃に備えなくていいため、気が休まるのだろう。


「まずは補給だ。必要なモノのリストはリーズ、君に任せてあったな」

「ええ。こっちにまとめてあるわ」


 テオドールはリーズレットからバビルス紙に書かれたリストを受け取り、中身を確認。五人分の補給リストとしては申し分なかった。


「補給後、宿が空いてたら泊まろう。最悪、野宿になるが……」

「野宿いいじゃないですか」


 レイチェルがニコニコ言いながら答える。


「解放感があって私は好きですよ」

「まあ、最悪、良さげなテントや寝具があったら買おう。魔晶石を売れば、いくらか用立てられるだろうし……」


 そのままテオドールたちは街の中にある市場へと向かった。

通りの両端には簡易的な屋台が並んでおり、様々なモノが置かれていた。夕方ということもあり、店の数は少なく、呼び込みの勢いは無かったが、朝市になれば、もっとにぎやかなのだろう。

 それでも道行く人々の数は多い。

 不意に屋台の前にリーズレットが立ち止まる。


「この干し肉ってなんの肉?」

「第三階層産のマール牛だよ」


 どうやら第三階層では畜産が行われているらしい。


「いくら?」

「三百ギラムで5000ガルドだ。金貨での支払いなら四百で5000ガルドだな」

「高くない?」

「外と同じ値段だと思われちゃあ困るぜ」

「ダンジョン内物価なのは理解してるけど、それでも高いわよ。こっちを初心者だと思ってるならいいわ。他の店にしましょう」

「ちょっと待ちなよ、お嬢ちゃん。悪かった。たしかにふっかけたことは認める」

「2500」

「それじゃあ、儲けが無くなっちまうぜ。3500」

「2750」

「3200!」

「じゃあ、今置いてる干し肉全部買ってあげるから四百ギラムを3000でお願い」

「金貨でか?」

「ええ、金貨で支払うわ」


 屋台の男は頭を掻きながら黙り込む。頭の中で計算をしているのだろう。


「しかたがねぇな……わかった。四百ギラム3000だ。持ってけ泥棒!」

「ありがと。あ、全部買ってあげるんだし、端数分はオマケしてね」


 ニコリと微笑むリーズレットを見て、屋台の親父はため息をついた。「商売上手だねぇ」と嘆息している。

 そのまま親父は並べていた干し肉をリーズレットに手渡し、会計をすませた。リーズはすぐさまボックスに干し肉を入れた。

 その店を離れながらアシュレイがリーズレットに話しかける。


「リーズってけっこう世間慣れしてるんだね」

「まあ、西部で商人相手に商談してるしね。言っとくけど、さっきは向こうの勝ちよ。適性価格は2500から2750ね」

「じゃあ、わざと負けたの?」

「今後、お世話になる可能性もあるでしょ? 多少得をさせてあげておけば、なにかしらいい話が舞い込んできたりするのよ。自分ばかり得する考え方はダメね」

「なんか、リーズって貴族令嬢とは思えないね……」

「中央ではどうか知らないけど、西部だと別に珍しくないわよ。まあ、私はちょっとやり過ぎてるけど、レイだって必要最低限の武術を修めてるし、リュカなんて下手な騎士より強いわよ」

「うん、まあ、そうだね……なんか、みんな、すごいなって……」

「すごくないわよ」


 リーズレットはため息をつきながら答える。


「西部の貴族は中央貴族より早く大人にならないといけないだけ。商売だったり政治だったりなんでもいいけど、戦える術を持たないと生き残れないの」

「女性でも?」

「強い男の庇護下に入るって生き方もあるけど、それも女の戦いよ。愛されるのにだって才能や努力は必要なんだから」

「それは、まあ、たしかに……」

「そっちのほうの才能は、私、そんなに無いから……」

「そんなこと無いと思うよ。君はとても美人だし……」

「ありがとう。でも、アシュレイ、私はなにがあっても、あなたを友人以上に見れないから、そういう発言は不用意にしないほうがいいわよ」

「別にそういうつもりで言ったわけじゃあ……」


 いきなり振り返られ、リーズレットにビシッと指さされた。


「テオ、そういうことだから!! 変な誤解するんじゃないわよ!!」

「あ、はい」

「少しは誤解してもいいんだから!!」


 どっちやねん、と思いながらテオドールは「ははは」と笑いながら「リーズレット様はいつもお綺麗ですね」と世辞を述べておいた。

 そんなやりとりをしつつ、主にリーズレットが交渉をしながら補給を終える。多少、足が出たため、魔晶石をいくらか金に替えた。


 その後、どうにか宿を探したが、大通りに近い宿はほとんどが埋まっていたため、裏路地のさびれた宿屋にまで掛け合うことになった。


「どうにか空いているようですね」


 リュカの言葉にうなずきつつパーティーメンバー五人が入れる部屋へと通された。角部屋らしく窓が二つあり、木製のベッドが六つ並んでいる。燭台の火を灯し、テオドールは襲撃に備え、一番安全なベッドにレイチェルを指定し、その後、アシュレイ、リーズレット、リュカ、自分と決めていく。


「襲撃に備える必要がある。部屋から出る時は俺かリュカを連れていくように」


 その言葉に一同はうなずいた。


「リュカ、少しの間、魔力感知サーチを消すから、警戒を頼む」

「了解しました」


 三日ぶりに魔術から解放される。だからといって、なにが変わるというわけではない。


「少し寝る。みんなも休んでくれ」


 そう言いながら目を閉じれば、あっという間に意識は眠りへと落ちていった。


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