第13話・8/14修正版
決闘は放課後に行われることになった。
その日のうちに噂は校内を駆け巡り、一大イベントとなってしまったようだ。担任のマリィ女史に、考え直すよう説得されたが、ベアルネーズの謝罪が無い限りは退かないと突っぱねた。
決闘場所である中庭へと向かう途中、ケイティとローズに「大丈夫?」と声をかけられた。かなり心配そうな表情だ。
「大丈夫だよ。これでも元騎士……見習いだからね」
「でも、私たちが君に話しかけちゃったから……」
「ごめんなさい……」
騎士という男社会に長くいたため、どうにも平民女性の扱いは苦手だ。貴族の女性と違って、言葉の端々に政治の臭いがしないし、感情を隠さないあけすけな物言いなのだ。
どう答えればいいか考えていたら横からレイチェルが出てきた。
「安心なさってください。この決闘にあなた方は関係ありません。これはシュタイナー様が決めたことですので」
「ああ、レイチェル様のおっしゃるとおりだ。これは俺の問題だよ。君たちのせいじゃない」
レイチェルの助け船に乗っかったのだが、当の本人は不満そうな顔でテオドールを見ていた。
「シュタイナー様、なぜ私に対して敬語なのでしょうか?」
「はははは、そんなの当然ではありませんか。レイチェル様は侯爵令嬢様であり、私はしがない平民ですので」
なぜだかテオドールに殺気が二つ向けられた。
(おかしくね? どうして護衛の方々、俺に殺気ぶつけてくんの?)
「身分など関係ないかと思います。幼い頃からの長いつきあいではありませんか」
「は、はははは……」
「それに、身分どうこうで、このまま敬語をお使いになられるのでしたら、侯爵令嬢として敬語を使うな、と命じなければなりません。それは、とても不本意です」
「まあ、その、人前ではさすがに……」
「では、人のいない場所では敬語を使わないという言質は取りましたからね」
嬉しそうに笑っていた。
そのおかげか、護衛役の殺気も消えている。
「まあ、とにかく二人が気にする必要は無いよ。うまいことやるから」
「……がんばってね」
ケイティの応援に合わせてローズもこくこくとうなずいていた。テオドールは「ありがとう」と礼を言って、教室から決闘場所の中庭へと向かう。自然な流れで左にレイチェル、右にリュカが並んでついてくる。
そのままリュカが口を開いた。
「ベアルネーズ男爵様の情報は必要ですか?」
「男爵家なのか……侯爵令嬢を口説くなんて豪胆だな」
テオドールの発言にレイチェルが苦笑を浮かべる。
「中央の方々は地方貴族を田舎者とやや下に見ていらっしゃいますから」
「それでも限度というものがあるだろ。お前の護衛がブチギレてるぞ」
「一応、護衛の者には再三に渡って短慮は慎むよう諫めています……ですが、ベアルネーズ様は、なんと言いましょうか……いろいろ伝わらなくて困ってるんです」
どうやら、ああいう無礼な求婚は今回が初めてではないらしい。
西部なら、ベアルネーズは既に死んでいるだろう。
「テオ様、申し訳ございません。このようなことに巻き込んでしまって……」
「気にするな。多少、おもしろくなかったのも事実だしな……」
「そうやって気を持たせるようなことをおっしゃらないでください。本気にしてしまいますよ?」
テオドール的には人死にの出る展開が面白くない、という意味だったが、レイチェルは違う意味で受け取ったようだ。あえて訂正するのも野暮なので、曖昧な苦笑いで受け流した。
「それで、ベアルネーズ様はお強いのか?」
「ベアルネーズ様が百人いてもテオ様には勝てません。雑兵に毛が生えたレベルだと思ってください」
リュカの声音は淡々としているが、かすかに不快さがにじんでいた。
「背後関係は? どこかの大貴族と仲がいいとか」
「派閥争いにすら巻き込まれない木っ端役人の家柄です。多少、力が強く、剣の才があるそうです。それで増上慢になっているようですが、しょせんは
「なら、気を使う必要も無いか……」
などと会話をしていたら中庭に到着した。既に中庭は見物客の生徒たちが集まっている。なにやら貴族階級と平民階級で別れ、決闘が始まる前から、いがみあうような軽い口論が生じていた。
「なんか俺と彼の決闘が、代理戦争みたいになってない?」
リュカが無表情に肩をすくめる。
「中央の下級貴族と平民はこんな感じですよ。平和でいいじゃないですか。争いあう余裕があるのは誰のおかげか理解もせずに、西部をバカにするのですから」
「……リュカ、怒ってる?」
「可能ならば、私が代わりに戦いたいくらいです」
リュカはレイチェルのことを姉のように慕っているため、警護役たちと同じくバカにされたと思っているのだろう。
「これ以上、余計なことは起こしたくない。穏便にやるさ」
「穏便に、ですか……」
リュカが呆れたように言う。
テオドールは本気で穏便にやるつもりなのだが、リュカはそう思っていないようだ。
「逃げずによく来たじゃないか! 平民!!」
ベアルネーズは中庭の中央に立っていた。その腰には剣を佩いている。
「勝負方法は剣ですか?」
下手をしたら殺してしまうので嫌だな、と思った。
「勝負方法はこちらが決めていいと言っただろ? まさか、騎士に二言は無いよな?」
たしかにそう言った。
「はい、ありません」
「俺たち中央の貴族は、貴様ら西部の蛮族とは違う。よって、西部騎士の戦い方というものを見せてほしい」
ニヤリと笑い、続ける。
「貴様は素手で戦え。西部の蛮族にはお似合いだろ?」
瞬間、平民側から「卑怯だぞ!」とか「それが騎士道かよ!」というヤジが飛んでくる。
「貴様が嫌と言うなら、かまわんぞ。俺も蛮族流の素手で戦ってやってもいい。だが、まあ、西部騎士は口先だけだと思われるがな。テオドールなどという田舎騎士も、しょせんはその程度なのだろう!?」
安い挑発だな、と思ったが、あえて乗ってやることにした。
「かまいません。そちらは剣で、こちらは素手で。ほかにルールはございますか?」
「死んでも文句を言うなよ」
「はい。正式な決闘ですので、死んでも罪に問われませんでしょう。それと、こちらから一つ提案があります」
クスリと笑って続けた。
「私は
一瞬、テオドールがなにを言ったのか理解できなかったのか、ベアルネーズは固まった。すぐさま、顔を真っ赤にしてにらんでくる。
「ほほう……
「はい。ちょうどいいハンデかと」
微笑みながら答えたら、平民たちが沸き、貴族たちがブーイングをあげた。
「後悔するなよ、平民っ!!」
「後悔するくらいなら、この場にはいませんよ」
テオドールはため息まじりに無構えに構えた。
審判と思しき生徒が手をあげ「はじめ!」と手をおろす。
「
ベアルネーズが天慶による魔術発動。火の球を飛ばしてくる。それだけで歓声があがった。
「え?」
気が抜けてしまった。
(牽制に
(本気なのか? どうなんだ? 速度も遅いし、当てる気なのか? これ……いやいや、どうする? 観客に当たるかもしれないし、消すか?)
すぐさま魔術式を頭の中に並べ、
「卑怯だぞ、平民! 貴様、
「いや、持っていませんけど……」
「嘘をつけ!! でなければ、魔術が消えるわけなかろう!!」
(なるほど~……
魔術の発動の仕方には二種類ある。
一つはテオドールのように魔術式を構築し、表現することで発動する、いわゆる古式と呼ばれる方法だ。
そして、もう一つが
どちらも使いどころだと思うが、テオドールの場合、詠唱の時間がもったいないのと、
(そうなると
中央の文化は素晴らしいと思うが、戦や争いに関することは、西部のほうが進んでいるようだ。実際、古式で魔術を使えるようになるには、それ相応の訓練と魔術式の暗記が必要となるので、
「どうした、平民! なにか言ったらどうだ!?」
「アーティファクトなど持っていませんよ。どう証明したらいいですか?」
「だったら服を脱げ」
背後にいるリュカから、今までに無い殺気を感じた。たしかに、かなり無礼な提案である。だが、テオドールは礼儀作法という、よくわからない概念から生じる気分の問題に感情は動かなかった。そんなことで怒っていては、西部で貴族などやっていられない。
今にも動き出しそうなリュカを制するように「わかりました」とうなずき、制服を脱いでいった。一瞬、女生徒から黄色い声援があがったが、すぐさま静まり返る。
テオドールの体には、ところせましと傷跡が残っていた。それを見て、引いているのだろう。「傷やばくね?」とか「鍛えすぎだろ」とか「美しい」とか聞こえてきた。
「さすがにズボンは勘弁していただきたい。淑女の方々もいらっしゃるので」
「あ、ああ……」
着やせするため、テオドールを華奢だと誤解していたのだろう。鍛え抜かれた体に奔る無数の傷跡を見て、ベアルネーズは明らかに物おじしていた。
(さてと……穏便かつ徹底的に……)
無造作にベアルネーズに近づいていく。
(……心を折るか)
近づくテオドールにベアルネーズは再び「
「なんだ、それ!?
必死になって
「調子に乗るなよ!!」
と叫びながら剣を引き抜き構えた。さすがに立ち止まり、様子を見る。
「ローラン流スウィフトエッジ!」
魔術だけでなく剣術などの技術や知識も
ローラン流は中央で有名な剣術流派だと聞いていた。スウィフトエッジという型は、突進しながら斬りかかってくる。全体重を乗せた一撃を下手に受ければ剣ごと叩き折られる猛攻だ。
(当たればな……)
半身で躱した。
典型的な
だが、逆にいえば、一度発動してしまえば、決まり切った動きが終わるまで、使用者の意思で変化できない。
更に詠唱によって、どんな技が来るか事前にわかる。
そんなもの、躱してくれと言っているようなものではないか。
(中央の騎士は西部に比べ、戦闘のレベルが低いとは聞いていたが……まだ見習いとはいえ、これでなにを守れるんだ? なんだか、悲しくなってくる……)
その後もベアルネーズは「ローラン流ガゼルブレイド!」「ローラン流ドラゴンテイルリバース!」「ローラン流……」と攻撃を繰り出してくるが、テオドールは全て必要最低限の動きで躱した。
「はあ、はあ、はあ……さっきから……逃げて……ばかり……か!?」
「当たればさすがに死ぬので、そりゃあ躱しますよ」
「卑怯者……め……それでも……騎士……を名乗る……か?」
息も絶え絶えなのに折れないプライドには敬服する。絶対に負けを認めたくないようだ。
「では、こちらから行きますよ」
「え!?」
ひねらず、倒れる自重を利用し、初動を悟らせない歩法で距離を詰める。普段見ない動きに対した時、人の脳は困惑する。特段、速く動いているわけではないのだが、動きの異様さに反応しきれず、あっという間に距離を詰められるのだ。
要するに意識の間をつく。
そのまま剣を持つベアルネーズの腕を持ち、投げ飛ばしながら剣を取った。
(名付けてアルベイン流奪剣術……ってところか?)
ベアルネーズは仰向けに倒れ、空を見上げていた。自分になにが起きたのか理解できていないらしい。テオドールはベアルネーズに奪った剣を放り投げる。
「立て」
舐められたと思ったのか、ベアルネーズは憤怒の形相で立ち上がり、そのままスウィフトエッジの
再び倒れたベアルネーズに剣を放り投げる。
「立て」
「ぬああああああっ!!」
投げ飛ばす。「立て」
投げ飛ばす。「立て」
投げ飛ばす。「立て」
を延々と繰り返し、とうとうベアルネーズが立てなくなった。
「立て」
「待……へ……」
「……今、敵に待てと言ったか?」
テオドールはツカツカとベアルネーズの元に歩み寄る。寝ころんだまま苦々しげににらんでくるベアルネーズの胸倉をつかみあげ、片手で持ち上げ、強引に立たせた。
「決闘中に待てとはどういう了見だっ!!」
今までの紳士的な口調から一転しての怒声に周囲がひいた。
「いや……」
言い訳かまそうとした瞬間、両手で胸元をつかんで揺さぶりながらゼロ距離から殺気をぶちかます。
「このガキゃあ! 舐めたこと抜かしてんじゃねえぞ、ドカスがぁ!! 常時戦場! 倒れる時は死ぬ時じゃあ!! 死んでも立て! 立って殺せええっ!! 剣が無くても拳があるだろうが!! 腕ぶった斬られたら、口があろうが!! 噛み殺さんかい!! 首になっても相手の首に喰らいついて子々孫々呪い続けるのが西部騎士道じゃああああ!! 言い訳かますな、ボケカスドアホがあああああっ!!」
鬼の形相と殺気のまま早口でまくし立てる。
「なに言っ……」
「ghじぇいおrthうぇりいjbちうkうぉぎういえおpgklrうぇういhごいあhばいえうrてうgはゆてjwぶhがえghうぃえおへねおえうあnていをbんかうyhげうぃおう!!!!!」
鬼の形相と殺気のまま早口で叫び、ビンタ。
「わかんな……」
「ghじぇいおrthうぇりいjbちうkうぉぎういえおpgklrうぇういhごいあhばいえうrてうgはゆてjwぶさへおいhがをえ@wbねhがえていをbんかうyhげうぃおう!!!!!」
鬼の形相と殺気のまま早口で叫び、ビンタ。
西部仕込みの本気の殺気と怒声に、ベアルネーズに泣きが入ったところで放り投げた。
「立て」
一部関係者を除き、見ている誰もが思っただろう。「え? これが続くの?」と。
続くのである。
これが西部式の鍛錬法だ。
弱音や言い訳に理屈を一切拒絶し、精魂尽き果てるまで戦わせる。西部騎士にとっても地獄のしごきなのだが、この稽古は心と体を強くしてくれた。テオドールでさえ二度と経験したくない稽古なので、この方法でベアルネーズの心を折ることにした。
「立て。それとも、まだ言葉が必要ですか?」
ベアルネーズは、先ほどのゼロ距離殺気説教で、ほぼ心が折れているようだが、それでも立ち上がる。
「ほら、人間、死ぬ気になれば、立てないことなんて無いんです」
かつてテオドールの師がしたように、ニッコリと微笑みかける。
「お、俺が……悪かった……です」
「来い」
「俺が悪かったですっ!」
「来い」
「ひっ!」
テオドールは冷然とした表情で、怯えるベアルネーズを見据える。
「まだ説教が足りませんか?」
「うあああああああっ!!」
死に物狂いで斬りかかってきたのを放り投げた。当然、終わらない。
「立て」
「どうしたら許して……」
再び無造作にベアルネーズの胸倉をつかんで引き起こし、ゼロ距離威圧。
「があh0えいgばいえyてwkljbがいおえううぇぶいかgふいあうぇえbhじゃヴぇういががべば!!!!!!!」
「やりますっ!! すみませんっ!! もう謝りませんっ!!!」
当然、ビンタは忘れない。
そのまま投げ飛ばし、笑顔で伝える。
「……俺を殺さなければ、終わりませんよ?」
「うああああああっ!!」
絶望的な表情になったベアルネーズを、テオドールは笑顔のまま放り投げた。
「ああ、それと気を失ってからが本番ですので、その程度で逃げられると思わないことです」
鬼でも見るような目でベアルネーズはテオドールを見る。
「さあ、決闘を続けましょう」
テオドールはニコリと微笑んだ。
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