第8話
いつの間にか、ギルド事務所前の通りには人だかりができていた。
決闘は冒険者たちにとっての娯楽だ。どちらが勝つか賭けがはじまっている。
「おい、ガキンチョ、俺がやられたら、すぐに降参しろ」
「お言葉ですが、私がルシアン様に勝利を捧げます! ふんす!」
もしかしなくても、アムリはバカなのかもしれない、と思ってしまった。
(シャルは魔剣士として、かなりの腕前だ)
遠近両用のオールラウンダーだ。近接戦闘だけならば、ルシアンも互角程度の腕前だと自負している。だからこそ、シャルロットは魔術を使ってルシアンを攻撃してくるだろう。
その隙にミハエルがルシアンを仕留めるという流れのはずだ。
(ミハエルには近接で勝てる気がしない)
そこだけは覆しようがなかった。ミハエルはシャルロットの上位互換だが、近接戦闘を最も得意としている。ガルド武神流の免許皆伝者であり、剣王の称号に近い腕前だと言われていた。実際、性格は最悪だが、その強さは誰もが認めるところだ。
「ルシアン様、先ず私があの女性を魔術で倒しますね」
倒せるとは思えないが、ルシアンとしてもシャルロットと直接戦いたくはない。
「ああ、牽制してくれ。ミハエルは俺がどうにかする」
「任されました! ふんす!」
意気揚々とアムリが鼻息を荒くするなか、ルシアンからは溜息が出てくる。どう検討しても勝てる気がしない。そんなルシアンを見てアムリは咎めるような視線を投げてきた。
「諦めないでください」
きゅっとルシアンの服の裾を握る。
「私がいます。私たちがいます。一緒に最後まであがいてください」
それは目の前のルシアンではなく、どこか遠くの誰かに向けた言葉のようにも思えた。
不意に坊主の冒険者が大声をあげる。
「では、これより! ルシアン・ウィルとミハエル・アルバトロスの決闘をはじめる! 見物客ども! 流れ弾はてめぇでどうにかしろ!」
観客が歓声をあげ、足踏みをしてリズムを取っていく。そんな中、ルシアンは音もなく剣を抜いた。ミハエルもシャルロットも剣を抜き、構える。
「はじめぇぇぇぇっ!」
「えっと、たしか……メガボルト」
「え?」
ルシアンもミハエルもその場に立ちすくみ、倒れたシャルロットへと視線を向ける。白目を剥きながら倒れていた。なにが起きたかわからない。
「ルシアン様、やりました! 次はどうしましょうか?」
ぴょんぴょん跳ねながら朗らかに言っていた。
「え? 今、メガボルトって言った?」
「はい。テラボルトまでなら使えますが、それだと殺してしまいかねないので……」
テラボルトを使う魔術師など出会ったことがない。そもそも、今の雷はメガボルトの威力ではなかった。
「もし問題がなければ、あちらの男性も私が処理してよろしいでしょうか?」
「え? あ、うん……」
呆然としたままルシアンがうなずいたら、ミハエルが「え?」と驚いた顔をした。瞬間、アムリが消える。目で負い切れない速さでミハエルの背後に移動し、トンと膝裏を蹴った。ストンとミハエルは両ひざをついてしまう。
「なにが目的かは知りませんが、ルシアン様を愚弄したこと万死に値します。ですが、旧知ということもあり、多少の情状酌量もいたしましょう」
ハッと気づいたミハエルは膝をついた姿勢から前転して転がり、立ち上がりながら「キロフレイム!」と火球をアムリに飛ばす。アムリは無造作に手で火球を叩き落とした。
「謝罪する気は無いようですね……」
「どうして素手で払えるんだよ!」
「魔術障壁を手にまとえば、この程度の魔術、素手で払えますが?」
「うるせえ! なんだそれ!! 卑怯だぞ、ルシアン! なんだ、このガキ!」
それはルシアンにもわからない。
「卑怯? なにが卑怯なのですか? そもそも最初から、あなたと私の決闘のはずです」
「うるせえ! 用があるのはルシアンなんだよ!」
「……ルシアン様は平穏な生活を望んでおられます。なのに、愚かにも罵詈雑言を投げかけ、挑発してきたのは、あなたです」
拳をパキパキと鳴らす。
「いい加減、お気づきになられた方がよいかと――」
微笑みながら死刑宣告を紡いだ。
「――あなたはドラゴンの尾を踏んだのです」
ルシアンの腕に鳥肌が立った。遠巻きに見ていただけなのに、殺気に当てられたらしい。なんだ、あの十二歳児。意味がわからない。
「あなたが出会ったのが私で幸運でした。他の寵姫でしたら、有無を言わさず八つ裂きにされていたでしょうから」
アムリは腰をかすかに落とす。ミハエルは剣を構えながら
「メガフレイ――」
瞬間移動するかのようにミハエルの前にアムリが踏み込んだ。そのまま腹を殴り抜いた。ミハエルは地面と水平に飛び、観客の壁につっこむ。観客に受け止められたミハエルは、うめき声もあげず、昏倒していた。
「え? 死んだ?」
「ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。殴った瞬間、ゼロ距離でメガボルトを入れただけですので」
ぜんぜん大丈夫な気がしない。
「やはりボルト系の魔術は使い勝手がいいですね。意識を断つのに役立ちます」
歴戦の古強者のようなことを言いながら、こちらへと近づいてくる。アムリはルシアンの目の前に立ち、ニコリと微笑んだ。
「この勝利は愛するルシアン様に捧げます」
「え? あ、はい……」
「その、できればで良いのですが……」
モジモジとしながら上目遣いで頬を紅潮させる。
「お褒めの言葉などをいただけると、その、とても、嬉しいのですが……」
かわいい仕草なのだが、混乱しすぎてそう思えない。むしろ、逆らえば死ぬ、という考えが脳裏をよぎった。
「アア、スゴクヨカッタヨ」
乾いた笑みを浮かべながらルシアンはアムリの頭を撫でた。
「な、ななななナデナデまで……幸せすぎて死んじゃいそうですっ!」
顔を真っ赤にしながら目を閉じているアムリのことが、ルシアンにはよくわからなかった。
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