第7話
ルシアンとアムリはギルド事務所を訪れ、パーティー登録の用紙に必要事項を記入していく。アムリが冒険者の等級欄に特級と記載したので書き直したりなどいろいろありつつ、窓口に用紙を提出した。
「本当に大丈夫ですか?」
受付嬢のメリルが怪訝そうな顔で尋ねてくる。
「大丈夫です! 今は初級冒険者ですが、これでも特級冒険者ですから!」
発言に矛盾しかない。
「なあ、頼むよ、メリルさん……もう俺には後が無い……後が無いんだ……あんたがツボ買ってくれるなら、それでもいいけどさ……七万でどうだ?」
かわいそうな人を見る目で見られた。
「てかさ、そもそも、このガキが冒険者になるのを許可したのはそっちだろ? なあ、頼むよ。仕事をくれよぅ……」
メリルはため息をつきつつ「わかりました」と書類にハンコを押した。
「ルシアンさんにお任せできる依頼は薬草や鉱石の採集になります。こちらのリストに記載された物を納期までに納品お願いします」
「助かる! ありがとう!」
「ルシアン様、採集などより、このオークやドラゴン討伐のほうが良いかと」
メリルは変なモノを見るような目でアムリを見ていた。ルシアンは笑いながら「今日はこれでいいんだよ」とアムリを引っ張っていく。
(どうにか食べてく目途はついた……)
アムリを守りながらの採集は心配だが、それでも仕事があるだけ幸運だと思うことにした。そのまま事務所を出ようとしたところで、笑い声が響いてくる。
「ガキとパーティー組むとは、終わってんなあ!」
その声に視線を向ければ、金髪碧眼の冒険者が嘲笑を浮かべながら立っていた。ミハエル・アルバトロス。数少ない上級冒険者だ。
「おい、見ろよ、シャル。賭けは俺の勝ちだ、こいつ、まだ冒険者辞めてねえぞ」
振り返ったミハエルの視線の先には灼剣猟団のメンバーがいた。シャルロットを含んだ四人の女子が呆れたような視線を投げてきている。
「ルシアン様、お知り合いですか?」
「いや、まあ、上級冒険者のミハエル……さん、だよ」
実力はピカ一だし、容姿も整っているが、その性格の悪さ故にどんなパーティーでも長続きしない。弱者や初心者にいばり散らかし、騙してピンハネをする男だ。ルシアンも時々からまれて辟易していた。その度にシャルロットに庇われていたのだが……。
「やめなよ、ミハエル。私を巻き込まないで」
心底興味なさそうに声を張っていた。関わりたくないということらしい。
「あら残念。もう興味無いってよ、ルシアン……」
ミハエルはニヤニヤ笑いながら耳打ちしてくる。
「お前の剣術だけど、あれな、俺も使えるようになった」
その言葉にルシアンは目を見開き、固まった。反応できないルシアンを見て、ミハエルが短く笑う。
「お前から技をパクれって、俺がシャルに命じてたんだよ」
言っている意味がよくわからなかった。理解したくない。それはつまり……。
「シャルは俺の女だ。シャルだけじゃねえ、灼剣猟団は全員、俺の女だ」
「そっすか……」
平静を装いながら、へへっと笑うだけで精一杯だった。
最初から弄ばれていたのだと悟ってしまった。
シャルロットに騙されていただけなら、まだ、受け入れられる。だが、ミハエルが裏で画策し、ルシアンのことを二人で笑っていたのだとしたら、想像しただけで、叫んでのたうちまわりたくなった。でも、しない。
大人だからだ。
「じゃあ、そういうことで……」
早く帰ってツボを割ろう。今なら割れる気がする。
「おいおい、逃げるのか? これだけコケにされて腹は立たないのかよ?」
「挑発はやめてくださいよ、ミハエルさん。これ以上、コケにしなくてもいいじゃないっすか……」
本当なら今すぐミハエルをフルボッコにブチのめし、裸にひん剥いて、シャルロットの前に転がして、このクソカップル&クソパーティーの女どもにクンロクをかまし、全力でわからせたい。
でも、下級冒険者のルシアンでは、上級冒険者のミハエルには絶対に勝てない。そんなこと、誰にだってわかることだ。
ルシアンはミハエルを無視して、出口のほうへと歩き出した。
「クソだせえ……そこまで墜ちたら、お前の母親も悲しむだろうな。いや、クズの親もしょせんはクズかあ?」
ピタリと足が止まる。
一瞬で全身を怒りが駆け巡った。
すぐさま目を閉じ、深呼吸をする。振り返ってはいけない。反応してはいけない。これはわかりやすい挑発だ。その目的まではわからないが、受け流すべきだ。
「あなたに決闘を申し込みます!」
その言葉にルシアンは目を開く。振り返れば、アムリがミハエルの前に立っていた。
「ルシアン様の旧知とはいえ、看過できない暴言。万死に値します」
「おいおい、メスガキのほうが冒険者らしいじゃねーか。ガキに守られて悔しくねーのか?」
「アムリ、やめろ」
「ルシアン様のお言葉とはいえ、退くわけにはまいりません。今の私は全ての妻代表としてここにいるのです」
毅然とした声を発していた。
「我々が敬愛するルシアン様を愚弄されてなにもしなければ、他の寵姫に私が叱られてしまいます」
ミハエルはニヤリと笑いながら「いいぜ、メスガキ、その喧嘩、買ってやる」とうなずき、ルシアンへと視線を向けてきた。
「一応確認しとくぜ。冒険者同士の決闘は死んでも文句は言えない。わかってるな?」
ルシアンの代わりにアムリが応える。
「それはこちらの台詞です。謝るなら今ですよ!」
このまま流れに任せれば、ミハエルはアムリを殺すだろう。
老若男女関係なく、容赦なく暴力を振るうのがミハエルという男だ。どこに出しても恥ずかしいクズ野郎であり、だからこそ始末に負えない。
「ああ、めんどくせえ……」
頭をかきむしる。
「わかったよ! 俺がやればいいんだろ!?」
自分でも、どうして、そんなことを言ったのか理解に苦しむ。
「ルシアン様?」
驚いたように振り向くアムリに、いろいろ言いたい。「バカなことしやがって!」とか「お前を助けなければ良かった!」とか、とにかく怒鳴り散らかしたい。だが、そんな無様な真似はできなかった。
「いいぜ、男じゃねーか、ルシアン! それでこそ冒険者だ!」
「お待ちください!」
「ああ、待たねーよ。俺とルシアンの決闘だ!」
「それは認めません! そもそも私とあなたの問題ではありませんか! 無関係なルシアン様が戦う意味がわかりません!」
必死に止めようとするアムリにルシアンはため息をついた。
「ごちゃごちゃうるせえ。最初からそこのクズの目的は俺だよ……」
「ああ?」
クズと言われたことに腹が立ったのか、睨みつけてきた。だが、ことここに至ってはへつらう理由も無い。どうせ殺されるんだから、言いたいこと言って殺されよう。
もうヤケだ。あとは野となれ山となれ。
「なにキレてんだよ? ガキ相手に本気になって決闘を受けて立つとか、クズじゃねーか。つーか、人の親を罵倒するてめぇはどうなんだよ? どうせ、お前なんざ父親もわからねえクソの股からひりだされたクソだろ? クソが口からクソひりだしてんじゃねえよ。くせぇから黙っとけ、クソ野郎」
ルシアンの罵詈雑言に傍観していた冒険者が驚きの声をあげ、はやし立てるように指笛を鳴らした。ミハエルは耳まで真っ赤にし、怒りの形相でルシアンをにらんでくる。人を煽るくせに自分は煽り耐性ゼロなのが笑えた。
「いい度胸だ。今さら引っ込みつかねえぞ、ルシアン」
「クズと一緒にするな。ガキを見捨てるほど落ちちゃいねーよ」
言いつつ全力で後悔していた。
(浮浪児なんて助けなければ良かった……)
「表に出ろ」
ミハエルの言葉にルシアンが「ああ」とうなずいた瞬間、アムリが二人の間に割り込んだ。
「では、二対二の決闘を提案します! そちらのパーティーの方から一名出してください」
「おい、ガキ、それがますます不利になるって理解して言ってんのか?」
「私が怖いのですか?」
アムリの言葉を受けてミハエルは噴き出した。
「わかった。いいぜ。二対二だ。シャル、お前も手を貸せ」
奥のテーブルに座っていたシャルロットが気だるそうに立ち上がる。
「めんどくさいんだけど?」
「いいだろ? お前も、こいつのことうぜえって言ってたんだし」
そんなこと言ってたんだ、と思った。一縷の望みを胸に否定の言葉を待ったが、シャルロットはため息をつくだけだ。
「ルシアン、あのさ、もう私のこと巻き込まないでほしいんだけど? 迷惑だから」
冷たく言い捨てられた。「いや、俺が巻き込んだわけじゃないだろ!」と言いかけたが飲み込んだ。言葉を発した瞬間、涙が出そうだったからだ。
「さあ、野郎ども! 賭けの時間だ! 俺は自分に賭ける!!」
ミハエルの叫びを受けて、周囲の冒険者たちが歓声をあげた。
「では、私も自分に賭けます」
こんな絶望的な状況なのにアムリは不敵に笑っていた。
(……もう全部どうでもいい)
失恋の傷が痛すぎて消えて無くなりたくなるルシアンだった。
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