18.「もう二度とあの子に手を出すな」

数日後。


「あの子の時計を盗ってきた」

「……え?」

「盗ってきたんだ。あの子を騙して」

「詳しく」


 座っていたリョウが立ち上がる。食堂を出て、人気のない場所に移動する。


「時計を盗ってきたって?どういうこと?」

 図書館の横でくるりと振り返り、リョウが尋ねる。後ろからカイトに肩に手をかけられ、もう逃げられないと悟る。

 まるで尋問のようだった。優雅はため息をついてから、口を開いた。


「あの子を家に呼んだんだ。それで眠らせて……時計を借りて、その写真を撮った。その後知り合いの時計屋に撮った写真を見せて、それと同じものを作るよう頼んだ。ただほんの少し、絶対に気付かれないような場所を一部分変えるように言って……。で、後日またあの子を家に呼んで、眠らせて、その間に本物の時計と模造した時計を取り替えた。その後わざと時計を見させたりしたけど、あの子は全く気づかなかった」


「なるほどね。……やるじゃん。で、その本物の時計は?」

「流石に今日は持ってきてない」

「了解。じゃあ明日持ってきて。俺らも俺らで明日菜々ちゃんに会ってくるから」

「え?どうして」

「模造品渡したんだろ?それを確かめに行くんだよ。……模造の方はちょっと変えてもらったんだよね?どこを変えてもらったの」

「彫りだよ」


 スマホを取り出して取った写真を見せながら解説する。


「これが本物の写真。周りに花みたいなの掘ってるだろ、それに入ってる線を一本足した感じ。ほんのちょっとの変化だし、目立たないし自然だし……全体で見た印象も変わらない。どこが変わったのか言われてから撮った写真としっかり見比べないと分からなくて、僕もびっくりしたくらい」

「なるほどね」

「明日、何時に会うつもり?僕も行かせてもらうよ、お前らがあの子に何するかわからないから」

「ったく、過保護だなあ。わかったよ、好きにすれば」






「菜々ちゃん!玲香ちゃん!」


 呼ばれて振り返る。後ろから黒いハイエースが走ってきていた。


「お、あれは」


 〈リョウさん、カイトさん!こんにちは〉


 菜々がスマホに打った文章を運転席のリョウに見せる前に、後部座席のスライドドアが開いてカイトが顔を出した。その隣には優雅もいる。が、何故か真夏だけがいない。用事でもあったのだろうか。


「やあ。乗ってかない?」

「え?……あの、私たちこの後学校が」


 ふたりが戸惑っていると、腕を取られて半ば強制的に車内に引き込まれる。


「いやだからあの、時間が!」


 ドアが閉まったのを確認してリョウが再び車を走らせる。カイトは腕を強く掴んだままふたりを誘導し隣に座らせた。


「時間やばいの?……カイト、いけそう?」


「大丈夫だって、優雅は心配性だなぁ。菜々ちゃん、ちょっと時計見せて」


 返事を待たずに菜々の胸元に手を伸ばし、時計を外し手に取るカイト。文字盤を眺め、少しの間の後、ニヤリと笑う。


「なるほどねぇ……ねぼすけさんだ」

「ちょ、なんでうちの時間割把握してるんですか!」

「え?玲香ちゃんがチャットで言ってたじゃん。学校まで大体徒歩20分とも、学校行かなきゃいけないのに起きられなくて8時半とかに起きちゃうとも、10分で支度してるとも、いつも登校は始業ギリギリのライン攻めてるとも……。ごめんちょっと時計借りるね?」


 菜々に断ってから時計を外し、信号待ちで止まっている間に運転席のリョウにも時刻を見せるカイト。


「行けそう?」

「あと7分か。うん、いける」


 車についている時計で確認できないのかと思ったが、何故か15時13分を示しているのを見て事情を悟った。


「ふふっ、車の時計、どういうことですかそれ」

「あーなんか、いつからだっけ?めっちゃずれててさ。直し方わかんなくて、調べよう調べようと思って結局いつも忘れてんのな」

「やばいですね、それ基準でいくと私たちもうほぼ1日遅刻じゃないですか!てか話戻るんですけど、さっきのいつの会話ですか?どんだけ私好きなの」

「ずいぶん前かな。あとめちゃくちゃ大好きだよ」

「あ、ありがとうございます……」


 それにしてもなぜそんな強引に、と思っていると。


「ごめんね、なんかこう無理やり乗せちゃって。実はどうしても渡したいものがあって……!」


 渡したいもの……なんだろう。目をパチクリさせる玲香と小首を傾げて人差し指を振る菜々に、カイトが渡したのは––––


「じゃん!サプライズプレゼント!」

 2枚のチケット、その真ん中の大きな文字がいちばんに目に入った。


「みーず。のスペシャルライブ!!?」

「そうそう!なんかうちの大学、毎年文化祭で誰かのライブやるんだよ。それで今年はみーず。が来るらしくて……。完売前にチケットゲットできたからあげたくて、できるだけ早く渡したかったんだ。予定とか入れちゃう前にさ。もちろん俺らのもあるから、よかったら一緒に見よ」


 〈うわあああああっ、ありがとうございます!!!!!!!!!〉


 思わずガッツポーズを決める玲香と、キラキラした瞳と共にスマホの画面を向ける菜々に、リョウもカイトも、それから優雅も、優しく微笑むのだった。








 その先で見たのは、古い街並みだった。町の雰囲気と着物を着た女の人がいることで、昭和くらいだろうと推測した。


「疑ってかかってたんだけどさ……言う通りだったよ」


 リョウの部屋。戻ってきて満足気なリョウとカイトを、優雅は睨みつけた。そんなことはどうでもいい。自分にとってはわかりきったことだし、構っている暇はない。


「わかっただろ。この時計は正真正銘、あの子から盗ってきた本物だ」


 そう言って手に持っていた時計––––『作り物ではない本物の』時計を投げ、吐き捨てる。


「もう二度とあの子に手を出すな」


 踵を返すと部屋を出た。ドアを閉めた瞬間、はあっと息を吐いてその場に崩れ落ちそうになるがなんとか堪えた。

 車に乗り込み、震える手でハンドルを握る。落ち着かないまま美井豆大橋手前の公園に車をつけると、服の袖の中を弄った。取り出したのは––––


「……よかった」


 スマホを操作して菜々とのチャット画面を開く。


 〔今日の放課後、美井豆大橋前の公園まで来れる?話したいことがあるんだけど〕

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る