白昼夢に現れた異界駅

草茅危言

白昼夢に現れた異界駅

 この話は実体験に基づく実話である。


 あれは、3日間徹夜をした状態で、川崎駅から南武線に乗った時のことであった。


 確か6番線ホームには、終着駅らしく車止めがあるが、5番線ホームには、車止めがなく、線路が続いており、京浜東北線の線路と繋がっているみたいであった。


 その終着駅の先にある線路から、見慣れない車両が入って来て、5番線ホームに停車したのである。通常、南武線の下りの行先は、「立川」、「稲城長沼」、「登戸」、「武蔵溝ノ口」、「武蔵中原」のいずれかであるが、そのいずれでもない行先が書かれていた。


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 その車両は、横須賀線の所謂いわゆる、「スカ色」と呼ばれる、紺色とクリーム色の組み合わせに近かった。紺色は大海原を、クリーム色は砂浜を表現しているらしい。


 後で調べたら、都電荒川線の6000形車両の画像に似ていたような気もする。


 但し、その日停車していた車両は、紺色の部分は、殆ど黒に近く、クリーム色の部分は、限りなく白に近いため、所謂いわゆる、「お葬式色」であった。その上、車体には、若干の金色の帯があり、まるで、霊柩車みたいな悪趣味な外装の列車であった。


 それでも、そんな珍しい車両が止まっていたから、当時の自分は、乗ってみようという好奇心を統御できなかったのだろうか、気が付くと、既に列車内に立ち入っていたのであった。


 すると、電車に乗るや否や、まるで自分を待ち構えていたかの如く、突然扉が閉まり、電車はすぐに、駅を発車した。


 列車の内装は、鉄道博物館に展示しているような、明治時代や大正時代に走っていた、木目と赤い座席の車両で、しかも、電車内には、自分以外誰も乗ってはいなかった。


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 もしかしたら、回送電車のような、乗客を乗せるための一般的な電車ではないのか、或いは、事前に指定席券を購入して乗る、臨時列車だったのかも知れない。


 実際、小学校の修学旅行で、緑とオレンジの東海道線の車両を臨時列車として用いていたような記憶があり、誰かが、「カボチャ色の電車」とか言っていたような気がする。


 次に停車した駅で降りよう。或いは、乗務員に間違って乗ってしまった旨を申し出るべきかと考えている内に、電車は、次の尻手駅に到着して、扉が開いたので、直ちに降りた。


 この時、もう少し疑うべきであったことに議論の余地はない。次の「尻手」駅は、南武線が停車する、上りの1番線と下りの2番線が対面式のホームになっているが、同時に2番線は島式のホームでもあり、反対側の3番線は、2両編成の南武支線の終点になっている。


 尻手駅は、南武支線の終点なので、折り返す電車の行き先は、「浜川崎」行きとなるのだが、終点らしく車止めがあるわけでない。


 何故なら、南武支線も南武線の「武蔵中原」駅の車庫を使っているからだ。とはいえ、旅客運送はしていないハズ。


 つまり、もう少し疑うべきであった、というのは、3番線に停車していた南武支線の行き先が、「武蔵中原」行きと表示されていた時点で、普段の尻手駅でないことは、明白だったのだ。


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 ここで、電車の車両に関する知識を補足しておこう。異界駅に興味がある層が、全員鉄道マニアではあるまい。とは言っても、勿論自分もそこまで詳しくはないから、興味があれば、各自の興味に応じて、検索すればいい。


 南武線は、1969年から1991年までは101系、1982年から2004年までは103系が走っていた。 全て黄色に塗装された車両と言えば、分かり易いか。


 1989年から205系、1993年から209系が走るようになった。こちらは、黄色や橙の帯が入っている車両である。


 一方、南武支線は、1980年から2003年まで、クリーム色に緑の帯という配色の101系が走っていた。101系が運転を終了した後は、車体下部には緑と黄色、車体上部にはクリーム色の帯という配色の205系が走るようになった。


 一応、この日は2000年代前半であり、南武線の本線からは既に引退していた101系だが、まだ、南武支線にはクリーム色に緑の帯という配色の101系が走っていても別に不自然ではない。


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 さて、「武蔵中原」行きの南武支線の2両編成の車両に乗る。


 乗換駅であり、現在は急行電車の停車駅となっている、「武蔵小杉」駅。普段は、必ず停車するハズの武蔵小杉駅でさえ、この2両編成の車両は、通過するという違和感。


 そして、この武蔵小杉駅を通過する前後に、今まで晴れていた天気が突然曇って、暗くなり、稲妻が光った数瞬後、落雷の音がして、雨が降り出した。暗くなった上に、車窓は雨滴で覆われ、外の様子は殆ど見えない。


 次の「武蔵中原」駅は、上りの1番線と2番線、及び、下りの3番線と4番線が島式で、2番線と3番線が対面式のホームになっている。


 南武支線の2両編成の車両は、「武蔵中原」駅の3番線に到着した。その頃には、空がピンク色に近い紫色になっていた。3番線に停車している、今まで乗ってきた、この2両編成の車両を降りて、今度は、4番線に到着した、「武蔵溝ノ口」行きに乗り換える。今度は、いつもの南武線の103系か205系車両だったと記憶している。


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 「武蔵溝ノ口」駅は、「尻手」駅と同様、上りの1番線と下りの2番線が対面式のホームになっており、また、2番線は島式のホームでもあり、その反対側の3番線は、折り返し「川崎」行きの上り電車となる。


 この「武蔵溝ノ口」行きは、武蔵溝ノ口駅の3番ホームに停車した。


 ところで、この「武蔵溝ノ口」駅は、1998年に橋上駅舎化され、「登戸」駅は、2006年に橋上駅舎化されている。この日は2000年代前半であり、まだ、登戸駅は、橋上駅舎化されていない頃だが、武蔵溝ノ口駅は、既に橋上駅舎化されているハズである。


 しかし、降車した武蔵溝ノ口駅は、どう見ても、改装前の1990年代前半の武蔵溝ノ口駅に他ならない。


 そして、今まで乗ってきた電車を振り返ると、その行き先は、「川崎」行きではなく、見たことも聞いたこともない、「西地神井」行きと表示されていた。


 ――横須賀線の「西大井」駅?

 ――東武鉄道の「西新井」駅?

 ――それとも、西武新宿線の「上石神井」駅?


 試しに、3番線に停車している「西地神井」行きに、再び乗ろうとしたら、転んでしまい、持っていた荷物が散らばってしまったので、それらを拾っている間に、「西地神井」行きは、発車してしまった。


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 仕方ないので、2番線に到着した下り電車に乗って帰ることにした。今度の車両も、いつもの南武線の103系か205系車両だったのだが、乗ってみると、中の乗客が外国人だらけで、大声で会話をしていた。


 勿論、日本語ではないし、多分、英語でもない言語で、会話しているため、何を言っているのか、全く分からない。


 恐怖を感じて降りようとしたが、その前にドアが閉まってしまう。


 その列車の内装が、川崎駅で最初に乗ったのと同じ、木目と赤い座席の車両であったことにも恐怖を感じた。


 次の「津田山」駅で降りようと思ったのだが、次に到着した駅は、津田山駅の様な島式のホームではあるが、津田山駅ではなかった。その駅名標に書かれていた文字は、漢字でもなく、ひらがなでもなく、ラテン文字のアルファベットでもなく、数学や物理の教科書に載っているようなギリシャ文字でさえなかった。


 キリル文字の様な書体ではあるが、ドイツの旧字である、フラクトゥールや、古代インドで使われていた、梵字とか悉曇文字と呼ばれている文字の様に太い。


 津田山駅の周囲には、葬祭場や墓地があるのだが、その駅は、水色のフェンスに囲われており、フェンスの向こうには、地平線が広がり、その先には、森林に囲まれて、ゴルフ場みたいになっており、さらにその向こうには、山が見える。


 しかも、この時点では、先程の雷雨がまるで嘘だったかのような晴天に変わっていた。


 電車に乗っていた外国人達の多くが、その駅で電車を降りていったので、自分は空いた座席に座って、そのまま電車に乗っていくことにした。


 ところで、戦前には、久地駅と宿河原駅の間に、「宿河原不動」駅という、駅があって、現在は廃駅になっているらしいが、何か関係があるのだろうか?多分関係ないとは思うのだが・・・。


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 その後眠ってしまったようで、目が覚めて、気が付いた時には、分倍河原駅に到着していた。


 どうやら、川崎駅で、最初から普通の「立川」行きに乗り、恐らく、座席に座って眠ったまま、妙な夢でも見ていたのだろう・・・。


 但し、後で、持ち物を確認すると、テレフォンカードが一枚無くなっていたのだが・・・。

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