第58話 うれしいやり取り (小由里サイド)
わたしは今、森海ちゃんにルインを送るかどうか迷っている。
夜も遅くなってきたが、彼から送られてくる気配がない。
やり取りは、彼の方からいい出したことなので、わたしの方は待つべきなのだと思う。
彼としても、わたしとやり取りするのは久しぶりのことだし、しかもルインでのやり取りは初めてだ。
そして、なんといってもわたしたちは仲直りしたばかりなのだ。彼の方では、送ること自体を悩んでいる可能性がある。また、どう送ろうか、ということを悩んでいる可能性もあると思う。
なかなか送られてこないのは、そういう理由ではないかと思うのだが、それにしても時間がかかっている。
やはり、わたしから送った方がいいのかもしれない。そうすれば、やり取りはうまく動き出すのではないかと思う。
よし、わたしから送ることにしよう。
そう思ったのだが、今度はどう送ろうか、というところで悩み始める。
「居駒さんのことどう思っているの?」
「居駒さんのこと好きなの?」
「居駒さんと付き合いたいの?」
なんてことも書いてみたい気はあるけど、書くわけにはもちろんいかない。
あいさつが無難なところだろうか。でもせっかくやり取りするのに、そんなことだけでいいのか、という気がする。
かと言って、他の言葉も、さっきみたいに浮かんではくるのだが、この場でのやり取りにはふさわしくないので、書くことはできない。
どうしたらいいのかなあ、と思っていると。
待っていた森海ちゃんのルインが入ってきた。
「こんばんは」
あいさつの言葉である。普通の人がかわす言葉で、普通だったらそれほどの意味は持たないと思う。
しかし、わたしにとっては違う。
仲直りをして、初めてのルインでのやり取り、その最初の言葉だ。大切にしなくてはいけない。
うれしさが少しずつこみあげてくる。
わたしはしばらくの間、その言葉を眺めていた。
だが、今度はわたしが返事をしなければならない。
その前に既読にして、言葉を考え始める。
これがまた難しい。
普通に考えれば、ただ、
「こんにちは」
とだけ書けばいいのかもしれない。
しかし、それだけだとなんか単純すぎる気もする。
「森海ちゃんのこと、わたしも好きだけど、恋人として付き合うのはもう少し待って」
「森海ちゃんのこと、わたしも好きなんだけど、もう少し時間がほしい」
ということを書くか。
でもこれも今日この場で書くことではないだろうし、森海ちゃんのあいさつの後、いきなりこういう文章を書くのは、彼の方も困ってしまうだろう。
それだけではない。「好き」という言葉の意味だ。
わたしは、森海ちゃんに対する気持ちがどうも定まらない。
好きなのは間違いないし、恋人になりたい気持ちももちろんある。今までと違い、少しずつその気持ちも盛り上がり始めてきている。
しかし、では「好き」と書くことができるか、と言われると難しい。
先日、森海ちゃんと仲直りした時、
「わたしは森海ちゃんのことが好き」
と言うことをきちんとした言葉で伝えることはできなかった。
でも、もしその言葉を言ったとしても、あの時は、幼馴染としての「好き」という意味合いが強かったと思う。。
今度はそうではなく、恋人として「好き」だと言いたいし、書きたい。
「好き」という言葉は、それだけわたしにとっては大きな意味を持つ言葉。
森海ちゃんに恋するところまで行った時、初めて使える言葉だと思う。
わたしは、あいさつを返すことにし、
「こんばんは」
という言葉を送信した。
なんだかホッとする。
その後からは、ようやく、時間をあまりかけないやり取りが行えるになっていった。
内容自体は、世間話で愛を深めていくような内容ではないが、今のわたしはそれでいい。
まず彼と話すことが大切。
そう思ってやり取りをしていると、十分ほどがもう経過していた。
今日はここまでにするということで、別れのあいさつ。
わたしとしては、もう少し続けたかった。最初はここまで続けられないかもしれない、と思ったが、始めてみると結構話を続けることはできるものだ。
しかし、これから毎日することを考えると、このくらいの時間がいいのだろう。
ちょっと寂しさも感じるが、また明日やればいいやと思いつつ、やり取りを終える。
やり取りが終わった後、しばらくの間、うれしさを味わっていた。
最初は悩んだけど、今日、こうしてやり取りが出来て、よかったと思う。
仲直りはしたものの、あいさつぐらいしかできなかったわたしたち。
会話をしたいと思ったが、どう話しをしていいかわからない。
クラスが同じだったら、もう少し会話ができるのだろうけど、それを言ってもしょうがない。
わたしとしても、もっと仲良くなって行きたいと思っていたところで、今日彼からの申し出。
彼としても、勇気を出してくれたと思う。ありがとうと言いたい。
まだ残念ながら、彼との仲は、恋人どうしまでは遠い。
恋人どうしになる為には、わたしの彼への想いを整理していかなければいけないと思っている。
でもこうして毎日やり取りをしていれば、きっと、恋人どうしへの道が開けてくると思う。
明日のやり取りも期待しちゃうな。
そう思いながら、わたしは、紅茶を飲むのだった。
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