第8話 小由里ちゃんへの想い

 小由里ちゃんに告白しないということは、お互いに気まずい思いをしない代わりに、今俺の持っている彼女への熱い想いは、このまま俺が抑えつけていくしかない。耐えて耐え抜くしかない、とは思うのだが……。


 俺は話を彼女とすることはないとは言っても、姿はこれからも毎日もしくはそれに近いくらい見ることになるので、彼女への想いがもっと強くなる可能性だってある。


 その想いがもっと強くなっていった時に、その想いを抑え続けていたら、心が苦しみ続けることになってしまう。


 そういう苦しみに耐えることができるのだろうか。


 もちろん耐えるしかないのだろうが、それを思うだけでつらいものがある。


 やはり、告白した方がいいのだろうか。


 告白をすれば、少なくとも、今持っている彼女への想いによる悩み苦しみは軽減されるだろう。


 可能性は限りなく低いが、もし両想いになれれば、これほどうれしいことはない。それこそこれからの人生がいい方向に開けていくといえるだろう。


 とはいえ、その低い可能性にかけていいものだろうか。もし俺に好意を持っていなかったとしたら、彼女にとっては迷惑になるだけではないだろうか。


 心の中で、この二つの想いが壮絶な戦いを繰り広げる。こんな経験は初めてだし、こんなに苦しむのも初めてだ。


 食事はのどに通らず、あまり眠れないまま。


 しかし、彼女への想いはその中でもより一層強くなる。


 そうこうしている内に、翌日を迎えることになった。




 今日は朝からいい天気。いつもの俺だったら、もう少し気分も乗るところなのだが……。


 結局のところ、告白する、しないの結論はつかずじまい。


「気力はないけど、俺は今一人だからなあ……」


 自分の気持ちをなんとか奮い立たせ、いつものように家事をこなしていく。


 こんな状態でよくできるもんだと我ながら感心する、


 とはいっても、いつもの二倍はかかってしまった。それに食欲はないまま。


 それでも俺は学校に行かなくてはいけない。


 教室に入り、席に着くと、早速優七郎と鈴菜さんの声が聞こえてくる。


「もう! 今日もぐうたらして。どうしていつもあなたはそうなの!」


 鈴菜さんの怒った声。元気でよろしい。


「俺は桜が咲いているから眠いんだ。眠くて、眠くてたまらないんだ」


 こちらは元気のない声だな。うーん。もっとしっかりしましょう。


「なにを言ってるの! 桜が咲こうがなにをしようがぐうたらしているのに!」


「いやいや。この季節は特に人を眠くさせるんだよ」


「そんなこと言って、夏になったら、なったらで、どうせ暑いからぐったりするんでしょ。秋になったら、涼しいから眠くなるとか。そして、冬になったら、冬ごもりするからぐったりするとか」


「よくそこまで気がまわるね。たいしたものだ」


「だてに、優七郎くんと、中学校から一緒にいないわよ」


「いつもありがたいね」


「そういう言葉だけじゃなくて、行動で示してほしいものだわ」


「じゃあ、行動で示すことにしょう」


「そういうなら行動してよ。キチンとしてよ」


「うん。わかった」


「わかってくれたならいいわ」


「それでは、いつも一緒にいてくれるから、安心して眠ることにしょう」


「どうしてそうなるの!」


 まわりのクラスメイトも、あきれてしまっている。


 この二人の様子を見る限り、仲が悪いとしか見ていないんだろうな、と思う。


 実際、高校一年生の時も、なんであの二人はあんなに仲が悪いんだろう、まわりのクラスメイトは、よく話題にしていたものだった。


 それが、昨日……。


 優七郎と鈴菜さんの、昨日の光景は、今思い出しても衝撃的だった。


 この仲の悪そうな二人が、あんなに仲睦まじそうにしているとは……。


 うらやましいという気持ちはずっとあるし、俺もこういう風な関係になりたいと、昨日から悩んでいた。


 ただ、この二人のやり取りを間近で見ていると、一時的にではあるが、ふき出しそうになる。


 あまりにもギャップが大きすぎるからだ。


 いや笑っちゃいけない。いけないんだけど。笑いそうになる。


 自分でも、なんでこんな気持ちになるのか、よくわからないところがある。


 やっぱり俺は、うらやましいといいながら、この二人のことを祝福している、ということなんだろう。


 それにしても、昨日まではわからなかったのだが、二人の様子をよく見ていると、どちらとも少し微笑みを浮かべている。


 鈴菜さんは、表面上は怒っているけど、内心は怒っているどころか、むしろ喜んでやっているんだな。


 優七郎の方も、表面上はうんざりしているようだけど、内心は喜んでいるようだし。

 これはコミュニケーションの一環ということなんだろう。


 やっぱりうらやましい。うらやましい。二人みたいに相思相愛になりたい!


 そう強く思う。


 しかし、それでも告白するとなると、なかなか決断をつかない。


 なにをまごまごしているのか、と自分でも思うのだが。


 そうだ、優七郎に相談しよう。恥ずかしいけど、あいつだったら、いいアドバイスがもらえそうだ。


 俺は、昼休みに優七郎に相談することにした。


 そう思っている間も、二人のけんかは続いている……。

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