第6話 中学生の時の思い出・十二月の放課後

 そして放課後がやってきた。


 のずなさんはすぐに席を立ち、かばんを持って教室を出ていく。


 俺もかばんを持ち、屋上へと向かう。


 冬になり、廊下も寒くなっていたが、そういうことはほとんど感じていなかった。


 彼女にいよいよ告白できる。そのうれしさが心の中にあった、


 とはいうものの、断られる可能性がないとも限らない。


 そして、屋上に向かうにつれて、胸がドキドキして、苦しくなり始めていた、


 でももう進むしかない。ここまできたら後ろへ行くことはできない。進むしかないのだ。


 俺は屋上の扉を開ける。


 そこには、彼女の姿があった。


 ちゃんといてくれたんだ。それだけでもうれしい。


 彼女が、嫌になって、この場にきてくれない可能性も考えなくはなかったので、第一ステージをクリアした気分だ。


 後は告白するだけ。


 ドキドキして、もう胸が、苦しくて、苦しくてたまらない。とにかく告白しなければ。


 しかし、彼女は、


「わたし、急いでるの。早く用をいってくれると助かるわ」


 とやや冷たい口調で言う。


 いきなり先制攻撃を受けた気分。それを最初に言わなくてもという気はする。


 こっちは、告白しようとしているのに、と思う。


 いつもはもっと優しいのに、と思うが、これも彼女の一面ということか。


 少し心が沈んだ気がするが、それで告白できなくなったら、ここ数日の苦労は無駄になる。


 俺は気を取り直して、一挙に言う。


「厚田池さん、初めてあなたのことを見てから好きでした。俺と付き合ってください。お願いします」


 俺は頭を下げる。俺なりに精一杯の気持ちを伝えたつもりだ。


 しかし……。


「わたし、あなたの好意は受けられないわ」


 冷たい一言。


 俺は一瞬、何を言われたかわからなかった。


「海島くんは、わたしの好みのタイプではない」


「でも俺は厚田池さんが好きなんだけど……」


 俺はさらに深々と頭を下げる。


「頭を下げられてもこればかりはね。第一ね、わたし好きな人がいるの」


「好きな人?」


「そう。とても素敵な人よ」


「でも付き合ってないんでしょ」


「今はね」


「じゃあ、俺にもチャンスはあるってことじゃない」


 今までの自分の性格からでは考えられないことだが、俺は一生懸命彼女に食い下がる。


「何といわれても、わたしはあなたとは付き合えない。好きな人と恋人どうしになるのが、わたしの夢なのよ」


「そんなあ……。お願いです。付き合ってください」


「付き合うことができないって言っているのに。じゃあ、はっきり言うわ。わたし、あなたのことが嫌いなの。もう二度と話をしたくないくらい」


 あの優しいのずなさんが、ここまで厳しいことを言っている。


「そ、そんなあ」


 俺はガックリし、手とひざを地面につけた。


「じゃあ、急いでるから」


 あっと言う間に、去って行く彼女。


 俺は呆然と見送ることしかできない。


 そして、冷たい雨が降ってきた。


 どうしてこんな時にと思う。せめて雨だけは降ってほしくはなかった。


 冬の雨は冷たく、俺の心をますます冷やし、体も冷やしていく。


 しばらくの間、俺はただ降りつけてくる雨に打たれるのみだった。




 俺の熱意は通じなかった。あっけなく振られてしまった。しかも、好きだというだけで、付き合ってもいないその男に俺は勝つことはできなかった。


 一言で断られたということがまた心の打撃だ。食い下がってはみたものの、全く意味がなかった。みじめそのものだ。情けない。


 その後、彼女は見事に、他のクラスの男と両想いになり、付き合うことになった。


 それもただの男ではない。イケメンだ。


 彼は、俺のクラスに入ってきて、楽しそうにのずなさんと話すこともあった。


 二人が仲良くしているのを見る度に、俺は絶望的な気持ちになる。


 なんで俺だけが、こんなみじめな気持ちにならなければならないんだ、と思う。


 そんな日々が中学校三年生になるまで続いた。




 三年生になり、のずなさんと別々のクラスになると、ようやくそのラブラブ姿を見ることも少なくなった。


 心に打撃を受け、それからも傷が深くなっていた俺だが、それからは少しずつ傷も癒えていった。


 それと同時に、女性にはあまり興味を持たないようにしょう、と思った。


 そして、彼女を作りたい、ということも思わないようにしよう、と思った。


 女性を意識しないでいれば、苦しむことはない、と思ったからだ。


 最初はなかなかうまくいかず、どうしてもかわいい女の子がいると心が動いてしまうこともあった。しかし、心の傷が癒えてくると、自然に女性には興味をあまり持たないようになっていった。




 俺は小由里ちゃんに嫌われてしまった。


 告白のことを相談する前に、俺に恋をしているかどうかを聞き、していないと言ったから相談をしたのだが……。


 彼女は俺に恋をしていたのだろうか。


 いや、そんなことはない。


 彼女は、


「そ、そんなことはない。森海くんは、仲の良い幼馴染だけど恋はしていない」


 とはっきり言っていた。


 それならばなぜ俺のことを嫌いと言ったのだろう……。


 それ以来、小由里ちゃんと話すことはほとんどなくなった。


 俺の方は、彼女が嫌いになったということはない。


 彼女に嫌いと言われた時は打撃を受けたけれど、小由里ちゃんは幼馴染。


 話をして、お互いの気持ちを理解することができれば、また昔のように仲良くやっていけるものだと思っていた。


 彼女自体は、それからも俺以外の人には、微笑みで対応していた。


 友達とよく談笑していて、楽しそうだなあ、と思った、ああいう風に俺もしたいなあ、とよく思ったものである。


 しかし、俺に対しては、悲しみの表情を向けてくる。


 彼女の方から話しかけてくることはないし、俺の方から話しかけることは難しかった。


「厚田池さんに断られた」という話だけはかろうじてできたが、それ以外はほとんど話をすることはできないまま。


 そして、彼女とは疎遠になっていった。


 高校は同じだが、一年生、そして二年生になってもクラスが違ったこともあり、話すことはほとんどなくなっていた。


 小由里ちゃんのことを思わなくなった、ということではない。


 俺達は幼馴染。小由里ちゃんは大事な人だ。


 高校生になってから、小由里ちゃんと楽しく遊んだ幼い頃のことを思い出すことが多くなり、昔のように仲良くできたら、と思っていた。


 その思いが、少しずつ小由里ちゃんに対する想いに変化し始めたのだと思う。


 それは、小由里ちゃんへの恋する気持ち。


 しかし、疎遠な状態が続いていたので、恋どころではなく、仲良くなるのも無理かなあ、というあきらめの気持ちを持っていた。

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