第2話 恋、それは素敵な味

 キスをして、幸せを味わっていた俺だったが……。


 目が覚めた。


 どうやらベッドでうたた寝をしていたらしい。


 いい夢だったのに。素敵なキスをしていたのになあ。


 残念な気持ちで一杯だ。


 それにしても、俺が告白した人は誰なんだろう。起きたらそこのところを忘れてしまっていた。そして、夢の内容自体もどんどん忘れてきている。


 キスの素敵な味は唇に残っているのに……。


 我ながら、なんでそういう一番大切なことを忘れてしまうのだろう。その子は、俺の好みのタイプには間違いないんだが……。


 幼馴染の小由里ちゃんかもしれない、と思う。そうであれば、一番いいのだが、そこのところがうまく思い出せない。夢であっても、せっかく好みの子に会うことができたんだ。せめて名前だけでも忘れずにいればよかったなあ、と思う。


 それにしても俺は今、一番ほしいものがある。


 彼女だ。他の何よりも彼女がほしい。


 その願望が、夢にも出て来たということなんだろうか。


 それとも、これから夢に出て来たような彼女が現れるということだろうか。


 そうであればこんなにうれしいことはない。


 でもしょせん夢は夢というしなあ。そうであれば、これほどむなしいことはない。


 とにかく、今、俺は女の子と付き合いたくてたまらない。


「誰か俺に振りむいてくれ!」


 好きだ、と言いたい。手をつなぎたい。デ-トをしたい。手料理が食べたい。イチャイチャしたい。


 そして、キスしたい……。


 俺は今、「彼女がほしい」病にかかってしまったのだ……。




 どうして俺がこうなってしまったのかというと。


 桜満開で、花びらが舞う春の夕方。


「……」


 俺は衝撃のあまり、言葉を失った。


 若い男女がキスをしている。


 誰もいなくなったクラスの片隅で。


 それも、別に知り合いでもなんでもないなら、それほどの衝撃を受けなかっただろうが、知り合いの二人だ。


「まさかこの二人が……」


 あまりの意外性に呆然自失となる。




 キスをしている二人は、井頭優七郎(いとうゆうしちろう)と林町鈴菜(はやしまちすずな)さん。


 俺と優七郎は、幼稚園からの幼馴染。


 優七郎は、元気で活発で、外で遊ぶのが好きなタイプ。俺は、どちらかというとおとなしめで、部屋の中でゲームをするのが好きなタイプ。優七郎とは正反対なタイプだ。


 しかし、意外と気は合う方で、高校生になった今でも仲のいい友達だ。親友といってもいいだろう。


 時々一緒に遊びに行ったりしている。外で遊ぶのがあまり好きとはいえない俺も、優七郎と一緒だったら結構楽しいものだ。


 優七郎はゲームをするのも結構好きなので、一緒にやることはそこそこある。こういうところも気が合っているのだろう。


 鈴菜さんは、俺たちとは中学校一年生からの知り合い。


 ポニーテールで、こちらも元気で活発なタイプ。


 俺と鈴菜さんは今に至るまで、話自体それほどした記憶がない。


 彼女に対する興味もそれほどあったとは言えないと思う。


 とはいうものの、鈴菜さんは、中学校一年生の時点で、既に美少女の素質はあったので、全く心が動かなかった、というわけじゃない。好意は持っていたとはいえるだろう。


 特に最近、美少女といってもいいぐらいの容姿になっているので、俺も、この人の彼氏になる人はうらやましいなあ、という気持ちは持ってきていた。


 ただ、それでも、好意は持っていいたとはいっても、それ以上のものは持てなかったといっていいだろう。




 では優七郎と鈴菜さんの方はどうか。


 中学校一年生の時に、三人同じクラスになったのだが、優七郎と鈴菜さんは、出会った時からけんかをしていた。


 それから毎日のように、けんかをしているような気がする。


 きっかけは様々だが、大概の場合は、優七郎のぐうたらさに腹を立てる、というパターンが多い。


 鈴菜さんは結構声を荒げて怒ったりするので、傍から見ていて怖い時もある。


 俺が彼女に好意以上を持てない理由の一つでもある。


 しかし、優七郎は動じない。いつも適当に返事をして、やり過ごしている。たいしたものだ。


 普通だったら、どちらか一方、もしくは両方がお互いを嫌いになると思うのだが。


 特に鈴菜さんは嫌にならないのだろうか、と思う。


 実際、


「あんたなんか知らない!」


 と叫んだことさえもある。


 本気で怒っているようだったので、その時は、さすがに優七郎にもう何も言わなくなるのではないか、と思った。


 しかし、そういうことを言っても、翌日にはまた同じようなことを繰り返すのである。


 そして、鈴菜さんは、優七郎のことを嫌いだといいながら、高校は同じところを選んでいた。そして、三人ともこの学校に通っている。


 鈴菜さんは、優七郎のことが好きなのかなあ、好きだから同じ学校に行くのかなあ、と思ってみるが、本当に好きだったら本気で怒ったりはしないだろうし、とも思う。


 よくわからない、というところだろう。


 高校生になってもそれは変わらず、毎日のように、ぐたっ、としている優七郎を鈴菜さんが怒っている、というパターンが続いている。


 高校二年生になり、数日たった今日も、鈴菜さんの怒った声が教室に響いていた。


 その二人が、いつの間にか、キスをする仲になっていたなんて……。

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