第29話

みまも正也も普段はわりとしゃべる方なのだが、特に正也はここに来てからどんどん口数が少なくなっている。

そういう精神状態なのだ。

誰もなにも言わないまま、誰も帰るとも言っていないのに、そのまま洞窟に帰った。

帰ってからも、みな無言のままだ。

ただ座っているだけ。

そしてやがて外が暗くなっていき、三人は一言も発することなく眠りについた。

のども乾かないし腹もすかないが、疲れだけはこの身に重くのしかかってくるのだ。

正也は横になった途端、秒で寝てしまった。

夢も見なかった。


またいつもの朝がやって来た。

正也が目覚めると、はるみもみまももう起きていた。

そのまま洞窟の床に座る。

今日はどうしようか、なにをしようかと正也が考えていると、はるみが言った。

「今日も調査するわよ。この村を。昨日お坊さんが言っていたでしょう。バランスが崩れたかもしれないって。いったいどういう風にバランスが崩れたのか、本当にバランスが崩れているのか、それをこの目で確かめるのよ。いいでしょう」

もちろん異論はない。

なぜ起きた時にそのことが頭に浮かばなかったのだろうと、正也は思った。

この異常な環境のために、頭がまともに働いていないのかもしれない。

――いかん、いかん、女子二人がこんなにもしっかりしていると言うのに。

気を引きしめなければならない。

正也はそう思った。


村に入った途端に、川向うに化け物がいるのが見えた。

「あれだけ離れていれば安心だわ」

はるみがそう言い、三人とも化け物を無視して歩く。そのうちに化け物は消えてしまった。

そのまま歩いていると、二体の地蔵と二台の車が並んでいるところに来た。

陽介の車は、これ以上ないほどにぼろぼろだった。

狂った四人の暴力性を示しているかのように。

正也はスポーツカーの方を見て見た。

するとスポーツカーにはキーがついたままだった。

運転手はキーを抜かずに四人で民家の方に行ったのだ。

正也がキーを回すとエンジンがかかった。

ガソリンもまだたっぷりとあるようだ。

陽介の車はもう使えないが、いざという時に、この車が閊えるかもしれないと正也は思った。

そんな時が来ればいいのだがと考えながら、正也は車のキーを抜き、ポケットに入れた。

女子二人はそれを見ていたが、正也の考えを察したのか、なにも言わなかった。

再び歩き出す。

すると進行方向の道の上に、また化け物が姿を見せた。

なにもない空間からいきなり現れたのだ。

しかしそれなりの距離があった。

こちらを見ているようだが、立ち止まって見ていると、これまた消えた。

そのまま下りの山道に着いた。

正也がどうしようかと考えていると、はるみが言った。

「とりあえず、一回村を往復してみましょうか。なんか気になることがあるし」

はるみがユーターンをして歩き出す。

みまが続く。

もちろん正也も。

そのまま歩いていると、川向うにまた化け物が現れた。

はるみがそれを見て小さくなにかをつぶやいたが、正也には何を言っているのかわからなかった。

そのまま化け物を無視して歩いていると、その化け物もやがて消えた。

「一旦洞窟に戻りましょうか」

はるみがそう言うので、その通りにすることにした。

そのまま歩いていると、道の少し先にまた化け物が現れた。

三人で立ち止まって見ていると、はるみがまたつぶやいた。

今度は正也にも聞こえた。はるみは「バランスが崩れるとは、こう言うことなのね」と言ったのだ。

目の先に現れた化け物だが、見ているとそいつも消えた。

そのまま洞窟へと向かう。

洞窟に着くまでに、化け物はもう現れなかった。

中に入る。

そして座った途端にはるみが言った。

「やっぱりバランスが崩れたんだわ」

「どういうことなの?」

みまの問いにはるみが答える。

「私はここに来てある程度時間が経っているし、化け物も何度も見てきたわ。でも一日に二体以上見たのは、あの四体同時に出てきたときが初めてだったわ。もちろんランダムに出てくるから、出てきても私が気がつかないこともあるんだろうけど。あんな短い時間に立て続けに出て来るなんてことは、これまでなかったことだわ」

「しかも今見たのは四体だった」

正也がそう言うと、はるみが言った。

「そう四体よ。あの四人を喰ったのも四体。今日立て続けに出てきたのも四体。と言うことは……」

「ということは……」

みまが言うと、はるみが興奮気味に言った。

「今までは化け物が一体しかいなかったんだわ。それが四人を殺すために、四体に増えたのよ。そして今もそのまま、四体いるんだわ」

「それがバランスが崩れると言うことなのね」

「住職もバランスが崩れるかもしれないと言ってたけど、四体同時に出てきた時点で、もうバランスが崩れていたのね。あの化け物の数が今までの四倍になった。と言うことは、これまでよりも喰われる確率が四倍になったと言うことよ」

正也はめまいがしそうだった。

一体でも充分なくらいの脅威なのに、それが四体に増えているとは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る