第25話

「バス停の時刻表なんて、見たことがないんですが」

「ありますよ。二体のお地蔵さんのところに」

「何日もこの村にいますけど、バスなんて見たことがないんですが」

「来ますよ。毎日一回必ず来ます」

「それ以外でこの村を出る方法はありませんか」

「村の道は一本道だから、東か西に行けば村から出られますよ」

「それはさっき聞きました」

「車がないんなら、バスが一日一本来ますよ。二体のお地蔵さんが並んでいるところに」

「それもさっき聞きました」

「そうですか。それ以外はこれといってないですねえ」

二人の会話はかみ合っているとは言えなかった。

はるみがいらだち、言った。

「そうですか。あなたは村から出る時は、どうしてるんですか?」

「私はバスですねえ。町の病院に入院しているばあさんの見舞いに、朝バスに乗って夕方帰ってきます。毎日行ってますよ」

正也はそれは信じられなかった。

幽霊が毎日バスに乗って、町の病院に行っているとはとても思えないし、そんなことよりもこの老人の家の前は何回か通ったことがある。

そして昼過ぎに通った時に、この老人が庭先にいるのを見たことがあるのだ。

おそらく自分の実際の行動と記憶が、一致していないのだろうと思われる。

なにせ本当のところこの村はダムの底に沈んでいて、住人の全てが死んでいるのだから。

その存在しない村に住む幽霊となった住人が、生きている人間と同じであるはずがないのだ。

自分たちが死んでいることをどこかでわかっているはずなのに、それを全否定して存在しているのだから。

この村の住人は、そんな矛盾した思考の中で、今ここにいるのだ。

「そうですか。それはご苦労なことです。大変ですね。いろいろとありがとうございました」

はるみは諦めた。

最初は普通にしゃべっていたが、最後のありがとうございましたが、明らかに突き放すような言い方になっていた。

「次に行きましょうか」

少し離れた隣の家に向かう。

つぎも結果から言えば、ほぼ同じだった。

会話は一軒目とコピーのように変わらない。

そして二軒目。

さらに三軒目も、嫌になるくらいに同じ。

そして何度も心が折れそうになるのをひたすら我慢して、二十軒ほどの家を全部まわったところで、あたりが暗くなってきた。

全て同じような対応、同じようなかみ合っているようでかみ合っていない会話。

抑揚のない話し方。

表情が欠落した顔。

老人も中年も、たまにいる若者も一人だけいた小学生くらいの子供も。

一人残らず同じしゃべり方で、同じ会話となったのだ。

無駄なことの繰り返し。

その連続だった。

「もう、帰りましょうか」

はるみが小さく言った。

これまでのはるみからは想像できないほどに、気を落としている。

みまが優しく肩をたたいた。

「はるみさんは十分頑張ったわ。まだ全ての希望が消えたわけじゃないわ」

「ありがとう。優しいのね」

正也はなにか言おうとしたが、口のはさむのを止めた。

ここはみまに任せた方がいいと判断したのだ。

そのままいつもの洞窟に帰る。

そしてそのまま、おやすみを言うことなく、三人ばらばらに眠りについた。


正也はまた夢を見た。

前回と同じく、真っ暗中でもがき続ける夢だ。

正也は夢の中で何度も、これは夢だ、夢なんだ、と唱え続けた。

夢の中なのに、苦しい。

夢だとわかっているのに、苦しくてたまらない。

正也は必死で、夢だ夢だと唱え続けた。

そうしていると、いつの間にか夢が終わった。

そしてまた朝がやって来る。

こんなにも朝日と空気が気持ちいいのに、心は晴れない。

晴れるどころかまるで暴風雨だ。

起きている時もつらい現実の中で、その上夢までもが苦しいと来ている。

――いつまでこれが続くやら……。

そう考えたが、思考を取り合えず現実に戻してみた。

そうすると、真っ先に思い浮かぶもの。

果たして今日はどうしようか、と。

そう思う。

はるみもみまもおそらく同じだろう。

二人とももう起きているが、ただ座っているだけだ。

はるみは空いた穴から外を、みまは洞窟の床を見つめている。

正也はそのまま二人を交互に見ていたが、やがて立ち上がった。

そして何も言わずに洞窟を出てゆく。

二人が黙ってついてくる。

もちろん正也にあてなどあるわけがない。

しかしただじっとしているわけにはいかないと思ったからだ。

洞窟を出て、そのまま村に入る。

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