第15話
その反応に正也は驚いた。
なにをそんなにびっくりした風に起き上がるのか。
悪夢でも見たと言うのか。
いまここにいる現実の方がよっぽど悪夢だろう。
正也がそう思っていると、陽介の目が一瞬で落ち着きを取り戻し、何事もなかったかのように普通にあいさつをしてきた。
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
さやかがまだ大口を開けて寝ている。
口からはよだれがたれながしだ。
正也が見ていると陽介が気付き、慌ててさやかを起こした。
「おい、起きろ。みんなもう起きてるぞ」
「もう、なんなのよ。うるさいわね、全く。いい気持ちで寝てたのに」
起きたばかりとは思えない強い口調でさやかが言い、上半身を起こして陽介をたたいた。
「いてっ、たたくことないだろう。ほらもうみんな起きてるぞ」
「あっ、おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
朝のあいさつは一通りすんだ。
はるみが言った。
「正也さんにはもう言ったけど、明るくなったら、昨日見た細い道を調べてみましょうね」
「はい」
「いいだろう」
「しょうがないわね」
その後は軽く世間話になった。
一番の注目は、もちろんはるみのことだ。
みなに聞かれて、はるみが答える。
「ただのOLよ。大学を出て、社会人二年目のね」
「でも武道を習っているとか」
「父も母も武道家なのよ。父は日本古武道の心得があり、母は合気道ね。二人とも男の子が欲しかったみたいだけど、生まれたのは女の子の私一人だけ。そこで二人とも、自分の知っている技を私に教えたの。そりゃあもう、叩き込まれたと言っていいわ。厳しい修行だったけど、私もあの両親の血を引いているのね。武術の修行がどんなに厳しくても、つらいと思ったことは一度もなかったわ。むしろ自分がだんだん強くなっていくのがわかって、楽しくてしょうがなかったのよ。いまでも武術の修行が唯一の趣味と言っていいわ。仕事が休みの日には朝から晩までやっているから」
平均的な身長、そして体格に見えるが、かなりの腕前なのだろう、と正也は思った。
現に暴れるさやかを一発で気絶させている。
「まあ。会社の同僚も友達も、私が武道をやっていると知っているのは、ごく一部の人だけね。まあ、変に怖がられでもしたら、嫌だし。言わない方が平穏でいいわ」
日本古武道も合気道も、柔道やボクシングなどと比べると、メジャーな格闘技とは言えない。
オリンピック種目でもないし。
しかし身につければ、かなり強くなれるのだろうと正也は思った。
「私のことはどうでもいいわ。みんなはどうなの?」
今度はこっちに話を振ってきた。
かと言って四人は同じ大学の一回生で、全て県外出身者。
そして四人とも、人に大手を振って話せるような特別な経験など一つもない。
平凡を絵に描いたような人生を十九年送って来ただけだ。
四人の自己紹介が終わるのに、それほど時間はかからなかった。
とは言え、はるみの話と合わせるとそれなりの時間が経ち、話終わるころには外が明るくなっていくのが見えた。
座っていたはるみが立ち上がる。
「明るくなってきたわね。みんな、そろそろ行きましょうか」
四人も立ち上がり、五人で洞窟を出た。
あの細道までは、そう遠くはない。
遠くはないが五人の並びは前回と同じになった。
陽介もさやかも、どうしても真ん中に入りたがる。
それについて三人は少し苦笑いをしたが、正面切って反対する者はいなかったので、そのままだった。
三人とも、こんなことでもめてもしょうがないと思ったのだ。
そしてしばらく歩くと、件の獣道に着いた。
「ここね」
はるみが歩き出す。
見知らぬ道はただでさえ警戒する。
ましてや死人が造り上げた村の中で、おまけに突然現れて大きな口と鋭い牙で人を喰う、六メートル以上にもなる化け物が出るのだ。
警戒しない方がおかしいのだが、はるみはまるで近所を散歩しているかのようにずんずんと進んで行く。
それを最後尾で正也は、感心しながら見ていた。
持って生まれた性格か、それとも武道のたまものか。
あるいはその両方かも。
みまもしっかりしていると思ったが、上には上がいるのだ。
細い獣道を進んで行くと、それほど歩かないうちに見えてきた。
木々の間から。木の生えてない、整地された平地が見える。
その奥には、かなり小さいがどうみてもお寺としか見えない建物があった。
「あれ、お寺じゃない」
みまが言った。
はるみが答える。
「そうね、あれはどう見てもお寺ね。でも私の知っている限りでは、昔お寺があったけど、それも最初のダムの決壊で流されて、住職も死んでしまったと聞いたわ。住職も四十九人の住人の一人だしね。まあ民家は全部あるようだから、流されたはずのお寺があっても、考えてみればおかしい話ではないんだけども」
正也は聞いた。
「どうしここの村のことに、そんない詳しいんですか?」
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