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第9話 庶民感覚ってやつ」への応援コメント


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    これ結構難しいんですよね。
    福沢諭吉著の「学問のすゝめ」に「漢学者は昔から社会生活がうまくない」という意味の文章があるように、普段の生活には役立たないことを専門に勉強している人、普通の生活からかけ離れた所にいる人は庶民感覚が分からなくなっているので、庶民の常識が通用しない。
    ただ、そういう人たちが過去に何百人、何千人といて、日本の政治を担い、時に日本を良い方向に持って行ったのも事実ですから、一概に悪いとは言えないと僕は個人的に思います。
    だけど、怒りを買うのは全く別の問題なので、ニュースを見るとか、奥さんともうちょっと話すとかして欲しいですね。(長文失礼しました🙇‍♂️)

    作者からの返信

     あ、いえいえ、僕もたまにめちゃくちゃな長文を送るので全く大丈夫ですよ。

     今回の場合は、自分の政策に生活をしていてナマにそのフィードバックも得られないことは、政策の評価に問題が生じると思うんですよ。
     まあもちろん、たぶん総裁自身は、物価指数とかの変化くらい見ていると思うので、物価上昇という全体は理解しているとおもうのですが、その具体的な状況がたぶん分からないんじゃないか。農作物は物価が上がっても、電子部品はむしろ下がっている、とか。

     空虚な理論で政策を実行し続けたら、現実と理想の乖離が深刻化しないかと。でも、改革するには性急であるので、その意味で「今すぐ辞めろなんて言わないが」と挿入しております。

     専門家のワナってのはありますよね。学者って、実はオカルトに騙されやすいともいいますし、ね。コナン・ドイルは推理小説書いてるクセにオカルト狂で持ち金全部つぎ込んだらしいですし。
     専門に依存しない教養をもって、ちゃんと独立できる生活能力を養うのは結構大事だと思うんですよね。
     実は文章が読めるだけで歴史家がやれるとも限らなくて、経済の知識や、英書漢書のための語学力とか、科学による分析とか。

     あまり僕は、専門というものが一つの技能にだけ特化するのにいい気持ちは持っていません。

     『学問のすゝめ』読まれたんですね、僕もうろ覚えっていうか、ロクに覚えておりませんが一度読みました。でも諭吉翁の慧眼さはすごいものですよね。人間の真価はその教養である、だとか、この国にも世界に誇れる点があることを忘れては行けない、とか。
     なんか、教育の課題は昔から変わってないとも言われてるらしいですけど。終戦直後から、いかに暗記させない歴史にしようかって議論されていたようですよ。