柿木三郎は生き返りたい

神白ジュン

どうにかして生き返りたい!

 「ここは人が死んだ後行くとされている世界、冥界です。人間の世界ではあの世とも言うらしいですね。毎日、えんま様に天国行きか地獄行きかの判断を委ねるため、死んだ人たちが行列にずらっと並んでいます。いいですか?あなたは死んだんです」


 「えぇーほんとに〜?」


 「現実を受け入れて早く列に並んでください!」


 「どーせ地獄行きなんだから、もーしばらくゆっくりさせてくれない?」

 未だ自分が死んだことを受け入れられていないこの男、柿木三郎かきぎさぶろうは冥界で働いている人型の役人とこんな会話をもう2日は繰り返していた。ここに来た人間は皆えんま様の裁きを受けることになっているのである。


 「いい加減並んでくれないと私が怒られるんですよ、毎日大勢のここに来た人間を管理するだけで大変だというのに…」

 「でも俺死ぬには早くないか?」

 三郎はまだまだ28歳で、特に病気もなく、まだまだ健康体であったことを思い出した。

 

 「残念ながら、あなたはあの台帳に記載されていたんですよ。見てください、えんま様の手元を。あれに死人の情報が書かれているんです。もちろん、死ぬ日付も。あなたの場合、ここにくる数日前には死ぬ運命だったのですが、確認漏れが発覚しましたので、急遽私が現世へ出向いてこちらへ連れてきたわけです。」


 「えぇっ、じゃあ人間の死ぬ運命ってのは、あの台帳しだいってことなのか?そんなのってありかよ…まだまだしたいことがたくさんあったんだが?」

 

 「まぁ元々死ぬ運命だった日から数日はまだ生きれたんですから、良かったと思って諦めてください。ーーーぁぁ、なんで私がこんなことまでしなきゃ行けないのでしょう…元はと言えば、あのお方が…」

 最後の方は声が小さくて聞き取ることができなかったが、やはり何を言われても三郎は納得が出来なかった。


 「はぁ?やっぱり理解出来ねぇよぉ…俺は、中学校で教師をしてたんだ。まだまだ若いけど、ある程度分かってきた、担任も任されて、生徒にも慕われるようになってきて…まだまだ俺は生徒に国語を教えなきゃいけないんだよ!」

 ここまで溜め込んできた三郎の怒りが爆発した。しかし、役人は顔色を一切変えることなく、淡々と受け答えをした。


 「ここに来た死者も様々です。若くして死んだ方もいますし、まだまだ生きたがってた方ももちろんいます。あなただけが特別じゃないんです」


 三郎はがっかりとうなだれて、これ以上言葉を返す気力も失ってしまった。

 少しだけ見かねた役人が、小さな声で小言を漏らした。

 「実は現世と繋がってると言われる場所があるんです。この宮殿の東南部にある池なんですけど、まぁ常時私より3倍は屈強な兵がいるので正式に行かないと無理ですけど」

 あると言われた瞬間に一瞬だけ回復した三郎の顔が、すぐにしゅんとなった。 

 

 「今日はもう裁きも終わりらしいですね、明日はちゃんと並んでくださいね、私は給料安いのにもう残業多すぎて疲れたので寝ますさようなら」

  

 こう言い残して役人は帰っていった。帰り際を見て役人さんも大変なのだなと少し憐れんだ。

 「さて、どうするかな…」

 この、えんまの今日分の仕事が終了して、ほとんど役人が帰ったあとは、ほんの一部の見回りの役人がうろつくだけで、特に何もないことは既に分かっていた。加えて、この死んだという体でも、この冥界の物体に触ったり何かを掴んだりすることも可能ということが分かっていた。


 「とりあえず、なんで俺が死ななければいけなかったか、ちゃんと確かめなきゃいけねぇな、とりあえず、そうなったらあの台帳か」


 

 三郎は球宮殿の北西部に向かうことにした。しかしそこにたどり着くには、幾つもの役人たちの部屋をかいくぐって行く必要があった。


 寝ているとは言え、不意に起きて部屋から出てこられて見つかれば即終わりである。

 かつてないほどの緊張を感じながら、突破を開始した。10分ほど歩いたところで、何かを感じ取ったのか数人の大きな角のついた役人が外へ出てきた。



 間一髪で物陰に隠れてやり過ごし、ようやくえんまの部屋にたどり着いた三郎は、鍵がない事を確認し、おそるおそる部屋に入った。幸い、部屋は広く、仕事道具の置き場所と寝室は離れているようで、うまく、台帳を手にすることが出来た。

 しかしそこで三郎は衝撃的なものを見ることになるのであった。


 


 翌朝、三郎が2日間とほぼ同じ場所で寝ていると、昨日喋った役人が起こしに来た。

 「起きてください、ちょっと今大変なことになっています」


 宮殿の中、いつも裁きの行列を成していた中庭の周りを見てみると、大勢の役人たちは慌て回り、それによって今日裁かれるはずであった死人たちも混乱に陥っていた。


 

 

 「しかし始めて見ましたけどここの役人って色んな人がいるんですね」

 「今更ですか…というかそんな事は置いといて、盗難が発生したらしいです、宝物庫の。

 「ここにそんなところがあったんですか、教えてくださいよ」

 「あなたには関係ありませんから…一応言っておくと、昨日話したあの池に色々物が流れ着くことがあるんですよ、それをえんま様がコレクションされておられて…それ以外にも、えんま様のへそくりだとか何かが色々あるらしい…とは聞いています。

 「わざわざ全部話してくれてありがとさん」

 「あっ…」


 どのみちもうこの人には関係ないのだとキッパリ切り替えて、役人は質問をすることにした。


 「とりあえず、昨日の夜何か知りませんか?普段見ないものを見たとか」

 「さあな、知らないね」


 「えんま様はこの件をもし死者が解決したとするならばその者は特別に生き返らせるとする指令を出したらしいんですが、関係なさそうですね!」

 「まてぃ、そー言えば、なんか昨日角のついた役人たちを夜遅くに見たぞ?」

 「それは!貴重な目撃証言では!!どこですか!!!」

 「確か役人たちの部屋の方でー…なんかどっか行かなきゃみたいな言ってたような…」


 「これは貴重な証言では!!早速報告に行かねば!!これが通れば私は昇進いけるぞ〜♪」


 

 

 1分もたたないうちに役人が血相を変えた顔をして戻ってきた。首根っこを掴まれて無理やりえんまの所へ連れてこられて開口一番、聞いたのは怒号。


 「裁きを受ける者の分際で役人たちの住む北西部に侵入するとは何事か!!お前は地獄行き確定じゃあ!!」

 「待ってくださ…」

 「言い訳なんぞ聞かん!!とっとと…」


 「えんま様、少しよろしいですか?」

 「なんじゃ大臣?」


 えんまの説教は大臣によって中断された。


 「昨晩のあの騒ぎ、結果は給料未払いによる役人たちの抵抗だったらしいです。えんま様最近入ってきたばかりの角付き役人たちの給与や扱いとか色々悪くするから……先程の証言を元に聞いたところ、一人が自白しました」

 「ぐぬぬ…そうだったか…」

 こんなところにも悪い社長みたいなのはいるのだなと、三郎は深く思った。


 えんまは再び説教を再開するかと思いきや、落ち着いた声で喋り始めた。

 「えぇと、一応お前の証言のおかげで解決はした。とりあえず、普通通り裁いてやろう」

 「ちょっとあの解決したら生き返らせるとかの褒美は…」

 そこまで言い返したところで、三郎は昨日のことを思い出した。


 「…勝った」

 三郎は確信した。


 

 裁判は始まった。まず最初にえんまが裁かれる人間の名前を読み上げることとなっている。

 「えーと?こいつは番号4771番、かきぎさぶろう、合っているな?」


 「えんま様、その名前、本当に合っていますか?


 「いや、台帳にはこう書いてあるぞ、『柿木三郎』とな」

 

 「それ、見せていただけませんか?」


 「なんじゃほれこう書いてあるじゃろう」

 えんまが三郎にしっかりと台帳を見せた。三郎は勝ち誇った顔でこう言い放った。

 

 「えんま様、これは柿木かきぎではなく、杮木こけらぎという人物です」


 「はぁ?」

 「え?」

 「うそ??」


 えんまはもちろん、ついでに聞いていた大臣とここまで連れてこられた役人も一緒に驚きの声を上げた。


 「よくみてください、柿は杮と違って右側の巾の部分が上のなべぶたという部分とくっついていないでしょう?ちなみにかきは果物のかきで、こけらは木材の削りくずのことです。

 

 「え、それって違う漢字なの?」

 「はいそうです国語の教師をしていたので間違いありません」

 「ぐぬぬ……ん、ん?教師?講師ではないのか?」

 「それはまた少し違う職業ですね、というか人物絵も私と全然似てないじゃないですか」


 「あれ、ほんとだ…」

 段々と背中と勢いが縮こまっていくえんまを見て、大臣も役人も思わず笑ってしまいそうな状況だった。

 

 「これは推測なんですけど、最近死者が多すぎて仕事があまりにも忙しいからって、色んなところで手を抜きすぎていたんじゃないですか??」

 

 「なぁ大臣、俺は確かこいつが抜け落ちてたから連れてこいと命じたよな?」

 えんまは焦りに焦って、大臣にこう言うことしか出来なかった。

 

 「はい、えんま様直筆の文字と絵で書かれたメモを受けとりました。それでそこにいる役人にしっかり伝えましたよ?」 

 

 「はい、私は大臣からそれを聞いてメモを見せてもらい、実行に移しました。」


 「おい役人よ、伝えられた絵と本人が少し違うことに疑問は抱かなかったのか?」


 「はい、少しは思ったのですがそこまで詳しく調べるほどのお給料はもらっていないのでスルーしました」


 まるでお笑いのような会話に、三郎は笑いをこらえるのに必死であった。


 「おい…大臣よ、結局このミスは誰のせいだ?」


 「そりゃ、えんま様のとーっても汚い字と全く絵心の無い絵のせいですよほんとに…これこの後の事務の処理誰がすると思ってるんですか?」


 「はい…すいません…」


 もう、威厳のあったえんまの姿はどこにもなかった。


 「ちょっと、俺への謝罪は無いわけ?間違いで連れてこられたんだけど??」


 

すると、えんまだけでなく、一同が膝をついて謝ってきた。


 「この度はまことに申し訳ありませんでした。すぐ、生き返りの手続きを始めさせていただきます」

 「謝って連れてきてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 「…寿命プラス5年してあげるから、許してください…」

 最後のえんまの虫の泣くような声は、もう誰が見てもただの子供にしか見えなかった。


 そしてまもなく、三郎は池に落とされ、無事に現世へ帰ることが出来たという…。




 



 


 「ということがあったんだよ。だからみんなも、ちゃんと自分の名前の漢字くらいはしっかり書くんだぞ!!」


 教室の至る所から笑い声と共に生徒たちの声が一斉に飛ぶ

 「ぜったい作り話じゃん!!!!」





 

 


 


 


 

 

 


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

柿木三郎は生き返りたい 神白ジュン @kamisiroj

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ