劇終
エンドロール
※※※※
ここは
青は
どこに
ああ
ずっと
そこに居たんだ
これ
誕生日おめでとう
生まれた時から
僕と一緒に在った
自由の象徴なんだ
僕の生まれた記念品なんだ
ごめんね
こんなものしかなくて
それと
君に紹介したい人がいるんだ
良い奴だよ
最初は驚くと思うけど
きっと受け入れてくれる筈だ
空は青くないって
分かってくれるさ
君は
僕がいなくても
大丈夫になって
だから
もう少し
僕と一緒にいてくれるかい
ねえ——
千代子
※※※※
「先輩、“鬼”を探しに——」
「お前はいい加減自分が目立つ事を自覚してくれ」
その日、俺の一日はいつも通りに始まった。
2017年、夏の到来を予感させる7月3日。休み明けの月曜日。
朝の6時30分、段々とジメつきだした外気にうんざりしながら起床。今日の朝食は食パンにヨーグルト・目玉焼き、それとコーンフレーク。歯磨きと洗顔も手早く済ませ、スマートフォンをポケットに入れる。テレビでやっているのは、遠くの国の政府と宗教勢力との紛争。次はネットの炎上事件と、それが原因と思われる殺人事件。丁度10年前にも、似たようなことがあったらしい。今日もどこかで、苦しんだ・亡くなった人々が沢山いる。それらをしっかりと認識し、自分が向き合える事を確認する。お気に入りのピーナッツバターを塗ったパンをモソモソと食べ、コーンフレークの旨さに今日も感激する。因みにピーナッツバターは粒入りの物以外認めない。両親に「行ってきます」を告げ、2階建ての一軒家を
始業までは日本史の一問一答を頭に叩き込み、朝の
ので、もう二度と会うことは無いと思っていた人物の登場に、かなり
「そこで提案です。大人しく付いてくるのか、それともクラスで話題沸騰となるか、二つに一つですよ?」
「もっとシンプルに頼めねえのかよ」
目立ってる自覚大有りだった。余計に悪い。
話術が脅迫ベースなのやめろ。
「そんなことしなくても、お前の頼みなら聞くよ」
「…………なんですか?もしかして口説いてます?ごめんなさい私ヘタレは無理です」
「お前には!恩があるから!って話だよ!俺が玉砕した感じ出すな!」
なんだその謎テンションは。お前もうちょっとクールな奴だっただろ。
「それで?何の用だ?“鬼”ならもういなくなっただろ?」
そう、全て終わったのだ。後は警察やら国やらがどうにかする。何らかのパワーゲームの結果、多くの事実がブラックボックス行き。世間も世界も何事も無かったように流れ、もう俺の中では終わった話だ。
日下は、座って目を逸らす俺の正面に回り、
「まだ、先輩の中で生きているでしょう?」
相変わらず真っ直ぐな瞳で、そう切り込んだ。
俺はというと、矢張り彼女と目を合わせる気恥ずかしさに、耐え切れずに席を立った。
顔は良いんだ、この女。
それに、揺らがぬ彼女の在り方が、俺の心底に刺さって抜けない。
「放課後で良いか?18時、正門前で」
「いいでしょう、待ってます」
そう言って彼女は去っていった。
所作の全てが一々様になっていると、後ろ姿を眺めながらそう思った。
授業が終わった後、一通りやるべきことを終わらせ、約束の時間に約束の場所へ。
相も変わらず隔世の美貌の彼女が、校門の横に佇むその景観は、門扉に彫られた造形美術のようで、何度見ても見慣れない自分に辟易する。
ただよくよく見ると、袋詰めのマシュマロを口に詰め込んでいた。
開封したはいいものの、俺が思ったより早く来たので、慌てて残りを処理しているのか。
餌を食むハムスターのように、膨らんだ頬には愛嬌があり、俺はついつい吹き出してしまった。
ネズミ扱いも、こいつには褒め言葉だ。
「遅いですよ先輩」
「あと5分は余裕がある筈なんだが」
「こういう時は張り切って1時間前くらいに着くものです」
「何で俺が初デートの如きテンションの上げ方をしてる前提なんだ」
「それで、落ち着いて話し合いが出来る場所が良いんですが」
「ロケーションも俺頼りかよ!」
「こういうのは男性がリードするものらしいですよ?」
「だからデートじゃねえって——」
そこでふと、思い出す。
今は、例の時期だった。
「いいだろう、付いてこい」
「おや、先輩にしては珍しく決断的ですね」
「面白いものを見せてやる。だから、話は移動しながらだ」
俺は西に向けて歩き出す。
このまま道なりに行くと、小麦畑の密集地だ。
日下は俺の隣に並ぶと、暫く無言で歩いていた。
5分程経っただろうか。
学校が見えなくなってきたところで、彼女がその唇を開いた。
「この度は、申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございました」
——……今こいつ何て言った?
驚天動地の大事件に、俺が目を剝いて横を見ると、らしくなく萎れた探偵が見えた。
彼女は俺を横目で見上げながら、
「なんですか、その顔は。私だって謝罪と感謝は口にしますよ」
などとむくれていた。
「今回私は幾つかの事柄において的を外しました。そしてその内、致命的な欠落については、あろうことか先輩に補填されました」
こいつこの状態でも憎まれ口は健在なのかよ。
むしろ安心するわ。
「先輩。貴方は何故、彼女が考えていたことが分かったんですか?」
「別に。ただ同情しちまっただけだ」
俺も、同じだから。
だからこそ、愛子が見ている景色に近づけた。
優子の気持ちが、分かってしまった。
——違うな。
「お前に言わせると、分かったような気になってるだけの妄言、か。ただ彼女達の気持ちが分かった、という錯覚に陥った。それが偶々、有効打になっただけだ。」
「ご謙遜を。あの大立ち回りは見事なものでしたよ。筋は雑でしたが、即席の間に合わせであることを考慮すると及第点でしょう」
「何に合格できるんだそれは…。お前からの受け売りが8割だからな。大体お前の推理が無ければ、発想自体生まれなかった箇所だって多々ある。そして、結局のところ何かが好転したわけでもないしな」
重軽傷者6名。死者3名。
それがあの最終幕の結果だった。
銃で撃たれた者はトラウマになるだろうし、俺も暫く刃物は見たくなかった。
彩戸も湯田さんも優子も手遅れで、彼らの手にあったかもしれない証拠は闇に葬られた。
あそこまで準備して、それでも吟遊の
あのゲリラステージが認可されたのは、「膿を出したい」という吟遊本体の、
あの場にいる内の何割が“敵”だったのか、それすらもはっきりしないのだから。
十七夜月博士だって、治療を受けてから警察に拘束された筈であるのに、後に所在が分からなくなったらしい。消されたのか、別の研究を手伝わされているのか。まず意識が戻ったのかすら分からない。
「あの人は、自分のやりたいことしか出来ない人です。今回の事件群で“透明人間計画”は曰く付きとなり凍結されたでしょうし、あの人がその真価を発揮し暴走する機会は過ぎ去ってしまった。少なくとも当分は安心です」
だから今の彼は、あまり怖くないと言う。
彼の場合、短絡的かつ極端な思いつきに走りがちであり、更にそこに手段を用意してしまう親切な馬鹿が居る時が、とにかく危なっかしてくて仕方ない、らしい。
「伝承によると、三尸虫は積極的に宿主の寿命を減らそうとします。その命の終わりこそ、彼らが体内から自由になる時であるからです。つまり、三尸虫とその宿主とは、根本的に敵対関係。サンシ製薬の発想はそこから間違えているんです」
心底見下げ果てたといった顔で、「言わんこっちゃありません」と日下は吐き捨てた。
成程、この研究のお蔭で優子は凶行に走り、夜持も早逝し、愛子は——
彼女は、今は東京の精神病院に隔離されている。『未来の故郷園』から引き取られた形だ。
もう二度と、会えなくなるかもしれない。
なのに、碌にお別れも言えなかった。
この後閉じ込められ続けるのか、口封じで始末されるのか。
どちらにしろ、彼女は最期まで幸せなままだろう。
それが唯一の救いだ。
湯田さんの後任の園長は速やかに手配されたようだが、こちらも目立つ動きはもう出来ないだろう。
全てがまるで何事もなかったかのような顔をしている。
あの事件群を日常から切り離そうとしている。
“鬼”なんて、どこにも見えない。
だから、そんなものはいなかった。
大多数がそう望んだから、それが結論となった。
それでもあれらの出来事が、
今の暮らしと、
人々の何てことない生活と、
地続きになっていることを、忘れたくないと俺は思った。
「お前も残念だったな。秘密組織やら国の不正やら取り逃がしちまって」
「ああ、あれはどうでもいいんですよ。途直姉妹の事件を終わらせる、その為の小道具の一つ。それ以上の意味はありませんでした」
「その割には本気で怒ってたように見えたが?」
「……やはりまだまだ感情に流されてますね。精進しなければ…」
またもや項垂れた日下だが、「それに」、とその目が解明者のものに変わる。
「今の私にとって興味があるのは、先輩についてです」
「へえ、こんなつまらん男を掴まえて、何を聞きたい?」
「先輩はさっき、『同情』したのだと言いました。あの途直優子の気持ちが分かったのだと」
「奇跡的に重なっちまっただけだよ。有り得ない話じゃない」
「けれど貴方の場合、“それ”は幼少期からですよね」
ああ、こいつには気付かれるよな。
まあいい。犯人役でも演じてやるか。
「なんの話だか」
「小学生時代の、教科書を読んで号泣した逸話。あれをよく調べてみたら、事はそう単純ではないことが分かりました」
そうだ。あの時俺は、単に感動しただけではなかった。
「貴方は、登場人物が石に打たれれば『痛い』と泣き叫び、貧窮に
「何が言いたい?」
「先輩は、感情移入の能力が極めて高い。自分でも御せない程に」
「感情移入」か。
確かに、その言い方が一番しっくり来る。
俺は、誰かの物語に触れると、それに成り切ってしまう。
強い想いに、「取り込まれる」と言ってもいい。
自分では想像もつかないものを除き、特に痛みや苦しみといった負の感覚を、忠実に
実際に相手に乗り移れるわけでも、憑依されるわけでもないのだ。
だからこれは「能力」というより、「癖」みたいなものなのだ。
勝手に相手の気持ちを分かった気になるという悪癖。
自他の境界が曖昧であるという困った
そんな半端者が俺、日高創だった。
「原因に、心当たりは?」
「お前なら俺についてしっかり調べてるだろうな。なら分かるだろう?大方、切っ掛けは結芽の事故だ」
日高結芽。
俺の妹だ。
二歳年下で、俺の一番古い記憶の中にすら居た。
それも、常に隣に。
ずっと一緒だった小さな家族がいなくなったのは俺が6歳の頃。まだ小学校に入学する前で、夜持とも会っていなかった。
溺死。
家族で木和川に行った日に、少し目を離した隙に流されたのだ。
双子について、不思議な逸話を聞いたことがある。
ある双子は片方が傷つくと、もう片方にも同じ部位に同様の傷が生じる。
別々の親に引き取られ、全く関係なく育った二人が、癖や持病・飼い犬の名前まで
人がどう生きるかについて遺伝子の影響は無視できないものであり、全く同じDNAを持つ彼らは、経験すら共有するのだろうか。
途直姉妹も、そうだったのだろうか。
俺と結芽の場合は、一卵性双生児というわけではない。
だがお互いに意識が芽生えてから、同じ時間を過ごした間柄である。遺伝子も、似通っている。
だからなのかもしれない。
俺は、結芽と自分との間を上手に分けられなかった。
結芽もそうだったように思う。
親は仲睦まじいだけだと思っていたが、実際は別の生物として行動することに違和感があり、四六時中くっついていたのが真相である。
俺達は、まるで同じ人間のように振舞っていた。
それでも成長すれば、学校等で離れざるを得なくなり、より強固な自己が自然に確立されたのだろうが、如何せん俺達はまだ幼過ぎた。
俺にとって結芽の死は、自分の死と同義だったのだ。
だが、俺は死にたくなかった。
結芽を他人として割り切れず、その死を受け入れられるわけでもない。
だから、結芽の死を忘れることにした。
結芽は見えない所で生きていると、そう思い込むことにした。
最初は交換日記で、その後は手紙で、やがては電子メールで、俺は結芽とコミュニケーションを取った。
結芽は、俺の別人格みたいな存在になったのだ。
そのお蔭で、忘れる技術だけは随分上達した。
更には理解ある両親が、俺を結芽の記憶から遠ざけてくれた。
彼女との思い出が詰まった生家は、俺にとって地雷原に等しい。
そうやって怯える俺を見かねて、オンボロではあるが部屋を与えてくれたのだ。
生来の逃げ癖と周囲の支えもあって、俺は結芽を延命していた。
だが、この対処療法には副作用があった。
死人と繋がったまま、それを内側に飲み込むなんて、本来やってはいけなかったのだ。
俺は、結芽を切り離せないように、他人と隔絶できなくなった。
一度でも“道”が通じれば、そこから様々な物が流れ込んでくる。
今思えば、それは「その人がそう感じていると俺が思っているだけの感覚」であり、だからこそ相手側がどうであろうと、俺は勝手に苦しみ続ける。終わらせるには、俺が変わるしかないのだ。
だがそれは、結芽の死と向き合い、それが他人に起きた出来事であると認めることになる。
それは結芽への裏切りであると——
今更カッコつけるのはやめよう。
俺は怖かったのだ。
もし、結芽が死んだことを認識する段階で、その死因にまで意識を向けて、その時、俺がそれを追体験してしまったら?
水に顔を沈めたことも、水中で息を止める訓練をしたこともある。
銃で撃たれるという未知とは違う。
溺れ死ぬのは、俺の既知の範疇なのだ。
俺は、身動きも呼吸もできない水底で、苦しみ抜いて虚無に潰されるのか?
死へと向かう苦痛を、しっかりと全身で実感することになるのか?
それがただ、怖かっただけだ。
「私は、先輩のことが嫌いでした。貴方は妹さんの死から逃げ、今度は無二の友からも逃げたように見えた。それでいて、自分は頑張れば何でもできると思い込んでいる傲慢な人。自分から主役を降りた分際で、手柄を立てようと
「とんだヘボ探偵でしたね」と日下は自嘲する。
「人の内側は、誰にも見ることが出来ない。本人でも、いいえ、本人だからこそ俯瞰出来ない。それを知っていた筈なのに、徹底できませんでした。貴方のことを知らずに、戦わない貴方を腰抜けと決め付けて、その個人的感情で目を曇らせました。貴方を攻撃するあの姉妹に共犯意識を持ってしまい、無条件に身内認定してしまっていたのだと、今振り返れば分析できます」
「或いは、父の身勝手と逃げに振り回された私が、彼女と自身を重ねて見てしまう、そこまでお見通しだったのかもしれません」、彼女は少女の深謀を
「なんだ、だったら俺の評価については、合ってるじゃねえか」
納得できない、不可逆な出来事を前にして、自分で終わらせる為に立ち向かった少女。
ここに居る少年は、紛う事なき対義語だ。
「俺が優子の想いに気付けたのは、俺と彼女の考え方や立場が似通っていたからで、乃ちただの偶然だ。俺が有能だったからでも、鋭かったわけでもない」
優子の“誘導”から逃れたのも、誰かに深く踏み込みたくなかったからだ。
特に、「誰かの死」に。
だから、夜持との最後の会話も平気で忘れていたんだ。
そう、俺は5年前のあの日、夜持から掛かってきた電話をとっている。
あいつの旅立ちの宣言を、俺は頭から追い出したのだ。
あいつについて考えないようにして、起こっている目先の妖しさに目が眩んで、事実を提示する探偵を嫌って。
合鍵についてだって、俺と日下が不仲でなければ、簡単に共有されてた事だ。俺が怖がって隠す事を、優子はあの夜の経験から、見抜いていたのだろう。
俺が目を瞑るから、迷宮の暗さが深まる事を。
親友に対して、最低の裏切り方をした、俺ならそうする、と。
その「友情」にしても、「自分は他の人間とは違う」という疎外感が全面に出ている、自他の境界がはっきりした夜持だから、加えてこちらに踏み込んでもこない“安牌”だから、俺は親しくなれたのだ。
あいつとの関係性からして、逃げと同義だった。
強かったから支配と戦えたのではない。
弱過ぎて運良く抜け出せただけだ。
「けれど貴方は半年前、確かに優子さんに抗っていましたよ?」
「それこそ買い被りだ。もしあの場にお前が居なけりゃ、俺は楽な方に流れてただろうな。ただ単に『見られていたから』、だから優子の言いなりになるのが恥ずかしかった。それだけだ」
愚かだ。
最後にちょろっと活躍したところで、これまでの失態が帳消しになるわけがない。総合的には大きくマイナスだ。
羞恥心など芽生えるならば、初めから戦えば良かったのだ。
だから、かつて日下の言っていたことは全て正しい。
愛子や優子が抱いた失望も、軽蔑も、憎悪も、真っ当なものなのだ。
矢張り、俺は、どうしようもなく——
「やっぱり、先輩は、どうしようもなく優しいんですよ」
言い切られた。
断定口調で。
褒められた。
…あの日下真見に?
俺は今度こそ、心臓が止まるくらいに驚いた。
驚きすぎて、外見上だけは「無」の境地に至ってしまったくらいだ。
そんな俺に構わずに、探偵は定義するのをやめない。
「先輩のそれが生まれつきなのか、後天的なものかは分かりません。ですが、その高い水準に至っているのは努力の賜物と言っていいでしょう」
事実を切り取り、「真実」を作っていく。
「それは、貴方が妹さんの気持ちを理解しようとした結果、身についた『特技』ですよ」
俺の過ちに、別の意味を与える。
「生まれて初めて認識した他者。そんな彼女はどうしたら幸せなのか。幸せにできるのか。それを考える手段が、相手に成り切ることだったんです。幼かった先輩に、唯一あった手段。いいえ、むしろ自己が曖昧な幼年期だからこその発想。境界を取り払って同一化し、根本から相手の視点に立って考える。その人を測った上で自分の利を引き出そうとするのではない、その人そのものとなって幸福を追及する」
「究極の利他主義と言えます」と、日下は俺をそう断じた。
表情はいつも通り変化なし。
一切の気負いも同情も見られない。
まるで自明のことを説いているように。
「だ、だけど俺は逃げたんだぞ?我が身可愛さに」
「妹さんを死なせたくなかったからでしょう」
「違う!俺が死にたくなかったからだ。だから夜持のことを忘れようとして、優子の願いも跳ね除けた。優しい奴なら協力する」
「同じですよ。夜持さんに死んで欲しくなかった。いいえ、苦しまないで欲しかった、と言う方が正確でしょう」
「それで自分だけ逃げてどうする?何の役にも立たないじゃないか」
「先輩は彼ら死者と同一化していました。先輩が逃げれば、彼らも一緒に死から逃れられます。実際、妹さんは貴方と連絡を取り合い、夜持さんは貴方の中に引っ掛かり続けていた」
「俺が彼らを大切に思ってるなら、彼らを傷つけた原因を探すお前を、敵視したりなんかしない」
「私が彼らを殺すからです。彼らの最期を
「だが最後は優子を追及した。自分のちっぽけなプライドを守る為に」
「最後に勇気を出せたということですよ。先輩の中で、死者との向き合い方を変える踏ん切りがついた。彼らを守っている一方で、束縛しているのではないかと、自らを顧みる視野の広さを得た。純粋無垢な少年のやり方から脱却し、現実と摺合せた新しい生き方を確立した。喜ばしいことです」
だが、俺はそんなことを意識していない。
怖くて何も出来なかった奴が、恥ずかしさで重い腰を上げただけだ。
それとも、無意識だったとでも言うのか。
そんなこと、いくらでもでっち上げられる。
「そう、単なる屁理屈です。人の心は本人にすら分からない。私がどれだけ歩き回っても、確たる証拠など用意できません」
それでも、と日下は言う。
「貴方が同情した途直姉妹。先輩と似ていた筈の彼女達は、先輩と同じく境界を失っていた途直優子でさえ、先輩のことを理解出来てはいませんでした。それが、彼女達の失敗の因です。つまり、先輩がやっていることは、誰でも出来ることではないんですよ」
「だから私は、先輩が優れていると、そう思えます。」それが彼女の結論だった。
「これが真相なのだと、私はそう思いたいんです」
探偵らしからぬ言い分だ。
願望だけを決め手にしている。
本人も随分と惑っているらしく、その次の言葉を紡ごうと首を傾けている。
瞑目の後、熟考。
そしておずおずと、
「だから…ええと………先輩はそういう人だと…つまり、その、良い人だと、今回関わって来て、私が、そう感じた」
「それではだめですか?」と上目遣いで懇願してくる。
困り眉が叱られた子どもみたいで、滅多に見せないあどけなさにドギマギし、「じゃ、じゃあ、まあ…いいんじゃねえの?」とか流されてしまった。
「じゃあそういうことで」
日下はケロッとしてスタスタと前進を再開する。
俺達は知らずに立ち止まっていたようだ。
馬鹿野郎、なあにが「いいんじゃねえの」だ。こんな初歩的な手に掛かるんじゃねえ。この分じゃ一生女に振り回されるな、俺。
日下はとっとと先行し、「エスコートするんじゃなかったんですか?」とか勝手なことを抜かしている。
俺は溜息を吐きながら、日下を追い越しその場所を目指す。
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