第29話 ペットフードの山

 神原浄は、刑事・葉月道子に従って、Cと大きく描かれた工場裏へ向かった。行方不明となった社員について尋ねるため、以前にも葉月が訪れた場所だった。

 ちょうど休憩時間に当たったらしく、缶ジュースなどを手にして集まる社員たちを見つけた。十に満たない数の男たちが、サカガミの制服姿のまま談笑していた。

 倉庫には、倒れないように太いロープで支えられたダンボールの山が並んでおり、それを運ぶ為らしい運搬車やフォークリフトが並んでいる。小さなクレーンと吊上げ装置もあった。

 葉月が警察手帳を見せると、全員の笑顔が消えた。わざとらしく伸びをしてその場を離れる者、腕を組んで睨みつけてくる者もいる。

「逃げないで、皆さん。軽くハナシを聞きたいだけだから」

「……何なのかな、刑事さん」

 髪に白いものが混じった男が言った。灰色の髭は顔のほとんどを覆っており、その間から見える皺が深い。最年長と思われた。

「お邪魔して悪いけど、ちょっとお話聞かせてくれない」

「あんたのこと、覚えてるぞ」ヒゲ男が言った。

「ええ、そうね。お互い見覚えあるわね」

「根掘り葉掘り、いろんなことを聞いていったじゃないか」

「ごめんなさいね。これが仕事なの。何度も何度も根掘り葉掘りチェックしなきゃならないことがあるのよ」

「……同情するが、こう見えてもわしらは忙しいんだよ。休憩時間は、三十分しかないし、その分はちゃんと給料からさっぴかれるんだ。そう言ったよな、この前も? 会社内に拘束されていて、どこにも行くヒマがないのにフェアじゃないだろ? だから、せめてそんな時間くらいゆっくりしたいんだよ」

 ヒゲ男が床にツバを吐いた。

「会社から許可はもらったわ。だから、あたしたちと話したほうがもっとラクなんじゃない? お話しててもその分はさっぴかれないわ」

「頭いいな。だが、サボってるようには見られたくない。さっさと話してくれ。今日は何だ?」

 葉月が、顎で神原を会話に入るように示してくれた。男たちの間に神原は滑りこんだ。

「あんた、名は?」神原は、ヒゲ男に言った。

「関係あるのか、そんなこと」

「名前くらいいいだろ。いなくなった社員のことだけどね。仲間としての印象はどうだったか、消える前に何か変わったそぶりはなかったか、そんなところから改めて聞きたいんだ。面倒だとは思うし、時間も経っているが、何とか思い出してくれないかな」神原は、内心刑事に戻ったように思った。言葉がすらすらと出てくる感じがする。

「わしは、坂下だ」ヒゲ男が名乗った。

「サカガミに勤める坂下さんか。覚えやすいな」

「放っとけ。窪田が消えてから、もう二ヶ月ちかくになるな」

「窪田ね」

 神原は、手元のメモでその名を見た。窪田シゲオとある。佐々木の家のパソコンで行方不明者のリストを打ち出したものだ。

 勘だが、この名は覚えておかなきゃいけない気がした。

「その窪田シゲオって男は、どういう仕事をしていたんだ?」

「この前も話したじゃないか。……何度も聞くなよ。わしらと同じ配達員だ」

 神原は、はじめて聞くので苦笑いした。ヒゲ男に合わせて、そうだそうだと男たちが頷く。どうやらこの坂下ってヒゲ男は、配達員のリーダー格のようだ。グループを統率しているらしい。神原にはよく分からない結束力のようなものを感じた。

「何を配達していたんだ?」

 神原は、とぼけて話をつなげた。こういう時は、そうするのがいちばんだ。

「倉庫に運びこまれるペットフードや、その他ワンちゃん用の遊び道具とかさ。決まってるだろ」坂下は、そう言いながら手近のダンボールの山を蹴った。「ここをどこだと思ってるんだ」

 神原はわざとらしく感嘆して、

「すごいね。これ全部がペットフードかい」ダンボールの山を眺めた。

「あんただってサカガミの名は知ってるだろう? いまや超一流ペット産業なんだ。ここからでしか出荷しない特別製のペットフードだってあるんだぜ? それをわしらだけで小売へ配るんだ。大変なんだよ」

 神原は正直、サカガミを聞いたことが無かった。いまの人生にペットがいなかったからだ。ダンボールの箱には、ビフテキ、ステーキ、テリーヌ等の高級感あふれる名称が見える。

「あんな食べ物、ペットに必要なのか」

「今は、綱吉公の時代が再開されたようなもんなんだ。お犬様の時代さ。単価を考えれば、人間様の食事よりもずっと洗練されている。人間にも食えるが、オススメはしない。人間様の食い物より、お高い食べ物だってある。少し前は飽食の時代なんて言われたが、どっこいさらにスケールアップしてる」

「お犬様さまだね。窪田の担当は? 運ぶ店へのルートなどは決まっているのかな?」

「担当によって決まってるな。その人間じゃないと知らない近道や裏道を覚えている方が得だからね。急ぎで発送することもあるし。駐車取締りも強化されてるから」

「じゃあ、乗る車も決まっているのか?」

「ああ。二人ずつチームを組んでるが、いつの間にか専用の車を持つようになるな。どれも車種は同じだ。わしが割り振るんだ。仕事が長いと、車に癖がつくからな」

 坂下が、並ぶコンテナの奥の駐車場を指差した。いくつかトレーラーやワゴンが並んでいる。

「窪田は誰とチームを組んでいたんだ?」

 片すみにいた男が手を上げた。

「おれだ」

「あんた名前は?」

「何だっていいだろ~。そんな必要あるのかよ~」

 男は、語尾を伸ばすもっさりとした喋り方をした。

「頼むよ」

 男はぐずぐずと前に出てきた。

「飯野だ」

 その名の通り、飯と縁が深そうな、小太りの男が言った。長髪が顔に張りついている。風呂嫌いといった感じ。先ほどから神原と葉月を代わるがわる睨みつけていた。知恵があるとはとても感じさせない風貌で、理由なく権力を嫌っているタイプに見えた。とても人好きとは思えない。

「窪田シゲオとは長かったのかい?」

「二、三年だよ~」神原の目を見ずに吐き捨てるように飯野が言った。

「じゃあ、窪田と仲が良かったわけだ。消える前に何か変わったこととかなかったか」

「さあな~」語尾をもったいぶって伸ばす言葉遣いが、神原の耳に障る。

「毎日、一緒にいたんだろ?」

「別にぃ~、仕事以外で付き合うことはなかったよ。……あいつ酒飲まねえから、帰りに一杯ひっかけることもなかったしぃ、パチンコもしねーし……趣味も合わなかった。ただの仕事の相手ってことだけ。……あいつが入社してからはずぅ~っとおれがパートナーだったから、仕事のやり方はほとんどおれが教えたけど、それ以外のことは知らねぇ~」

「窪田の趣味って?」

「カメラだよ。いろいろ写したりしてな。よく仕事の合間に車止めて景色撮ったりしてたぜ」

「ふうん。その車が見てみたいな。どのワゴンなんだ?」

「見せてもいいけど……何もないと思うぜ?」

 坂下の顔が曇った。顔をヒゲが覆っているにも関わらず、渋い表情をしたのが分かった。

 何となく様子がおかしい。

「何だ?」

「……いなくなってから、触ってないからな。それに縁起の悪い車だしよ。鍵を貸すから、わしらが近づくのは勘弁してもらいたいな」

「縁起が悪いって?」

 ヒゲ男は両手を上げた。何も知らないってジェスチャーだ。

「わしが、そんなこと言ったか?」

「何を隠しているんだ?」

 神原は内心、「こりゃ、どうしても調べなきゃな」と思った。

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