甘えを乞いて許しを願う

@chauchau

戦って勝ち取ることが好きなのよ


 せめて。

 この感情きもちに名前を付けることを許してほしい。


「浩平さん、瑞樹さん。並びに両家の皆様、本日は御結婚、誠におめでとうございます。ただいご紹介にあずかりました新郎新婦の友人の――」


 ※※※


「結城っ! 勝手に一人で帰んな痛っ!?」


「何してんだよ」


「人の頭殴って言う台詞じゃねえだろ! てか、俺の台詞だわ!!」


 満月が世界を照らす。

 高校生が出歩いてはいけない時間帯だが、年に一度の文化祭の後となれば話は別だ。祭りの熱気が冷めやらぬ周囲では浮足立った学生たちの楽しそうな会話が耳に付く。


「瑞樹と帰れよ。こんな日くらいは悪友より彼女を取るべきだろうが」


「だから三人で帰ろうって言ってんじゃねえか」


「冗談だろ」


「あたしも冗談だと思いたいわね」


 男二人に女一人の幼馴染という関係は、中学になると我儘な女王さまと下僕へと様変わりした。そして、高校になって恋人と二人共通の友人に成り代わる。


「何が悲しくてこんな美人な彼女が居るってのにむさくるしい男のほうを取るかね、この馬鹿彼氏は」


「美人な彼女だってよ、馬鹿彼氏」


「俺には見えないな、むさくるしい男」


「好きなだけ言いなさいな。いつまでも子どもみたいの挑発にのると思わないでよね」


「言っていることとやっていることが違痛ただだっっ!?」


 二人が特別な関係になろうとも変わらない関係性が嬉しくて、温かくて、なにより辛かった。


「先に帰ってるから、好きなだけイチャついてから帰れよな」


「悪いわね、結城」


「たすげっ!」


 伸ばされた手は掴まない。

 彼の手を掴むのは彼女の役目であり、彼女の手を掴むのは彼の役目であった。そこに、俺の出番は存在しない。


 特別ではあるけれど、特別ではない。

 踏み込んではいけない関係が俺と彼らの関係となっていた。


 闇に月が影を生む。

 ひとつとなった二人の影から逃げた。イヤホンジャックで蓋をする。彼の悲鳴も、彼女の説教も俺には聞こえない。


『瑞樹に告白する』


『ふぅん……』


『だから、お前も告白しろ』


 馬鹿なくせに。


『二人で瑞樹に告白して、あいつに選んでもらう』


『……あー』


『恨みっこなしだ』


『格好つけているところ悪いけど、別に瑞樹のことは好きじゃねえぞ』


『……恥ずかしいのは分かるけどよ』


『マジで』


『マジで?』


『ああ』


『……』


『……』


『……』


『……』


『告白……してくるわ』


『行ってらっしゃい』


 馬鹿だから。

 自分の感情に嘘はつかない。決めているわけでもないし、曲げてもいい。それでも、不必要には嘘をつかない。でも、本当のことを言う気もない。


『おめでとうって言えばいいか』


『このズタボロ状態を見てよくそれが言えたな……』


『成功したけど照れ隠しで殴られたんだろ』


『その通りです。死ぬかと思った』


『おめでとう』


『……へへっ』


 その顔が憎らしくて、無防備な腹に一撃を入れた。

 机で寝ているように偽装工作を企てて、捕まる前に逃げ出した。北の大地へ逃げることもできず、教室を出てすぐに止められる。赤面がまだ消えてはいない俺たちの……彼の女王様。


『待ちなさいな』


『俺は無実です』


『見てたんだけど』


『つい魔がさして』


『腰が入ってなかったわよ、殴るならもっと抉るように打ちなさい』


 一歩引く。

 俺が居た場所に打ち込まれた拳は、舌打ちとともに消えていく。


『照れ隠しで俺までボコボコにされるのはちょっとな』


『お前の腹はあたしのもの、あたしの腹はあたしのもの』


『ガキ大将は小学生で卒業してください』


 また打たれる舌。

 拳より、腹に響く。


『付き合うわ』


『知ってる』


『付き合うわ』


『知ってる』


『付き合うわよ』


『知ってるよ』


『あたしと、浩平』


『おめでとうでいいか』


『あんたさ』


 壁に押し付けられる。

 壁ドン。腕ではなく、足でドン。ドキドキする。命の危険が迫っている。吊り橋なんかじゃなまぬるい。


『あたしのこと好きよね』


『好きだよ』


 よどみなく問われる心の在り所。

 打てば響く返答に、三度目となる舌打ち。


『幼馴染として』


『ご理解感謝いたします』


 俺を追い詰める足。

 あげられた足にスカートが持ち上がる。恭しく彼女の服を正すだけで殺気が飛ばされる。


『下着見えるぞ』


『見たら殺す』


『見たくねえもん見せられる方の身にもなれ』


『それはそれで殺す』


『万事休すだ』


『浩平と付き合うわ』


 問題。

 何回同じことを言ったでしょう。


 答えは、数えていないので分かりません。


『あたしが浩平と付き合うわよ』


『寂しくないと言えば嘘になるわな』


『そういうところが嫌いだって言ってんのよ』


『初めて言うことを何度も言っているように言うなし』


『目を見て話しなさいよ』


 無茶を言う。

 誰もがまっすぐに生きられるわけではない。などと恰好付けた台詞を言えば怒られるので言いません。そうだとも、怖いのだ。

 俺がただ怖いだけで、俺がただ臆病なだけだ。


『いいのね』


『おめでとうと言ったぞ、俺は』


『戦いなさいよ』


『逃げても怒られる。適当言っても怒られる。どうしろってんだよ』


『あたしが』


 壁にかけられた足に体重が乗っていく。

 近づいてくる瑞樹の身体。彼女の熱は、熱い。


『浩平と付き合うわよ』


『おめでとう』


 追い詰められた壁から足を伝って、彼女へと。

 俺の声は振動となって瑞樹に届く。声ではなく、音でもなく。震える感情が彼女に届く。


『すぅぅ……』


 吐くように息を吸う。

 空気が身体を巡って彼女の熱を冷ましていく。


『年中無休の馬鹿とか信じられない』


『これでも一生懸命なんだ』


『あたしにくらい言いなさいよ』


『え? 何を?』


 脛を蹴られた。

 腹でも顔でも覚悟はあったが、脛は予想外だった。悲鳴をあげないのは俺の意地。くだらない意地は鼻で笑われた。


 こちらが意地を張れば、向こうは意地を悪くする。

 鼻に付く笑みが向けられる。見上げる彼女の顔が、俺には眩しくて、愛おしくて、憎らしくて、腹立たしくて、羨ましい。


『決めたんだけどさ』


『いい加減、彼氏のところへ行ってやれよ』


『結婚式の代表スピーチはあんただけにするわ』


『気の早い話だこグッ』


 目が合った。

 合わせられた。


 ネクタイを掴まれて、引っ張られて、腰が落とされる。

 無理な態勢に身体が悲鳴をあげる。


『死んでも』


『お前のそういうところが』


『あれと別れない』


『好きだよ』


『最後のチャンスを棒に振ったあんたをあたしが許してあげる』


『俺にはチャンスじゃなくて死刑執行の合図に聞こえたね』


『だから一生あんたを許さないあんたを許してあげなさい』


『約束しかねるな』


『馬鹿言ってんじゃないわよ』


『……ああ、怖い』


『あたしが、言っているのよ』


『女王様』


 ※※※


「おふたりの幸せを心よりお祈りしています」


「もっと面白いこと言いなさいよ」


「無茶言うな」


 友人代表スピーチを笑いで落とせるほどの話力は社会人三年目だろうが身に着けてはいない。

 本当に俺一人にだけ頼んできやがった幼馴染の願いを断らなかっただけで感謝すらしてほしい。


 瑞樹のツッコミと、号泣する浩平の対比でどうにか笑いは起きた。

 俺の役目はこれまでだ。


 お前はこれすらチャンスと言うのか。

 どこまでも、お前は俺を甘やかす。だから俺はお前が好きなんだ。だから俺は、お前と幼馴染であることを誇りに思うんだ。


 だから俺は俺を許せないんだ。


 お前に甘える俺を、

 すべてを壊してでも手を伸ばそうとする俺を、

 それすら許してくれると思い込んでいる俺を、


 俺は俺を許さない。

 それでも、俺たちの女王様が俺を許すと言ってくれるなら。彼女の優しさに甘えていいと言ってくれるなら。


 せめて。

 この感情きもちに名前を付けることを許してほしい。


 どうか。

 この感情きもちを恋と呼ぶことを許してほしい。


 かつて。

 俺は誰にも言えない恋をした。


 それは。

 燃えるような恋だった。

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