シンキ・サイヨウメンセツ~Z世代の来た日~
水森つかさ
シンキ・サイヨウメンセツ
人事部長の俺は、社長室に呼ばれた。社長は、鼻息荒く廊下にも聞こえるほどの大声で話し始める。
「部長、今年のわが社は一味ちがうぞ。久々に若手の社員を採用する。シンキ・採用面接だ!」
社長はシンの部分にアクセントをつけて言った。
「それはすごいですね!
お金はかけたくないけど、手土産をもっていきたい人のための、微妙なおまんじゅう工場のわが社にも、優秀な新入社員が来るというのですね」
「……言ってくれるな、部長。ともかく、求人の募集もかけて、すでに2人から応募があった。
スーパーグレイトな社長である私は考えた。
わが社に新しい風を吹かせてくれるような人材、若者の柔軟な思考が必要だと。そのため、応募条件はζ世代とした」
社長は求人広告を俺に見せながら言った。
「社長、応募条件のところもう一度言っていただけないでしょうか?」
俺は、嫌な予感がした。
「ζ世代だ」社長は自信満々に言った。
「Z世代ではなく……」
「ズェ~トゥァ世代だ」社長は『ζ』の部分を早口にして言った。
「どうやって発音してるんですか。ゼット世代ですよ!」
「ゼットァ(超早口)世代」
「このアホ社長!間違ったのを認めろ!」
社長は不服そうに、くちびるを強く閉じて、一のかたちにする。
「なんでそんな、かたくななんですか!」
俺はこんな会社で働いていたのか、と猛烈な後悔に襲われる。
「ゴホン、ともかくだ。応募してくれた2人は、どちらも若い。いわゆるその、あの世代だ。すごい2にかたちが似ている……ああ、思い出せない」
「ゼットって言いたくないから、芝居するのをやめてください」
「うるちゃい、うるちゃい!
君にはこれから私とともに、採用面接に立ち会ってもらう。従わなかったらクビだぞ、クビ」両手をぐるぐるまわしながら、社長は言った。
20畳ほどの会議室の真ん中には、事務机が置かれ、俺と社長が横並びに椅子に座っている。やや離れた場所に、採用候補者用のパイプ椅子が置かれ、会議室に入ってきた採用候補者と向かい合って、面談をする。
壁にかかった時計をみるとそろそろ予定時刻だ。
コンコン、とドアがノックされる。
「どうぞ」俺は言った。
一人の青年がおそるおそる入室してくる。なんだ普通の面接じゃないか、と心のなかで安心する。
「椅子へどうぞ。
俺は面接官用のマニュアルを読み上げようと、一瞬、彼から視線を切った。失敗だった。
「うぉぉぉ……!!!」
先程までの気弱な姿は、どこへ行ったのか。突如、彼は髪を逆立て、俺へ殴りかかる。
「ぶへぇぇぇ……」
彼の拳は、俺の右頬につきささる。俺は殴られて歪んだ口から泡を飛ばしながら、椅子ごと後ろへ倒れ込む。
「
殴られたこちらとしては、たまったものではない。社長へ助けを求める。
「これがZ世代か……」社長はつぶやいた。
絶対に違う。
「社長、こいつヤバいですよ。もう面接終わりにしましょう」俺はヒソヒソ声で言った。
「まあ、まて。キレる若者という言葉もある。年長者としてここは多めに見よう。採用したらおやつに、煮干しをいっぱいだそう。そしたら、なおる」
「あんた、人間をなんだと思ってるんだ……」
俺は仕方なく面接を続ける。
「あなたは、なぜ当社を志望されたのですか?」
どんな面接本にも書いてある鉄板の質問だ。面接を受けに来るからには、この質問への対策はしているはず。すぐに答えがかえってくる。それをたたき台にして、話をひろげていけばよい。
ところが、彼は黙ってしまう。
会議室に沈黙が流れる。気まずい。
彼は、顔を上げてやっと口ひらいた。
「電灯がついたり、消えたりしている……」
はい、不採用。
一人目の採用候補者が退室した会議室で、俺と社長は話す。
「ヤバい奴じゃないですか……社長、もう一度、求人広告を出し直しましょう。きっと次もとんでもないのが来ますよ」
「次は大丈夫。なんたって、アメリカ帰りの帰国子女だ。履歴書のアピール欄を読む限りでは、実力主義についてとても関心があるらしい。きっと、ぬるま湯のわが社を鍛え直してくれる優秀な人材に違いない」
雇われる身の悲しさ。社長が熱心に話をするので、俺はしぶしぶ、もう一人の面接に付き合うことになった。
約束の時間が来た。ドアがノックされる。
「はい、お入りください」
「ここで会ったが百年目ってね」入室してきた金髪長身の男は言った。
「初見なんですけど……」
その後、
「これがわが社の主力商品である『ねちゃねちゃまんじゅう』です。不味すぎるうえに、指にこれでもかとくっつくので、社長の鼻くそでつくったというウワサが流れています」
「部長、マジでっ!?」社長は言った。
俺は社長を無視して、
ここで再び、会議室に沈黙が出現する。
今回の原因は、俺。ネタ切れである。
いきなり面接官をやらされてできるわけないだろう。とりあえず、ウチの製品わたしてみたけど、どうすりゃいいんだ。
そもそも、まんじゅうって、なんだろう……?俺も分かんねえ。まんじゅうって、まんじゅうだろ。
沈黙が長くなって、社長はちらちらこっちを見てくるし、リードもこっちをガン見してる。彼は指先についたまんじゅうの皮が一向にはがれなくて、怒った犬みたいな顔をしている。
ああ、訳分かんねぇ~、いったれぇ!
「え~とですね。このように、わが社はまんじゅうを重視しています。わが社への就職を希望するあなたにとって、まんじゅうとはなんですか?」
就活特有の意味不明な問答だ。この質問で、なにが分かるというのか。
「まんじゅうとは……まんじゅうとは、力だっ!力があってこそ、まんじゅうがつくれるんだっ!」
リードは拳をギュッと握りしめて叫んだ。手のひらのなかで、まんじゅうはつぶれて、これでもかというくらいベッタリとしている。
分かったぜ……こいつは採用しちゃいけないってことが。
はい、不採用。
面接から数日後、俺は再び社長室に呼ばれた。
「もう一度、求人広告を出したんだ」社長は言った。
「懲りませんね……」
「今回こそ大丈夫だって、今度は『ζ』じゃなくて『Z』で募集をかけたから。
すでに1人から応募があった。今からここに来てもらうことになった。部長、悪いけど面接つきあってね」
社長室のドアがノックされる。断る暇もなかった。
「……どうぞ」
俺は期待せずに言った。なんか道着を着たムキムキの男が入ってくる。
「オッス、おめえら、今日は面接よろしくな」
「Zでも、戦士のほうじゃねえかっ!」俺は叫んだ。
「部長君、せっかく応募してくれた候補者に失礼じゃないか。面接を続けたまえ」
社長がそう言うので、しかたない。
「あなたのアピールポイントを聞かせてください」
「オラのアピールポイントは、せんとう力だな」
まんじゅうづくりに戦闘力がいるのか?俺はもう、まんじゅうも採用面接もわからなくなっていた。
「ちなみにどのくらい?」
「小中高と前から5番目以内だった」
「戦闘力じゃなくて、先頭力じゃねえか!不採用だ、不採用!
チキショー、なんもかんもZ世代のせいだ。二度と面接官なんて、やらねえぞぉぉぉ!!!」
俺は叫んだ。
シンキ・サイヨウメンセツ~Z世代の来た日~ 水森つかさ @mzmr
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。シンキ・サイヨウメンセツ~Z世代の来た日~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます