第38話

 移動要塞ゲムジャーディン、中枢。

 十体の昆虫的な身体を持つ守護者ガダーに囲まれたビルギ・ジャーダによく似た真紅の長い髪を持つ女が茶色い生物的な玉座に座って退屈そうに手元の携帯スクリーンを眺めていた。


「そう。妾の分体が地球人と接触したか」


 玉座の右に控える屈強な体躯の黒いマントを羽織る守護者ガダーが腰を折って彼女の耳元に囁く。


「いかがでしょう、ビルギ・ジャーダ女王陛下」


「妾の劣化コピーにしてはよくやっておる。だが、そもそも。何故アレは妾に反旗を翻したのか?」


「現在調査中でございます。精鋭兵量産の為の女王陛下のコピー体たちは専用の密室王室ハイブからは出られない筈なのですが」


「忌々しい地球人のスーパーロボットといい、妾の子供たちの中に反乱分子が生まれたとみえる。そうは思わぬか、ベギーロ」


「イシュターン星系で反旗を翻した移動要塞も居りましたが、知恵の回るコピー体は排除を進めておりますがあまり度がすぎると子供たちの劣化も進みます故」


 深々と、玉座に座るビルギ・ジャーダの膝に届くほど首を垂れる守護者ガダーベギーロ。

 真紅の髪のビルギ・ジャーダは彼の頭髪のない代わりに痛々しいツノ状のコブがびっしりと生えた頭を撫でて言った。


「そうじゃな。妾たちホーネリアンが末永く存続するにはコピー体たちに良い子供を産ませねばならぬ。やり過ぎは確かに良くはない」


 決して広くはない中枢の玉座の間。その正面の壁の閉じたイソギンチャクのような突起物が花開き、黒い髪のビルギ・ジャーダによく似ているが半分ほどの体躯の働き人が入室して即座に跪く。


「ゴ・報告・シマス。地球・ジンニ、ろとん・ろとんノ・データ・ヲ・ワタシ・タ・者ノ、特定・デ・キマシタ」


「ほう? 働き人風情にしてはよう働いた。褒美をくれてやろう。して、誰だ?」


「戦闘ポッド・技師・ノ、アンルナ・ミンルナ・デ・シタ」


「アンルナ・ミンルナ?」


 ビルギ・ジャーダが左を見上げると、左に控える守護者ガダーが腰を折り耳元に囁く。


「ロトン・ロトンを開発した技術者です。女王陛下の視察時に、地球侵攻の再考を進言して来た愚か者に御座います」


「あぁ・・・、あの頭のおかしい働き人か。其方らの手で調教したのではなかったか?」


「心は折れた筈ですが。兵器のデータを地球に流したのは、それ以前であったと考えられます」


「確かにの。初戦で妾の子供たちが乗る戦闘ポッドに対抗しうる地球産の戦闘ポッドが存在した理由はそこか」


 携帯スクリーンの中で地球人と親しげにする分体が満面の笑みを浮かべているのを見て、ビルギ・ジャーダは目を細めて苛立たしげに口角を上げ牙を剥く。


「ロトン・ロトンのデータだけで、あのスーパーロボットどもは作れまい。虐めたりなかったのではないか、ハギーロ」


「今一度、調教致します」


「ベギーロ、ハギーロ、他の守護者ガダーたちよ。皆で調教いたせ。二度と妾に逆らわぬようにな。それと、」


 平伏す小さな働き人をゴミを見るように見下ろすビルギ・ジャーダ。


「下層民である貴様にも褒美をくれてやらねばな」


「モ・モッタ・イナク・存・ジマス」


「お前たち、先にそこの働き人に褒美をくれてやれ」


「ハ?」


 キョトンとして怯えるように顔を上げる働き人。

 手近にいた守護者ガダーたちに両側から腕を掴まれて引きずり立たされる。


「ワ・ワタシ・ハ、褒美・ナド・・・」


「遠慮をするな。一度は子を産みたかろう?」


「オ・オタ・助・ヲ・・・!」


「反乱分子と接触した恐れのある種は切除せねばな。連れて行け」


 怯えすくむ働き人が奥の部屋へと連行されていく。

 ビルギ・ジャーダは憎悪に満ちた目でスクリーンの中で幸せそうにしている分体を睨みつけて言った。


「知恵の回る子供は排除せねばな。知恵があるのは守護者ガダーたちだけで良い。子供らが無駄に知恵をつけよって、妾に口を聞くなど言語道断じゃ」


 スクリーンの中の分体の、眉間に左手の爪を立てる。


「こやつも始末しろ」


「「御意のままに」」


 ハギーロとベギーロが玉座の左右に跪いた。

 異星人の女王は、自らと同じ顔を持つ兵士量産の道具に過ぎなかった分体が地球で好き放題している姿に激怒していた。





「転校生を紹介します」


 朝のホームルームの時間。

 俺は正面に座る笹凪優(也)の背中に隠れるように机に突っ伏して頭を抱える。

 例の自称女王様監視役として任命され、格納庫の寮で同棲する事を命じられた挙句、彼女を入学させる話まで飛び出して、今の俺は危機的状況なのである。


「転校生?」小首を傾げる優(也)

「この時期にですか?」と、本庄。

「仲間が増えるのは歓迎だけどな」不敵に笑う柿崎。

「あらあら、女の子かしら?」と、楽しげに左手を頬に当てる大凪。


 予備役軍人であり体育の先生でもある本間先生が、右手の出入口を見て言った。


「入ってきなさい」


 そして姿を現す異星人の自称女王様。

 ぴょこんと跳んで入ってきて腰を少し横に傾けつつ軽くお辞儀をして紫色のロングヘアがたなびく。

 昆虫的な身体の上に緑色の軍服と学生服を足して割ったようなアイングライツ戦技学校制服を着て、脇腹から生えた第二の腕、小さなカマキリみたいな手の自由を損なわないようおへそ出しルックに改造された制服姿の彼女が宇宙のように澄んだ真っ黒な目を輝かせてニッコリと微笑んで言った。


「呼ばれたのナ! 入ってきたのナ?」


「そ、そうだね・・・。では、こっちに、教壇の方に来て自己紹介を・・・」


「はいなのナ!?」


 自称女王様は本間先生の右に立って両手を後ろ手に組んで小首を傾げながら自己紹介する。


「宇宙人のビルギ・ジャーダだのナ!? ビルギはホーネリアンなのナ!! お前たちと戦ってる悪いホーネリアンだけど、妾は悪いホーネリアンじゃ無いのナ? 良いホーネリアンなのナ!! だから仲良くするのナー」


「「「え、宇宙人?」」」


 珍妙な顔で顔面蒼白な笹凪、柿崎、本庄。


「あらあら・・・可愛らしい宇宙人さんっ」


 両手を頬に当てて満面の笑みを浮かべる大凪さん。目にハートのハイライトが見えるのは気のせいですか?

 そして、俺は、絶賛机に顔を伏せています。


「とうまとうま! 妾、入学したのな!? これでいつでも一緒なのナ〜」


 嬉しそうに両手振り上げて手を振るんじゃねえよ!!

 俺の青春が・・・清き優との青春が・・・たった1ページ・・・。


「とうま!? なに!? どういうこと!!」


 ガバッと優(也)に振り向かれた。

 俺はビクッと肩を震わせつつ顔は上げない。上げられない。


「とうま? ずっと一緒ってどういうこと? あれ女の子だよね?」


「え、そ、ソウデスカ?」


「人の目を見て話そうね?」


 がしっと両手で頭を鷲掴みされました。

 やだこの子、英才教育受けてるだけあって細っちいくせに凄いパワー。

 ギリギリと面を上げさせられて、ハイライトの消えた目で無表情な優ちゃん怖い。


「とうま? 何か言うことは?」


「い、いや、交通事故みたいなものでして・・・」


「どこが? 女の子と一緒なのが交通事故?」


「話せば長くなるのですが・・・」


 柿崎が呆れ顔で振り向き余計な事を言い出した。


「お前! 昨日あんな可愛らしい彼女と遊んでいながら、やっぱり笹凪とも出来てやがったのか!?」


 待て待て、同一人物だから。そもそも男同士みたいに言うんじゃない。

 大凪さん、ハートハイライトな目で歪んだ微笑みで俺を見守ってくださいます。


「まぁまぁ、お姉ちゃん男同士はどうかと思いますよ?」


 待って、俺をそんな目で見ないで!

 本庄! は・・・。


「そんな・・・お前・・・笹凪くんと出来てたなんて・・・」


 おい待て、お前は何故そんなにも悲しそうなんだ。お前まさか男が好きなのか。

 自称女王様、俺の右に勝手に机を作ってくっつけて座って来よりました。


「とーうまっ、コレで朝も昼も晩も一緒だなっ。妾、身体がほてってしまうのナ!」


 ガリって、ガリって優(也)の爪が立てられた本気マジアイアンクロー。


「あいててててて・・・」

「とうま、なんか言うことある?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、これには色々と事情があるんだ!」

「へぇどんな事情? 朝も昼も晩もってどんな事情?」

「お願いだから弁明させてーーーーー!?」


 女の子って・・・怒らせると誰しもが怖いんだなあ・・・。

 二次元彼女が至高でございますなんて前の世界が懐かしいこの頃。


「弁明? 弁明はいいけど。場合によってはゆ・る・さ・な・い・か・ら・ね?」


「大丈夫なのナ! 妾がついておるぞとうまよ!」


「ゆ・る・さ・な・い・か・ら・ね?」


 これ・・・俺氏の青春・・・、詰みました?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る