砂糖とチョコレート

黒縁めがね

第1話

    佐藤1

白い封筒を強く握り締め、僕は暗い部屋の中で膝を抱え、君の事を考える。うっすらとした光を放つテレビ画面。流行の歌が流れるテレビの横に、画鋲で四隅をしっかりと固定したカレンダー。七月七日大安と書かれたその余白には、赤いペンで力強く書いた「絶対成功!」の四文字と感嘆符。

 誕生日、夏祭り、クリスマス、君との約束でぎっしりと埋まったカレンダーを僕はもう捲らない。

七月七日佳緒が亡くなった…

佳緒のお母さんからも話を聞いて、心臓を止めて行うリスクの高いものだと判っていた筈なのに、僕は手術が失敗する事なんて微塵も考えてはいなかった。

いや考えていなかったのではなく、佳緒がいなくなるなんて想像すら怖くてできなかったのだと、今になって思う。

偶然にも(佳緒は必然だと言ってくれたけれど)佳緒と僕の誕生日は同じ七月七日。

佳緒が一年で、もっとも大切に思ってくれていた、その日に手術が行われた。

もう二度と佳緒と会えないのだという事実を受け止める事が出来ず、昨日佳緒が亡くなってから、僕はまだ一度も泣いていない。いつか本で読んだように、泣くという行為が、少しでも悲しみが減るように行われる防衛機能だというのならば、僕の頭と身体はそれさえも拒否してしまっているのだろうか…

長い時間すがるように握り締め続けていた白い封筒。

もし手術が失敗するような事があったら開けるようにと、佳緒から手渡されていたそれに、僕は震える手で鋏を入れる。右上がりで少しだけ丸みを帯びた、佳緒の性格を表すような、見慣れた字で書かれた文章に視線を落とす。

『あっちゃん。あっちゃんが、この最後の便り読んでるって事は佳緒死んじゃったんだよね。みんなは私の事早くに死んじゃって可哀想だって思うかも知れないけど、中三からあっちゃんと過ごした二年間のおかげで佳緒は本当に幸せだったよ。

初めてのデートで、二人で浴衣着てお祭り行った時、あっちゃん夜店で指輪買ってくれたよね、誕生日も過ぎてるし貰えないよって佳緒が言ったら、まだ僕が佳緒と出会っていない、一歳の誕生日プレゼントだってそう言って渡してくれた!

駅前の自転車置き場、海の家の焼きそば、まんまるのお月様、二つに割れるアイスとか、あっちゃんと一緒にいると、佳緒は大好きな物がどんどん増えていったんだ。あっちゃん佳緒を好きになってくれて本当にありがとう』

便箋に書かれた文章は佳緒がいつも僕に会うたびに言ってくれた、ありがとうの言葉で締められていた。

 少し寂しく感じる位にワガママを言ってくれなかった佳緒からもしもの事があったら開けるようにと、もしもなんて絶対ないから必要ないと嫌がる僕に、お願いだから持っていてと、半ば無理やり手渡された手紙。佳緒の想いに触れる事が出来るその手紙を、僕は狂ったように何度も何度も読み続ける。佳緒はもう僕の隣にいない、今何をしたらいいかわからないだけではなく、これからなぜ生きていかなくてはいけないのかわからない。

 佳緒からの手紙を一言一句暗記してしまう読み返す内に、胸の中に微かな違和感が生まれる。『最後の便り』手紙に使われていた、その言葉は、僕の知る佳緒らしくない言い回しだった。ただそれだけの事が、気になってどうしても腑に落ちない。

 色褪せずに映像のように残る、記憶と言ってしまうには鮮明すぎる、佳緒と過ごした時間を振り返っている内に、不意に『No news is good news』便りのないのは良い便りということわざが脳裏に浮かぶ、その瞬間僕は部屋を飛び出し駅にむかって、自転車を走らせた。

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