第28話 (完)弟が増えました。


「「「海野先輩っ!まり兄っ!、俺/僕の――


「お兄ちゃんはっ――


「「「兄ちゃん/兄貴/お兄さんになってください!!!」」」


「っ――は、・・・・・・え?」


 『許しませんっ!』と言おうとした瞬間、三人の口から飛び出した言葉に思考が止まり、行き場の失った言葉が空気となって口から零れた。


「いや、え、お前ら愛海との交際を認めろって話じゃないのか!?いや義理の弟イコール愛海と結婚っていう意味だから――・・・」


 困惑する頭を押さえて自分を落ち着かせ、片手で“待て”の合図をしながら彼らに本心を打ち明ける。本来の目的は愛海と恋人になることであるはず。なのに、何を間違ったか自分の兄になって欲しいという。もしかして、今のは自分の聞き間違いなのか・・・・・・?と思い始めたころに海矢の質問を聞いてポカンとしていた三人が同時に口を開き何やら抗議し出した。


「いやいやまり兄~!こないだ言ったじゃんか~。俺は愛海には興味ないって!!」


「俺も、諦めたって言いましたよ・・・」


「僕は、愛海くんとは友達ですから・・・・・・」


 今度は海矢がポカンとしてしまった。『なんだ、こいつら愛海と付き合いたいんじゃなかったのか?それより何で自分がこいつらの兄に??』と、拍子抜けを通り越して何も考えられなくなる。


「え・・・、今のは一体・・・・・・どういう意味だ?俺がお前らの兄?なんで?」


「俺は、皆が知っている通り有名な企業の社長の息子で、やってみたら何でもできるし見た目もまぁ・・・かなり良いしで今まで何でも自分の思った通りになってきた」


 思ったことを素直に問うと、竜が思い出すように話し出した。


「高校に入学して愛海を見て、可愛くて『あー、こいつ欲しいな』って思ったんだけど、こいつ全っ然俺に興味なくて。今まで俺の告白を断った奴なんかいなくて、ほんとすげぇ焦ったしイラついた。愛海の目に映るアンタを排除してやろうと思ったし、一年に生徒会長の座を奪われて惨めな気持ちを味わわせてやろうと思って勝負を挑んだら・・・俺が返り討ちに遭って結局俺が惨めな目に遭った。これまでの人生で初めての敗北で落ち込んで、味わったことのない屈辱感とか後悔とかで頭ン中ぐっちゃぐちゃになってたときにアンタにあんなに優しく慰められてさ・・・・・・。あの時思ったんだよなぁ・・・これが本当の愛なんだなって。生徒たちはこの愛を知っているから選んだんだってさ。で、愛海があんな熱を帯びた目で見つめる理由がわかった。あんなに温かく包み込んでくれる存在、アンタ以外にいないと思ったんだ。

 落ち込んで泣いてたとき、アンタ俺に自分のことを兄と呼んで良いって言ったよな?だから、呼ばせてくれよ、“兄貴”って」


 

「竜・・・・・・」


「僕も!!僕も、先輩の弟になりたいです!!」


 どこか強がっていて、でもこれが通常のこいつなのかなと、その隠れた弱さを知らずにいた。そんな竜が海矢の知らなかった本音を語ることに驚きつつ、そんなことを思ってくれていたのかと胸にじぃんときた。竜が話し終わり思わず竜の名前を呼ぶと、それと同時に彼の横で緊張に顔を赤くしている真心が突然大きな声を出した。


「あっ、あの、何言ってるんだろうって思われるかもしれないんですけどっ、ぼ、僕も、海野先輩の弟になりたい、です・・・・・・。

 僕一人っ子で、親は仕事でずっと家にいないし、友達も作るの下手だったからいつも一人で・・・・・・。辛いことがあっても、誰にも話すことができませんでした。それがずっと辛かった。話をしなくてもいい・・・じっと、誰かが僕の側にいてくれるだけでよかった。僕、同じ一年生の人たちに性的な嫌がらせを受けていて・・・・・・、でも先生にもクラスメイトにも、言えなかった・・・・・・!!本当に辛くて、学校休みたかったけど親に心配かけたくなくて、逆になんで被害者の自分が逃げなきゃなんないんだって・・・、戦えもしないくせに憤ってたんです。心の中もどろどろで、気持ち悪くて、苦しくて苦しくて、でもそんなとき、海野先輩は僕に声をかけてくれたんです。誰も気づかなかった僕の内側を見てくれたみたいに」


 真心は自分がされたことを話す際にあの時のことを思い出したのか泣き出してしまったが、引きつった声で話し続け、そして震える手をそっと自分の胸に当てた。


「僕は、救われました。事件は解決して物理的にも救われたんですが・・・、僕にとってはここが救われた方が大事でした。僕がまだ先輩に事件のことを打ち明けられなかったとき、誘われてお邪魔した先輩の家で食べたカレーが・・・・・・本当においしかったんです。そして愛海くんと先輩とカレーを食べてるとき、なんだか本当の家族みたいだなって思って・・・でも、本当の家族じゃないから、現実が寂しく思えちゃって・・・。

 愛海くんが、羨ましいなって、思っちゃったんです。先輩からの愛を一心に受けていて、愛海くんもそれを返している。そんな、温かい繋がりが、僕も欲しくなりました・・・・・・!!」


「まり兄、俺も二人と一緒だよ。愛海が羨ましい。昔から家が近所で兄弟みたいに過ごしてきたけど、やっぱり俺だけ違うなぁって。ハハッ、当たり前なことは知ってんだよ?一緒の家に住んで、同じものを食べて、長い時間一緒に過ごして・・・・・・だって家族なんだもん。知ってるよ。でも、それが、どうしようもないことなんだけどそのことが羨ましくて羨ましくて・・・・・・。俺、まり兄が欲しいんだ。今は弟でもいいから、だから、俺も本当の家族として扱ってくれない?」


 いつになく真剣な表情で話しきった辰巳の脛を、横に立っていた愛海が『“今は”って何だよ!?』と言って蹴っているのが目に入ったが、海矢の頭の中は竜、真心、辰巳から言われた言葉でいっぱいだった。


 言いたいことを言い切った三人に愛海がわなわなというような動作をしているが、それもそうだろう。自分の好きな相手が兄に話をすると聞いてやって来たのに、実際は自分に関係のないことを述べられたからな、と愛海が安全でよかったという安心感とともに少しの同情心も湧いた。


「いやいやいやいや!!てかなんで今このタイミングでそれ言うの!?『兄ちゃんに本当の兄弟になってもらいたい~』っていうのは何回か聞いてたけどさ、割と本気で言うまではきてなかったじゃん?なんで!?」


「「「だってこないだ守られてる愛海(くん)見て羨ましかったんだもん!!!」」」


 愛海は、よくわからない観点で彼らに怒っており、問いただされた彼らは声を揃えてそう答えた。



「「「っということで・・・、本物の弟にエントリーしてもいいですか?」」」


 潤んだ瞳で見上げてくる三人にこう聞かれ、弟という単語と、そう思うと余計に愛らしく思えてきた彼らに海矢の喉仏が上下する。


「・・・・・・いいよ」


「兄ちゃん!?」


「ほんと!?やった!!まり兄は今日から俺の兄ちゃんだ~!!」


「じゃ、じゃあこれからは・・・兄貴って呼ぶ・・・・・・」


「海野先輩が・・・僕の、お兄ちゃん・・・・・・ふふっ!僕が先輩の弟・・・・・・」



「兄ちゃん・・・・・・」


 わっとその場が盛り上がり、飛び上がったり頬に手を当てたりとそれぞれが嬉しさを噛みしめる中、愛海の冷たい声がその場にかけられた。怒らせたときのようなヒヤッとする声色に、海矢は思わず肩を撥ねさせる。


「兄ちゃんの弟は僕なんだからっ!!僕は、兄ちゃんの弟はっ、この人たちを弟にするなんてこと、絶対ぜっったい許しませんっ!!!」


 彼ら以外に人のいない夕方の屋上、そこに愛海の怒気を孕んだ叫びが響き渡った。





















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