第25話 真犯人
海矢の私物の窃盗、そしてその後の愛海や辰巳、竜や真心の私物が盗まれたのも、全て犬君隼が彼らに指示して行ったことだと判明した。
以前真心を襲った奴らは隼に金を貰い、愛海をだしに脅せば風紀委員が握っている彼らの恥ずかしい写真のデータを手に入れることができると唆され、その甘い言葉に誘われて窃盗や愛海の誘拐を行ってしまったのだという。
そして彼らは部活動の後輩で海矢に心を寄せている生徒を使い、自分たちの手を汚さずに海矢の私物を盗ませた。そのことに罪の意識を感じつつも、自分も海矢のものの一部を手に入れることができることに誘惑され、さらに窃盗をしたことをバラすと脅されて何度も言われるがまま盗んでしまったと、海矢に告白してきた生徒は泣きながら謝罪した。
止まらない涙は机を濡らし絶え間なく制服の袖で目を拭う彼の目は、周りが真っ赤に腫れておりそれを見ているだけで痛々しかった。
総合的な判断の結果、彼らは退学処分となり学校を去って行った。
脅されて窃盗をしてしまった生徒もそのうちに含まれるが自分の処遇に納得しているようで、最後に海矢たちに深く謝罪を述べてその場を去った。
そして海矢たち生徒会・風紀委員のトップは今、南校の正門の前で立っていた。黒幕の存在が明らかにされそれについての証言や証拠が挙がった以上、彼のいる学校へ乗り込むことにしたのだ。初めは学校を介しての接触が望ましいと計画を立てていたのだが、竜が苦々しい顔でそれだけだと親の権力で握りつぶされると言ったので、海矢たちが隼と直接向かい合う形となった。あちらの学校にも事件の証人が必要であることと、彼に罪を認めさせたかったからだ。竜に言わせると、本人は絶対に罪を認めないだろうし第一認めさせることに何の意味があるのかということだったが、隼があんなことをうちの生徒たちにやらせた理由を知りたいと共に、関係のない生徒を巻き込む形になった責任を取らせたいという思いが海矢にはあった。
「失礼します」
「海野先輩っ!!どうしてここに?」
授業後、ザワザワと人が流れる廊下を通りほぼ同じ制服なため特に人目を浴びずに生徒会室へと向かい、ちょうど中で会議が開かれていた部屋の扉を一応ノックしてから開く。いきなり入ってきた見たことのない生徒たちに、会議をしていた南校の生徒たちはざわざわとし出した。
海矢たちはその中で面識のある隼に視線を集中させるが、それを一心に浴びているため周りの視線をも集めている隼はこの空気の中異様な程に落ち着いた顔をしていた。しかも、海矢の顔を見て嬉しそうな様子まで見せてきた。この場に合わないテンションに、大空はうわ~と口に手をあてて引き気味だ。
「いやいや~、先日うちの高校で起きた窃盗事件がありましてね?その犯人たちが、犬君くんに指示されてやったって言うモンですから」
茶助がカラッとそう言うと、生徒会室の中で一気にざわめきが起こり隼がますます注目される。
隼は一瞬キョトンとした顔をして、本当に身に覚えがないかのように頭を横に傾けた。海矢たちは隼のその表情に呆れを通り越して怖さを感じた。退学処分になった生徒たちが嘘をついているようなことはなく、辻褄もしっかり合っている。さらに、一人の生徒が保険として録音していた隼の声も物的証拠として保管してあるのだ。さすがに録音の存在は知らないと思うが、自分が真犯人であることがバレていることは何らかのツテで知ってはいるだろう。それほどバレバレであるのにも関わらず、ここまできてシラを切り通せると思っていること事態が自分たちをナメているとしか思えなかった。
「一体何を言っているのか、よくわからないです」
その言葉と信じさせるような態度に、南校の生徒たちは明らかに安堵する。が、反対に海矢は苛つきに目を細めてしまった。
「証言もあるし、証拠もあるんですよ?」
「いやいや、身に覚えがないですね。第一、あなたたちは何故今ここでその話をするんですか。皆の前で恥をかかせるなんて、これも立派な違反行為になるんじゃないでしょうか?」
僕が犯人だと訴えるにしても学校を介してくださいと言い放ち、それに対し『いやそうしたらお前、もみ消すだろう』と心の中でツッコミを入れる。
「これ以上何か言うのならば、警備員を呼びますよ。あっ、でも海野先輩はきっとその人たちに無理矢理付き合わされてここに来ただけですよね?せっかくお越しいただいたので、今度はうちの生徒会を見学されていきますか?ねっ、先輩方、いいですよね?」
学年は上なのだろうが、なんだろうか・・・この場での隼の立場が上のような空気が流れている様な気がするのだ。さらに何を勘違いしているのか、隼は海野がまるで自分の味方であるように振舞っており、態度の差がおかしい。
「いや、俺も君が犯人だと思ってる」
軽い調子で話しかけられたが、海矢は真剣に隼の目を見て、はっきりとそう言い切った。それに動揺したようによろめく隼が『どうして・・・』と呟いたが、海矢はこの部屋に入った瞬間から気になっていた、いや、腹だたしいと思っていたことについて触れることにした。海矢はシンと静まり返った中、皆が自分の一挙手一投足に視線を向けているのを感じながらおもむろに腕を上げ、隼のものらしき鞄に付いているものを指差して口を開く。
「あのストラップ、あれはいつから付いているものだ?」
「これは二週間ほど前にカツシマ水族館へ行ったときに買ったもので――
海矢が指差したのは、手の平に収まるふわりとしたぬいぐるみ生地の、ジンベエザメのストラップだった。海矢の紛失した私物の中に、それも入っていたのだ。北校の方で犯人を捕まえた際、愛海たちの私物は返却されたのだが、海矢のものは何故かほとんどが隼に渡ったという。盗まれたものの中の一つ、今隼の鞄に付けられているストラップは特に愛海との思い出が強いものだったのだ。
動揺している隼を気にしながら様子を窺っていた生徒会の一人に海矢は問うと、すかさず隼が答える。海矢がそのことが本当かと生徒を見つめると、汗を滲ませている彼はビクつきながらも首を縦に振った。
「これがどうかしたんですか?」
生徒たちの前で証明をでき、余裕を取り戻した隼は海矢たちに向かって毅然とした態度で言い放つ。そしてなおも純粋を装った目をして『海野先輩っ、僕はそんなこと指示してません。信じてください!』と縋り付きそうなほど海矢に近づいた。
「あれ〜、カツシマって○○県にあるトコだよね?オレ一ヶ月前くらいにそこ行ったけど、そんなの売ってなかったケドな~」
「そのストラップは昨年度一杯で販売が停止されたんだよ。だから、あんたがそれを二週間前に購入したっていうのは、嘘ってことになるな」
「あれ、勘違いだったかも・・・・・・?でも自分で買ったのは間違いありませんから!これは僕のです!!」
大空の口から出た新情報に隼の余裕が再びなくなり見るからに焦っているようで、必死に言い訳を募るが、彼の周りにいる者たちも彼を見る目が疑いの籠ったものになってきているのが伝わってきた。
「残念だが、それは俺のものだな」
「なっ!何を根拠にそんなこと言うんですか!?海野先輩まで僕を疑うなんてっ、酷いです!!このことは北校の方にも訴えさせていただきますからね・・・って、ちょっと!何を――
隼が早口で捲し立てるのを聞き流し、海矢は彼の鞄に近づいて例のストラップに手を伸ばした。
「これが、このストラップが俺のものだという証拠だ」
『兄ちゃん、今日も頑張ってね!!ちゅっ!』
そう言ってジンベエザメの背の部分を捲ったところにある小さなボタンを押すと、シンと静まりかえっていた生徒会室の中に間延びした甘い声と最後に可愛らしいリップ音が響いた。
「これって・・・・・・愛海くんの声?」
それは短い音声だったが確実に愛海の声で、海矢が再びボタンを押すと同じものがもう一度流れた。
「プッ・・・ッククク・・・・・・海矢お前・・・なんてものを鞄に付けてンだよ!」
「うるせぇな!!これがあるから俺は毎日頑張れるんだよ!!」
「うわー・・・マジでまりあってブラコンだわ・・・・・・」
「これが犬君くんのだったら、何故その物体から海矢の弟の声がするのか、説明してもらえないか?」
波だけが真面目な顔でそう問うと、隼はバッと両手で顔を覆いしばらく無言を貫いた。そうして手を顔からどけたと思ったら、いきなり海矢の前に出て文字で『うるるっ』とでも出ていそうなほどの子犬感を演出し、こう言った。
「僕、海野先輩のことが好きなんです!!だから、先輩のものが欲しくなっちゃって・・・許してくれませんか?」
『『『『許せるかーーい』』』』
隼の突拍子もない言い訳に、海矢たち一同、波までもが胸の内でこうツッコミを入れた。
********
本当にあの状態で言い逃れできると思っていたのか謎なのだが、隼はあの後拍子抜けするほど潔く罪を認めた。顔面の印象は崩壊していたが。波がはっきりと『許されるはずがないだろう』と言うと、隼は下唇を噛みしめ眉間に皺を寄せ繕っていた時の爽やかな顔はどこへ行ったのかと言うほどガラの悪い顔をしてチッと大きな舌打ちを零した。それに周りの生徒たちがビクッと反応していたのが印象深い。
あの時はふざけているのかと思ったが、隼は本当に海矢のことを好きだと言っていた。告白しようと思ったところで海矢の口から今は恋愛に興味がないという言葉を聞き諦めようとしたのだが、そんなときに誰もが羨む海矢の隣を愛海が独占していたことが許せなかったらしい。そして海矢を見ているうちに愛海だけでなく辰巳や竜、真心までもが海矢と親しそうにしており、初めは海矢の私物欲しさに、その後は海矢の近くにいる者たちへの嫌がらせに彼らに恨みや何かしらの感情を持つ生徒に窃盗の話を持ちかけ、実行させたのだという。
ストラップを取り戻した後、再度そんな気はないと伝えると隼は目線を海矢に合わせずに俯いていた。
『本当に・・・こんなストラップの中にまでいるなんて・・・・・・。先輩の弟も相当のブラコンですね・・・・・・』
唇を突き出し馬鹿にするように言い放ったが、顔は悔しさに歪められているように思われた。海矢たちは気が済んだことから部屋を後にしようとしたとき、隼が悪びれる様子もなく『でも、学校に訴えても僕が揉み消すので、意味はないですよ?』と言ったのだが、海矢たちはすでに校長に証拠と文書を提出しており南校にもその話が伝わるのは時間の問題であることを知っていたためわざわざ言い返しはしなかった。それに、竜から聞いたことなのだが隼は家族の前では猫を被っており、外では結構本性がバレているらしい。生徒会メンバーのあの様子を見れば、部外者である海矢にも薄々感じられたので納得する。そして、彼の父親は曲がったことが嫌いなタイプらしく、父親に今回の話が伝わったら完全に隼の立場は悪くなるだろう。
「それにしても、往生際が悪かったなー」
「そういえば、結局お前のものはそれしか返ってこなかったが、よかったのか?」
「そうだよ。下着とか、盗まれたままじゃ嫌じゃねぇ?」
「ああ・・・・・・」
帰り道、皆が口々に海矢を思いやる言葉をかけてくる。波の言ったとおり、海矢が盗まれたものは退学処分になった一年生の彼が返してくれたもの以外は全て隼が持っているはずなのだが、今手元にあるストラップ以外は返ってこなかったのだ。
「いや、これが戻ってきてくれただけで、よかったわ」
確かに自分の下着などを所持されていると思うだけで気分は良くはない。しかし他のものは替えがあるが、愛海との思い出と彼の愛らしくいつでも元気をくれる声が入ったこのストラップは、他のものには替えられないものだからだ。
そう言うと、大空と茶助に『ヒュー!さすがブラコン!!』と茶化される。
このストラップは数年前に愛海と初めて遠出し大きな水族館に行ったときにお揃いで購入したものだった。親の影響か海があまり好きではなかった愛海を誘い、そこで過ごしたことによって愛海の海に対する気持ちが変化し少し歩み寄ることができたという大切な思い出が、このストラップにはあったのだ。
騒ぎ立てる二人に『うるせっ!』と言いながら、でもそれが本心である海矢はジンベエザメの柔らかな胴体を握り、その温かさを胸に感じたのだった。
ちなみに、隼は父親に事件のことがバレ、情状酌量の結果生徒会を辞めさせられ休学という形になったそうだ。そして後に謝罪文と共に海矢の私物と合わせて新品のものが学校充てに送られ、この件については一端落ち着いたということにされた。
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