第23話 愛海の誘拐


 監視カメラの映像を確認し終わると、外はもう暗くなっていたので今日のところは解散ということになった。証拠が得られたからといって即刻逮捕という訳にもいかないので、明日は映像に映っていた生徒の情報を集める予定である。

 海矢たちは明かりで照らされた校門で軽く明日の打ち合わせをし、それぞれの家へと帰っていった。玄関の扉を開くと、連日愛海が料理を焦がしたため染みついてしまった匂いと共に、今日はふわりとした優しい匂いが漂ってくる。


「兄ちゃんおかえりっ!今日ね、卵焼き成功したんだっっ!!」


 玄関に立つと、嬉しそうなキラキラした笑顔の愛海がパタパタと走ってきた。海矢は今日も弟が尊いと感謝しながら目を細めてリビングへと歩いて行った。


 食卓に並ぶのは四角い皿に歪な形をしたやや焦げかけている卵焼きが一つ。とまだ何もよそっていない食器が並べられている。手洗いとうがいを終えルームウェアに着替えた海矢が夕飯を食べようと炊飯器を開けると、中にはべちゃぁあとなっている米。『えへへ。水入れ過ぎちゃった』と笑う愛海も可愛いから余裕で許せる。

 夕飯はべちょべちょの米とお湯でコンブを煮たもの、そして卵焼き。お湯の中に煮たコンブが浮いており、これはなんだろうとまじまじと見つめていたら、愛海が『お味噌汁作ろうと思ったんだけど・・・・・・そこからどう作るか忘れちゃって・・・・・・』とまたもや舌を出して恥ずかしそうに肩を竦めた。だしはよく取れているので美味しいし、こういう何も調味料を入れていない料理も舌が活性化されそうで身体にも良さそうだと海矢は思いながらコンブ汁(愛海によれば味噌汁)を口に含んだ。愛海の手作りというだけで心に染み入るというのに、汁はよくだしが効いていて味わい深いし米は腹に優しそうだし、卵焼きはなんと海矢の好むしょっぱいものとなっていた。満点を越す夕飯である。それに、やはり家に帰ると温かい飯が作られている、それを愛海と食べられるということが幸せすぎて泣けてくる。思わず目頭を押さえながら、すぐに飲んでしまうのはもったいないと100回くらい咀嚼していると、愛海の方から視線が送られていることに気づいた。

 惜しみながらも飲み込んで顔を上げると、そこにはまるで褒められるのを待っているかのようにそわそわとせわしなく身体を動かしている愛海が時折物欲しそうに海矢を見ている様子があった。


 『(あ゛あ゛ーーカンワイイ・・・・・・)』と半分キャラ崩壊しながら溜息を吐き、海矢は箸を置いて手を愛海の頭へと伸ばした。


「すごくおいしいよ。ありがとう、愛海」


「ん・・・・・・」


 次の瞬間手の平に柔らかな感触が伝わってくる。撫でられている愛海は目を瞑り、頬は上気していて嬉しそうだ。ずっと撫でていたかったが、せっかく愛海が作ってくれた料理が冷めるのも悲しいので、しばらくしたらそっと手を離す。それを名残惜しそうに見る愛海に心が甘く痛むが、思ったことを素直に伝えると、膨れていた頬を萎ませ再び顔を赤くさせた。行儀悪いかもしれないが、箸先を口に咥え赤い顔で上目遣いにこちらを見てくる様子が可愛すぎて困る。


 こんなに可愛い愛海が遭うのはやはり盗難だけで終わらないと思えてしまう。愛海は天使なので、皆手を伸ばして手に入れたくなってしまうだろう。さすがは主人公なだけあるが、海矢はそこでふと『作中の俺は一体何をしていたんだ?どうして愛しの愛海を守り切れなかったのだろうか』と疑問に思った。そこで、作中の海矢も奮闘はしたがあまりにも愛海が可愛いため敵が暴走し守り切れなかったのではないかという仮説が頭の中に舞い降りた。雷のような衝撃に、海矢は思わず気を落ち着かせようと茶を飲んで咽せる。


「(ヤバい・・・・・・愛海の身がっっ危ない!!!)」


 もしそうだとすると、やはり敵(攻略対象)は油断できない相手であるし、それ以外にも敵はそこら中にいるのだろうと疑心暗鬼になってきてしまう。本当に、可愛いって大変だな・・・・・・としみじみ思う海矢は、明日は未だ動機がわからない犯人について情報を集めようと気持ちを入れ替えて愛海の料理を噛みしめた。


 ********


「いや-・・・本人に気づかれずにそれとなく聞くって難しいな」


「ああ、そうだな」


 朝、授業前に大空と二人で一年生の教室の前を歩く。向こうの練は波と茶介が行ってくれているはずだ。海矢と大空は、例の海矢に告白した一年生の情報をクラスの生徒から集めていた。

 すでに証拠はあるため別段このようなことをしなければいけないということではないのだが、情報収集を行う理由は動悸を語らず不完全燃焼のまま事件が終結してももやもやが残るし、第一報告書の内容をきちんと筋の通ったものにしたいという思いがあるからだった。そのためには、事件を起こした生徒がどのような人物なのか、入念な調査が必要なのだ。

 幸いなことに本人はまだ来ておらず、数人の生徒に話を聞くことができた。4人目の生徒と話し終わるのと同時に本礼の前のチャイムが鳴り響く。当の本人が登校してくる姿が見えたため、海矢と大空は相手に礼を言い、慌てて教室へと戻っていった。


 授業ごとの休憩時間に一年生の階へ降りるのは、人目もあるし十分な時間もないしで結局続きは授業後になった。それまで物事は進まないのかと思うと、海矢の心は晴れないままだった。

 海矢は浮かない気分のままその日の授業を終え、ホームルームが終わるとすぐに生徒会室に鞄を置きに行きそのままの足で一階へと降りていった。


 それはクラスの半数に話を聞き終わり、休憩を挟もうかと話していたときのことだった。息を切れさせ走ってきて、肩を苦しそうに上下させている真心の口からとんでもないことを聞いたのは。


「先輩っ!愛海くんがっ、愛海くんがっっ!!」


 尋常ではない真心の様子に気が早るが、とにかく話を聞こうと一旦落ち着かせる。


「愛海くんが、誰かに誘拐されましたっ!!」







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