第7話 愛海と甘い仲直り
「あぁ~まんまと奴の策略に嵌まってしまったぁーー・・・・・・」
竜の姿が見えなくなった後、海矢は挑発に乗せられた自分にうんざりして項垂れた。だがそれよりも、愛海を救うことができて良かったと思う。『紳士』とか言いながら、結局手が早かった竜に業腹ではあるが・・・。乗せられてしまったことには後悔と腹立たしさが残るが、帰り道で考えていた制度を導入できるチャンスかもしれないと思い直し、海矢は本気で立候補することを心に決めた。
今はまず、愛海が無事でよかった。竜に迫られていたときの表情を思い出すと、奴を殴り倒さなかったのは自分でもすごいと評価できるだろう。涙に濡れた、怯えた瞳。掴まれた腕を振りほどこうとするが敵わない力。無理矢理唇を奪われそうになっていた愛海はまさに、狼に襲われているヒヨコそのものだった・・・・・・。
「愛海っ――
「兄ちゃん――!!」
振り返って愛海の両肩を抱きキスの他に何かされていないか、本当に無事なのか確認をしようと声をかけるとそれを遮る形で愛海が胸に飛び込んできた。その声は涙に震えている。
「兄ちゃん・・・ごめんなさい・・・・・・!!ぼく、兄ちゃんに朝あんな酷いこと言っちゃって・・・・・・ごめんなさいっ・・・・・・!!」
「愛海・・・・・・」
愛海に謝りたいと思っていたことを、今思い出した。先ほどまではそれで頭がいっぱいだったはずなのに、今さっきの出来事で吹っ飛んでしまったのだった。愛海は涙を流しながら海矢の胸に縋り付き、制服の布をぎゅっと掴んでいる。
海矢は優しく愛海の背中に手を回して力強く抱きしめた。キス以外に何もされていないかは後で確認しよう。それよりも、今は落ち着かせることを第一にすべきだと思った。
「兄ちゃんこそ、ごめんな・・・愛海の友好関係に口出しして。愛海の考えたこと、尊重してなかった。ごめん」
「そんな・・・兄ちゃんは僕のこと心配してくれていただけで・・・・・・」
「そうだ。俺は可愛い可愛い愛海のことが心配なんだ。愛海のことが大好きだから。だから、多分俺はこれからも愛海にうるさくしてしまうと思う。だがこれからは、ちゃんと愛海の話も聞くから。許してくれるか・・・?」
恐る恐る聞いてみると、愛海は鼻を啜ってシャツに顔を埋めてきた。
「うん・・・!僕のことも、許してくれる・・・・・・?」
「許すも何も、愛海は何もしてないだろ」
「でも、兄ちゃんの忠告通り、危ない目に遭っちゃったし・・・・・・」
「そうだな-・・・今回はおあいこだな。というか、愛海!やっぱり兄ちゃんの言ったとおりだっただろう?男は皆ケダモノなんだって。あいつも最初は『紳士ですから』とか言っていたくせに愛海に無理矢理迫りやがって・・・・・・いいか愛海、これからは男をよぉ~く見極めなさい」
ふざけて説教の真似事をし、ピシッと軽く愛海の額にデコピンを食らわす。『てっ!』と言い額に手を当てた愛海の頭を、今度はわしゃわしゃと思いっきりかき混ぜた。
「ふふっ、兄ちゃん、ありがとね。僕も兄ちゃんのこと、だーいすきっ」
目を擦った後にこっと笑い抱きついてきた愛海に海矢は安心し、愛弟の肩を抱きながら家の中に入った。
********
「兄ちゃーん、風呂上がったよー」
「おぅ。すぐ髪乾かせよ」
「兄ちゃん、」
顔の上に乗っていた本をローテーブルに置いて立ち上がろうと足を床に下ろすと、頭から滴を垂らしている愛海が足の間にドスンと座った。タオルで髪を拭きながら上を見上げてきて、その円らな瞳は明らかに欲求を伝えてきていた。
「わかったよ。乾かしてやる」
海矢はふぅと幸せの溜息を零し、腰を屈めてタオルで優しく髪の毛の水気を払い始めた。あらかた水分を飛ばした後、温かい風に設定しドライヤーで丁寧に髪を乾かしていく。ゆっくり時間をかけて乾かすと、愛海の神はふわっふわに仕上がった。いつも乾かした後に撥ねている箇所も、今は自然な形にまとまっている。
一仕事終えた海矢は今度こそソファから立ち上がって脱衣場へ向かおうとすると、愛海が大きめのスウェットから覗く手でキュッと裾を掴んできた。上目遣いでこちらを見上げ、何か言いたそうな顔をしている。ふと下を見ると、海矢と比べると小さな手に歯ブラシが握られていた。
「あとでやってやるから、風邪引かないように温かくしとけ」
「うんっ!!」
今日の愛海はどうも甘えたらしい。昔よく海矢がやってあげていたドライヤーや歯磨きは、しばらくするとちゃんと自分でやるようになっていった。しかし、こうやって時々全てこちらへ委ねてくる“甘えたい日”があるのだ。その様な日はドライヤーに始まり歯磨き、膝枕に耳かきや添い寝など多くのことを強請ってくる。そんなことは面倒くさいと思う人もいるかもしれないが、海矢は心から嬉しかった。成長に従って自分でできることが増えていくことは喜ぶべきことであり頼もしいことなのだが、海矢は小さな弟がなんでも自分でできるようになっていくことに寂しさを感じていた。もっと世話をしたい。もっと甘えて欲しい。そう思っていた。
だから、毎日ネクタイを結んでやったり寝癖を直したりするのも、海矢にとっては至福のひとときなのである。
その日は愛海の綺麗に並ぶ真っ白な歯を丁寧に磨いてやり、一緒にお気に入りの映画を見て、海矢のベッドで仲良く眠った海野兄弟なのであった。
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