第6話 竜からの宣戦布告
朝は絶対に敵ではないと判明した辰巳の存在に感動しその勢いで学校まで来たが、愛海を怒らせてしまったことについてはまだ解決していない。
さらに、昨日は寛大な心でまだよく知らない相手を悪く言うものではないと制御していた海矢だが、今朝のあの宣戦布告というべき態度に一変して竜を本格的に敵だと認識した。
一見完璧だと思われる竜、しかしその性格に難ありなのだ。態度は傲慢でオレ様系。特に可愛らしい男子には目がなく、中学生の頃はしょっちゅう取っ替え引っ替えしていたようだ。
もし竜が愛海の彼氏になってしまったら、これから先ずっとあいつに嫌みたらしく『お兄さん』と呼ばれるのだろう・・・・・・と想像して身震いする。それは絶対に阻止したい。海矢の竜に対する敵愾心は熱く、教師たちはその気迫に怯えながら授業を進めていたのだった。
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昼休み、弁当箱を前にどうやって奴を愛海から引き離すか考えていると口いっぱいにものを詰め込んだ大空が顔を覗き込んでくる。
「あら、眉間にしわなんか寄せちゃって。食わないの?」
「食うよ」
呑気な奴だと思いながら包みをほどき弁当箱の蓋を開ける。そこには今朝使った残りの鮭が主張しており、再び大きな溜息が出た。申し訳ないが今は苦手な魚を食べる気にならず、それを箸で摘まんで大空に差し出す。
「ほら大空、食べろ。お前最近パンばっかで栄養偏ってんだろ」
「え、くれるの・・・って、それお前が苦手なやつじゃん!まぁいいや、あーん」
「ったく自分で食べろよな」
と言いつつ海矢に向かって開けられた口に鮭の切り身を放り投げる。
「ん!おいし。でさでさ、何悩んでたの?この大空様が相談に乗ってやろうではないか」
「はぁ~・・・・・・それがよぉ――」
思わず喋り始めたが、よく考えると大空も攻略対象であることに気づく。ここで竜を愛海から引き離すにはどうしたらいいかなどと相談しようものならば、『じゃあ俺が愛海ちゃんと付き合っちゃえばいいんじゃね!?』などと提案してくるだろう。ただ恋人のフリを頼むにしても、フリだったのがだんだんと本気に変わっていってしまう可能性もある。
大空に相談するのは危険だと判断した海矢は、急遽話題を変更させて話すことにしたのだった。
『あーなんか誤魔化したぁ?』と鋭い大空に焦っていると、突然教室が騒がしくなる。どうしたのかと入り口を覗くと、そこには皆の視線を集めた竜が顔をひょこりと出していた。ちらちらと教室の中を探した後、その目が海矢を捉えると半月のように細められる。
「海野せんぱぁーい。ちょっといいですか」
「あららまりあちゃん、告白かしら」
「馬鹿言ってないでコレでも食っとけ」
大空に食いかけの弁当を渡し、大股で扉へと歩いて行く。クラスメイトたちの注目を浴びながら竜に近づくと、奴は自分よりも僅かだが身長が低いことに気がつく。竜はやや見上げるようにして海矢の顔を捉えると、親指で窓の外を指し『体育館裏、いいすか?』と勝手に歩いて行ってしまう。
「で、一体何だ?」
人通りが少なく、暗くて何となく土が湿っている体育館裏へたどり着き、竜が足を止めるとそれに従って海矢も足を止めた。腕時計を見ると、あと10分で予鈴が鳴ってしまう。海矢は腕組みをして、呼び出した理由を催促する。
「単刀直入に言いますけど、俺と勝負しませんか。俺が勝ったら、もう俺と愛海の仲を邪魔しないでください」
「はぁあ!?勝負ぅ?」
「はい。次の生徒会委員を決める演説会、そこで生徒会長の座をかけて勝負です」
「いや、あのなぁ・・・生徒会長ってそんな風に勝負でなるようなモンじゃねぇよ・・・・・・」
「あれ、先輩ビビってんですか?ククッまぁいいや。これは俺からの宣戦布告です。絶対勝負に参加してくださいね」
そう言って竜はズボンのポケットに手を突っ込みながら元来た道を戻っていった。授業の時間が近づいてきたのか、裏では生徒達の足音が聞こえてくる。
「はぁ・・・・・・?」
一人取り残された海矢は、思わず溜息を零した。正直生徒会長に再び立候補しようという気はなかった。有難いことに生徒たちによって勝手に署名が集められてもいるし、また生徒会長になってくれとの声も多い。しかし自分のやるべきことはもう全うしたと思うし、それに他の視点を持つ者が学校を引っ張っていくということも学校にとっては重要だろうと思っていたのだ。
それに、その地位を勝負事に賭けるなんて・・・・・・と何事にも真面目に取り組んできた海矢には竜の挑発が理解できなかった。竜のあの悪い態度や、愛海のことも本当に好きなのか疑わしい軽い雰囲気に腹は立つし、意地で立候補してしまいそうな衝動にも駆られる。だが頭を冷静に保ち一歩踏み止まり、海矢は返事をする前にもうしばらく考えることにした。
********
待ち伏せしていた女子たちに群がられている大空と校門前で分かれ、海矢は自宅へと歩く。頭の中では昼間竜に挑まれた勝負をどうやって違う方向へ向けることができるかを考えていた。
勝負に勝ったら金輪際愛海に近づかないことを誓わせることができるならば、受けて立つと即答する。しかしそんな、悪く言うと不純な動機で生徒会長に当選してしまったら、尊敬し慕ってくれている生徒たちに申し訳ないと思う。
だが、かといってあいつを愛海から引き離す良い案も浮かばない。それに、竜を撃退したところで愛海を狙いあわよくば恋人になろうとする輩は後を絶たないだろう。なんせ愛海は世界一可愛いからだ!それに主人公でもあるからな・・・と心配が絶える予感がしない予感に溜息が出る。竜は一年の中で人目置かれているらしいが、今はそのおかげで周りに牽制できているのだろう。良い意味で。しかし竜が愛海から離れたとなると、徒党を組んで愛海に襲いかかるという最悪な事態も想像できてしまう。もしそんなことが起きてしまったとしたら、もし自分が愛海を助けることができなかったらと悪いことばかりが頭の中に浮かんでくる。
非力な生徒は、男子校の中では弱い立場だ。もし襲われたとしても、まず第三者に言いにくい。それにかこつけて、二度三度とやられるのだ。海矢も一年のときにある生徒からその様な相談をされ、風紀委員と連携して対処をしたが、その背景には多くの被害者がいるのだろう。被害者を守る体勢と犯人を裁く場が必要なのかもしれない。そう、裁判のような場が・・・・・・。
そこまで考えていると、知らない間に家の前まで来ており家の真ん前には竜と愛海が見えた。二人の距離は非常に近い。突発的に頭に血が上ったが、どうやら愛海の様子がおかしかった。
「ちょっ、ほんとに、やめて!」
「おいてめぇ・・・・・・愛海に何してんだよ」
腕を掴まれ無理矢理キスされそうになっている愛海の嫌がる顔に頭でどこかの血管が千切れた音がした。海矢は竜の腕を掴み愛海の腕から離す。愛海を後ろに庇い竜を睨み付けると、彼の瞳には焦りと怒りが見えた。
余裕がないほど頭にきており、竜を目の前に海矢は思わず口を開いてしまう。
「勝負に乗った。俺が勝ったら愛海を諦めろ」
「ははっ、OK。じゃあな、愛海」
驚きに見開かれた目を細め、海矢の手を振り切ってにやりと笑う。そのままひらひらと手首を振りながら帰って行く背中を見つめ続けていたが、角を曲がって姿が見えなくなった。海矢は咄嗟に腕を掴んだときの、竜の焦りが滲んだ瞳が頭の中から離れないでいた。
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