第14話 ありがとう

ジャンバラード城下町の鍛冶屋工房で剣にするための鉄を打っていると

背後から、親方が

「地金の温度が大事だ。作業の工程によって、適切な熱がある。

 それを繰り返すことによって身体に熱を覚え込ませていけ」

「はいっ!」

「……金属は生き物だ。打つ俺たちによって、良くも悪くもなる。

 お前は筋が良い。全ての金属が自ら求める形に、落とし込む才能がある」

「……」

鍛冶を続けながら黙って、親方の長年の経験と哲学に基づいた話を聴いていると

「いいか。俺は鉛中毒と肺の病でそんなに長く持たねぇ。

 そうなったら、お前がこの店を継ぐんだ。お前には、俺の全てを教えた。

 店を頼むな」

「……親方っ……」

つい、感極まって手を止めて振り向いてしまうと

そこには、帝国軍の襲撃によって焼け落ちた鍛冶屋の跡が広がっていた。

「あ、あああああああ……」

俺は頭を抱えて、その場に崩れ落ちる。



……



「気付いたか」

眼を開けると、ブラウニーの継ぎはぎだらけで

血色の悪い顔がのぞき込んでいた。

「ここは……?」

寝たまま辺りを見回すと、以前連れ込まれた

ブラウニーが木こりに偽装して建てた小屋のようだ。

「……起きざまに失礼だが、オクカワはどうなった?」

俺があったことを思い出せる限り、全て話すとブラウニーは渋い顔をして

「……そうか。やはり、兄が出てきたか」

そう言って何かを考えこむように黙り込んだ。

「……なあ、ジャンバラード城は……」

ブラウニーは思い出したように

「……私が予めブラックハンズの範囲外に避難させておいた

 元オースタニア軍総司令のスベン将軍が、手勢の二千五百と共に既に占拠した。

 唯一残った王族である、マーリーン様が代理の王となっておられる」

「……そっ、そうか、聡明なマーリーン様が生きておられたのか……」

その才色兼備ぶりにオースタニア王国が健在だった時から

将来はこの大陸を覆うほどの名宰相になるのではないかと国民が期待していた

王族の星だ。生きていたのか……だが

「まだ、王女様は十四のはずだが……」

亡国の立て直しをするには若すぎる。

スベン将軍の方は、戦では有能だと評判だが

内政の立て直しをできるという評価は聞いたことがない。

ブラウニーは鼻で哂いながら

「ああ、だから私が摂政役を拝命した。

 君は、これから、ジャンバラード城に戻り私の主席顧問として

 王女様と顔を会わせてくれ」

「……」

しばらく言葉が出なかった。一平民である俺が、王女と会見か……。

ブラウニーは苦笑いしてから

「亡国の代理王だぞ?何の気負いも要らぬ。

 むしろ君は、自らの国や国民を守れなかった

 元統治者一族に石を投げつけても良いくらいだ」

「……いや、そんな気は起きない。少なくとも、王国が健在だった時に

 理不尽な税制や刑罰の噂すら聞いたことが無かった。

 公平だった王族の方たちに、感謝こそすれ、恨みはない」

「ふっ。オースタニア人は、真面目だな。さあ、急ぐか。

 ヤマモトとタナベはまだこの城の陥落に気づいてはいない」

「……この城?」

ブラウニーがパチッと指を鳴らすと

俺は玉座のすぐ近くに設置された簡易ベッドに寝かされていて

その様を、数段上の玉座に生真面目に座り

真赤なマントを真っ白なドレスに羽織って

不似合いな大き目の王冠を被った

前髪を綺麗に切りそろえられたショートヘアーで金髪の

完璧な顔立ちの少女が座っていた。


即座に今の状況に気づいて焦りながらベッドから降り

マーリーン代理王に跪き、頭を深く下げる。

寝ていたベッドは、玉座の間に入ってきた衛兵たちが持ち上げて

瞬く間に外へと持ち去られていった。

辺りにはほかに人の気配はない。

これは……ブラウニーの幻術で試されたのだ。

俺が王国に完璧に敵意の無いものだと代理王に教えるために。

少女の代理王は、あどけない声で

「ターズ、良い。表をあげよ」

上から俺にそう言ってきた。跪いたまま顔を上げると

代理王は、俺を見下ろしてしばらく黙った後に

「……此度の戦、そなたは最も大事な役目を務め上げ

 そして、あのにっくきオクカワ・ミノリを追い払った。

 楽土に旅立たれた全ての王族を代表して余は、そなたに感謝する」

俺は再び深く頭を下げる。

代理王は感情を殺しているが、言葉の節々から深い哀しみが響いてくる。

いつの間にか、高い玉座の近くに立っているブラウニーが

「……陛下、この者に王国将軍級の待遇と

 戦地や国内外での自由行動の特権をお与えなさいませ」

代理王は軽く頷いて

「ターズよ。余はそちに、現時刻からオースタニア王国特任将軍の位を与え

 戦地、及びに国内外での自らの判断での行動を可能にする特権を与える。

 励め、ターズ特任将軍よ」

「ははっ……身に余る光栄です」

跪いたまま。深く頭を下げる。

特任将軍か……何かブラウニーに考えがあるんだろうが

元鍛冶屋のアンデッドに、色々与えすぎじゃないだろうか。

などと思いながら立ち上がり

再び、深く一礼すると、静かに回れ右して出ていこうとする。

すぐに玉座から、あどけない少女の声が

「ふぅー……ブラウニー、王は疲れる。

 あ、ターズ、しばし待て。マーリーン個人として、話がある」

唖然としながら振り向くと

王冠をブラウニーに預けた代理王がこちらへと手招きしていた。

代理王は、何と自分から玉座から降りてきて

「あの、あのね……ターズおじさん

 ありがとう……私のお父上と、お母上、それに兄さまや、姉さまたちとの

 優しかった執事やメイドたちみんなの……

 お思い出のお城を取り戻してくれて……ほんとうにありがとう……」

俺に泣きながら抱き着いてきた。

ビックリして、代理王のからだ越しにブラウニーを見つめると

皮肉な笑いを浮かべ、両手を広げてきた。

付き合ってやれと言っているらしい。

少し考えた後、アンデッドの冷たい両腕を、泣きじゃくる代理王

いや、少女の震える体に回して抱きしめる。

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