第12話 意味がないと言ったのに

俺が走っている中庭を取り囲む回廊から

中心部の噴水付近でアヤノとクライバーンが無数の黒い手から

紫色に発光した魔法陣の中へと

引きずり来れていくのが確かに見えた。

……ああ、これも作戦通りだよ。

今ごろ、城内に攻め込んだ黒魔術師たちも

このジャンバラード城の牢屋で

未だ帝国に屈服していない元オースタニア人たちも

城下町で反乱の計画を練っていたであろう反乱軍たちも纏めて

全員、冥界へと強制的に送り込まれているはずだ。

今の瞬間、オクカワに歯向かおうとしていた

この城周辺の"生者"たちが、何百人死んだのだろうか……。

禁呪ダークハンズ……。

ブラウニーの情報によれば、異世界からの転移してきたガキどもが

帝国を乗っ取ったときにも大いに活躍したらしい。

周囲、何キロもの範囲で

自分に殺意を持つ者たちを一斉に冥界に送り込んでしまう

古代に禁じられそして封じられた悍ましい呪文。

「化け物が……」

俺は廊下に吐き捨てて帝国兵の死体だらけの中庭へと走り込んでいく。



噴水のすぐ傍に着地したオクカワがその場に膝をついて

肩で息をする。

「うっ……くそっ……こんなに私を本気で殺したいと

 思ってる人たちがいたなんて……。

 わ、私たちは、正義のために……うぅ

 魔力の消費が思ったよりも……あぁ……お兄様……私は……」

そして、その場にうつ伏せに倒れ込んだ。

彼女の掠れた瞳に駆け寄ってきた、血色の悪い男が

ボンヤリと見えて途切れた。


破壊された噴水近くで帝国兵の死骸に囲まれて

倒れ込んでいる無傷のオクカワを予定通り発見した。

このまま蹴り殺してやりたいが

あいつの、体内に取り込んでいるはずの

体細胞を回復するネックレスが

今も、せっせと身体を修復しているから無駄だな……。

俺は作戦通りやつの体内に、竜毒を送り込むだけだ。

オクカワに駆け寄った俺は

その気絶している細い身体を抱き上げて

口を右手でこじ開けて、そして左手を

オクカワの開いた口の上にかざし

シルバーナイフで、俺の左手根元の血管を掻っ切る。

ブラウニーによれば、既にアンデッドである俺だが

その辺りには、まだ腐った血液がボロボロの血管の中に流れていて

切れば、この体内に取り込んだ竜毒が血液と共に流れ出てくるとのことだ。


勢いよく噴き出る様に流れ出てきた赤黒い血液はボタボタと

オクカワの口の中へと入っていく。

動かないクソガキの身体を抱きかかえたまま思う。

あっけないほどの幕切れだったな。

これで、一人目か。

もし、オクカワが意識を保っているほど魔力を残していたら

居室から持ってきたこの手帳を燃やすと脅して時間稼ぎしろと

ブラウニーからは言われていたが必要なかったようだ。

ブラックハンズは、特定の殺意を持つ生き物を

一気に冥界に送る禁呪だが一人や、二人ならまだしも

数百人など一斉に殺す場合は

魔力の消費がその人数分だけ倍々で大きくなる。

いくら、無尽蔵の魔力を持つオクカワでも

一気に何百と殺せば、魔力が完全に尽きて意識を失うとは言われていたが……。

この効き方はよほど、オースタニア人のこいつへの恨みは凄まじかったようだ。


色々と考えている間もボタボタと竜毒を含んだ血液は、オクカワの口の中から

体内へと吸い込まれていき溢れ出た血液で、オクカワは

「ゴボッ……ゲボッ……ガバァ……」

と血をまき散らして、激しい咳をした。

俺はサッと、その血まみれの身体から離れる。

激しく咽ながら必死に口から、血液を吐き出している

オクカワはいきなり激しく震え出した。

そして顔面蒼白になって、身体をかきむしり始める。

終わりだ。竜毒が全身の体細胞を破壊し始めた。

あと十数秒でこの冷酷な女は死ぬ。侵略者に相応しい最後だな。

数メートル離れてそれを眺めていると

いきなり、辺りを白い光が包み込み


「あぁ、だから、侵略など意味がないと言ったのに。

 ミノは、いつもこれだから」


優し気な男の声が光の中から聞こえてきた。

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