とある学生達の会話

佐乃原誠

自殺

とある学生たちの会話


自殺


「自殺ってなんでダメなんだろうな」

 春人はるとが突然そんな言葉を口走った。

「どうした? 病んでんの?」

 大学の午前中の授業が終わり、食堂で昼食を食べ終えた頃だった。

 隣に座っていた春人は頬杖を付き、眠たげな表情をしながら天井を仰ぎ見ている。

「いや、別に。ちょっと疑問に思ってさ。最近芸能人が自殺したってテレビで騒いでんじゃん」

「ああ、あれか。有名な若い俳優さんが突然死んだってやつ」

 最近のテレビの内容は決まっていて、世界各地で感染症が広がっているとか、芸能人の不倫や浮気についてだとか、そのようなものばかりだった。

 僕からしてみれば大して興味のないものばかりだが、そんな中でも若手のいわゆるイケメン有名俳優が自宅で突然首を吊ったというニュースはとりわけ異彩を放っていて、少しだけ気になっていた。

「色々悩みがあったんじゃない? 仕事とか恋愛とか。僕とは住む世界が違いすぎてよくわからないけど」

「そりゃそうだろうけど、俺が気になってんのはさ、そういうことじゃないんだよ。なんで世間一般的に自殺は許されない行為なのかって、その部分が気になってんの」

「春人は自殺肯定派なの?」

「肯定も否定もしないけど、不思議に思っただけ。例えば俺が明日、突然首を吊るとするじゃん。そしたら夏樹なつきはどうする?」

「そりゃあ悲しいよ。当たり前だろ」

「でもさ、俺が死んだところで別に何かが変わるわけじゃないじゃん。授業はどうせ始まるし、お前はこの先も生き続ける。社会はなんの問題もなく回り続ける。数十年も経てば俺が自殺した事さえも忘れてしまうかもしれない。だったら別に自殺しても良くないか?」

「良くねえよ。たとえ何年経とうが春人の周りの人たちはずっと悲しみを背負って生きていくことになるんだぞ。僕もそうだし、特に家族の悲しみは計り知れないだろ」

夏樹なつきの理論だと、自殺は周りの人たちが悲しむからやめろってこと?」

「別にそれだけじゃないけど、そういうことも起こるから自殺はやめろって言ってんの」

「でもそれは理由にならなくない? 自殺する上で気にするべきが周りのことだっていうのはさ、なんか違くない?」

「別に違くないだろ。春人が死んだら周りの人たちが悲しむっていうのは事実だし。お前は僕たちを悲しませたいの?」

「いや別にそういうわけじゃないよ。だけど周囲の悲しみが自殺をする上での阻害因子なら天涯孤独の人たちは別に自殺をしてもいいって話になるじゃん。それはどうなの?」

「・・・いや、それでもダメだろ」

「なんで? 例えば仕事も家族もない、何も持ってない人が未来に絶望して自宅で首を吊りました。周りに悲しむ人はいません。それでも自殺はダメなんですか?」

「ダメだよ。いろんな人たちの迷惑になるじゃん」

「いろんな人たちって?」

「それはあれだよ。警察とか近所に住んでる人達とか不動産とか。自殺したらその家は事故物件になるだろうし遺体を埋葬しなきゃいけないし、近所の人は気味悪く思うでしょ。金だってかかるだろうし」

「迷惑をかけなければ自殺してもいいってこと?」

「・・・そういうわけではないけど」

「けど夏樹の話だとそうなるよね。周りの人たちに悲しみを背負わせず、迷惑もかけず、その後の処理に金もかからなければ自殺しても問題ないと」

「いやいやいや。原則として自殺はダメなんだよ? どんな理由があろうとも許されることじゃないんだからね? 自殺っていうのは自分で自分を殺すことなんだから」

「じゃあ他人に自分を殺してもらうことは?」

「それは殺人だろ。事件だよ。問答無用でダメだろ」

「自分で自分を殺すことも、他人に自分を殺してもらうこともダメってなったらどうやって死ねばいいの」

「なんでそんなに死にたいんだよ。少しは生きようとしろよ」

「生きたくないから自殺するんだろ。なんでそこがわかんねえんだよ」

「そんなに自殺したくなる理由って何? 春人は何でそんなに悩んでんの?」

「いや俺が自殺したいって話じゃないからね? 自殺がなんでダメなのかって話だから」

「それはさっき言ったろ。周りの皆が悲しむからだって」

「だからそれは解決したじゃん。それで天涯孤独で周囲の人を悲しませないで迷惑もかけない方法であれば自殺も許されるって流れになってたろ」

「いやいや許されないから。お前はさっきから何言ってんだよ春人」

「だからなんで許されないかの理由を教えてくれよ。今のままじゃ周りの環境によっては自殺が許されるって話になるぞ」

「まず法律が許さない」

「はい残念。現在日本に自殺自体を処罰する法律はありません。つか本人がもう死んでるんだから裁くも何もないだろ」

「・・・自殺したら地獄に落ちるぞ?」

「それは自殺をしてはいけない理由にならないな。自殺を考える人にとって今生きている世界こそ地獄のように感じてるんだろうから」

 ここまで話したところで、授業開始のチャイムが鳴り響いた。

 時間を忘れて話し込んでいた二人は慌てて食堂の席を立ち、次の授業が行われる教室へと足を急いだ−−−。

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とある学生達の会話 佐乃原誠 @sanoharamakoto

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