さよなら、初恋

 二学期になっても、僕の生活はあまり変わっていない。朝仕込みをして、学校に行き、帰ってきたら厨房で働く。

 空いた時間で勉強をしたり、秋吉さんとライソをしたりしている。

 そして二学期にもなれば、クラスでの人間関係は殆んど出来上がっている。

 ……正直に言おう。今日の昼ご飯は、ぼっち飯です。

 これが僕の現状なんだから仕方がない。鞄から弁当を取り出す。


「これ良里が作ったんでしょ?ここまでくると、レべチ過ぎて笑えてくるわ」

声を掛けてきたのは結城流々華るるかさん。ギャルで陽キャって言う僕と無縁すぎる存在だけど、ボランティア部の手伝い以降たまに話をする。

 でも、今日は他のクラスのギャル仲間も、ご一緒なので緊張してしまう。


「これも修行ですから」

 弁当作りは味も大事だけど、盛り付けや味の組み合わせも重要。良い勉強になるのだ。


「マジで夢に向かって一直線だね。今日はぼっち飯なん?」

 ス、ストレート過ぎる!でも、これにはきちんとした理由があるんです。


「夏空さんが徹に弁当を作ってきたんですよ。『一緒に行くぞ』って誘ってくれましたけど、そこまで面の皮は厚くないんで」

 どう考えてもお邪魔虫だもん。徹も夏空さんも、ちょっと安心していたし。

ちなみに竜也は仕事でお休み。


「祭もやるねー。実と一緒に食わないの?」

 ちなみに秋吉さんは教室にいる。いるけど……。


「僕に、あの輪に混じれと?」

 秋吉さんがいるのは、織田君グループの中央。あそこに弁当を持って突撃する度胸なんてありません。


「確かにきついね。言った通り、話しやすいし料理が上手いでしょ?」

 結城さんが、隣にいる女の子に声を掛けた。髪を茶色に染めていて、スカートは短め。普段ならまず絡まないタイプの人だ。


「うん。あーしの名前は、亜美。彼氏の事で、相談があるんだけど」

 なんでも亜美さんには大学生さんの彼氏がいるらしい。その彼氏が煮物を食べたいって言ったので、頑張って作ったそうだ。でも、その反応が微妙と……いや、僕はお料理なんでも相談とかしてないんですけど。

 

「酷くね?亜美、動画を見ながら一生懸命作ったんだよ」

 いや、一生懸命作ったから美味しくなるとは限らないんですが。

(煮物を食べたいか……もしかして)


「彼氏さんって、地方の出身ですか?」

 お願い、当たって。他に原因は思いつかないんです。


「そだーよ。九州男児で、格好良いんだ」

 きた。多分、間違っていないと思う。


「多分、使った醤油が原因かと。九州の醤油って甘めですし」

 うちのアルバイトさんは地方出身の人も多い。その人達から『たまに地元の味が食べたくなるんだ』って聞いた事がある。


「おふくろの味ってやつ?それって、マザコンじゃん」

 結城さん、またもやド直球なストレート。たまにはボール球を投げてくれないと、僕の心臓が持ちません。


「人間の味覚って、三歳から四歳で形成されて、十歳で完成するって言われているんですよ。彼氏さんにとっては、甘めの醤油で作った煮物が普通なんだと思います。確かマーチャントスーパーに売っていましたよ」

 だからなんだろうか。僕もたまに婆っちゃの味を食べたくなる……そうだ、ランチ会であれを作ろう。バリエーションも多いから、喜んでもらえると思う。


「そんなもの?……嘘、この卵焼きうまっ。中にタラコが入ってんじゃん」

 結城さんは僕の弁当から、卵焼きをつんで大きな声を出した。


「イカを焼いたのも、味がしっかりつて美味しい!話しやすいし、料理も上手い。ぼっち飯になる意味が分かんないだけど?」

 亜美さんも卵焼きをパクり。ギャルな人って、人見知りしないんだろうか?

 それと料理の腕と人気が比例するなら、僕の中学時代はもう少しましだったと思う。


「その答えはもう少しで分かると思うよ。さっきからチラチラこっちを見ていたし」

 あれだろうか?結城さん達の声が大きいから、悪目立ちしたとか?


「流々華っ。信吾君が困っているでしょ!相談が終わったんだから、自分のクラスに戻りなさい」

 秋吉さんは、そう言うと僕の前に立ちはだかった。相談って……どこから聞いていたんだろ?


「別に良いじゃん。減るもんじゃないし。亜美も、まだお礼を言ってないんじゃん」

 若干、ご機嫌斜めな秋吉さんに対して、しれっとした顔で答える結城さん。


「信吾君のお弁当が減っているでしょ!全く、油断も空きもあったもんじゃない」

 まだ残っているし、普段の秋吉さんは、もっと多く摘まんでいるですが。でも、それを言ったらアウトだと思う。


「こわっ。亜美、心配なら良里のライソ教えようか?それと紅葉から聞いたんだけど、なんか面白い事を計画しているんでしょ?私も混ぜてよ」

 ニヤニヤしながら亜美さんに話し掛ける結城さん……多分、秋吉さんをからかっているんだと思う。

 後日、亜美さんから『彼氏が喜んでくれたよ』ってライソが届いた。亜美さんはサイトをあれこれ調べて頑張って作ったらしい。

(おふくろの味か。たまには婆っちゃに電話しよ)

 ランチ会の時に皆で写真を撮ろう。そして、大事な友達が沢山出来たって手紙を送れば安心してくれるかもしれない。


 今日はマーチャントスーパーに、買い出しに来ている。秋吉さんと、なぜか結城さんも一緒です。

 なんでも、徹がマーチャントグループの跡取りって聞いた照山さんが、結城さんに助けを求めたらしい。

 夏空さんや桃瀬さんと友達って事もあり、参加が決まったのだ。

 それは良い。人数が増えてもやる事は一緒なんだし。

(まあ、近所だしいるよね)


「信吾、あんたまだ秋吉実と一緒にいるの?鏡と現実を見ろっての」

 そう、また武田さんと鉢合わせしたのです。

 どうしようか悩んでいたら、結城さんが一歩前に出た。


「へー。男がくそダサい真似して停学を喰らったからって、八つ当たり?馬鹿じゃないの?」

 結城さん、今日も絶口調です。子供には優しいけど、嫌いな人には容赦ない感じだ。


「なっ……あんだ、誰よ。関係ないでしょ」

 武田さんは、思わぬ伏兵の登場に度肝を抜かれていた。僕も結城さんに口で勝てる気がしないです。


「あるっての。実は私の親友だし、良里はダチ。そんな二人が絡まれて、黙ってみている訳ないじゃん。それに良里が誰と仲良くしても、あんたに関係ないでしょ?」

 武田さんのあれは親切心じゃないよな。多分、前に絡まれた時には、もう恋路は名納の手下になっていたんだと思う。

 それが面白くなくて、僕等に絡んできたと……気持ちは分かるけど、それじゃ先に進めない。


「くっ……まあ、良いわ。どうせ信吾も惨めな思いをするんだから」

 武田さんが言いたい事は分かる。僕じゃ織田君に勝てないって事。そんな事は僕が一番分かっている。

 今の僕には昔と違って、頼りになる友達が大勢いる。だから、これは中学時代の僕との決別でもある。


「武田さん、お願いがあるんだ。恋路の奴を支えてやってもらえない?多分、あいつも反省していると思う。だから帰ってきたら、受け入れてやって欲しいんだ」

 皆のお陰で僕は前に進む事が出来た。大事な親友と好きな女の子だった二人だから、前に進んで欲しい。


「……何よ、それ。これじゃ私が馬鹿みたいじゃない」

 武田さんは、そう言うと踵を返して去って行った……さよなら、僕の初恋。願わくばお幸せに。

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