部屋と写真と貴方

 うちの家族が全員揃って食事をとる事は稀だ。週に一回の定休日。しかも誰にも予定が入っていない時だけ……月に一回あるかないかだと思う。

 今日は、そんな珍しい日なのです。


「明日、秋吉さんの家に勉強しに行くから」

 よそ様の家にお邪魔するんだから、一応家族に報告をしておく。


「今、なんて言った?秋吉さんの家で勉強会だと!」

 父さんが目を見開いて驚いている。リアクションがでかすぎませんか?


「信吾が女の子の家に行くなんて、いつ以来だ?」

 爺ちゃんが必死に昔を思い出そうとしている。そんなレアなイベントじゃないって。

……女の子家にお呼ばれしたのは、いつが最後だっただろう。僕も必死に過去を思い出してみる。


「小御の時にやった学習発表会の時が最後だね」

 約四年ぶり……十分レアなイベントでした。そりゃ、皆驚くか。

(あの時は班の皆でお邪魔したから……一人で行くのは明日が初めてなんだよね)


「くれぐれも失礼のない様にね」

 母さんが真剣な目で念押しをしてくる。失礼って、これでも礼儀作法はしっかりしている方だよ。

 秋吉さんの家族もいるみたいだし、メインは試験勉強。漫画みたいなドキドキ展開はないと思う。

(でも、もう一人は誰なんだろう?……まさか織田君?)

 幼馴染みと言えば勉強会。定期的に一緒に勉強していても、おかしくはない。

 秋吉さんに嫌われてはいないと思うけど、ライソ事件が頭をよぎる。

 秋吉さんの家にお邪魔したら織田君がいて……。


『良里君。実ちゃんに、しつこく絡むの止めてあげて。旅行に誘われて困っていたんだよ』

 一緒に水着を買いに行ったから、それはないと思う。でも、ネガティブな妄想の方がリアルに展開できるのです。


「他所様のお家にお邪魔するんだから、空手で行くんじゃないよ」

 永年自営業を支えてきた婆ちゃんは礼儀に厳しい。ましてや秋吉さんはうちでアルバイトをしている。つまり僕の不評は、ヨシザトの不評になってしまうのだ。


「一応、サンドイッチを作っていくつもりだけど」

 パスタを作るって話があったけど、初めてお邪魔するお宅の台所を借りれる程、面の皮は厚くない。


「あちらの親御さんもいるんだろう?サンドイッチだけじゃ、足りないだろ……お土産用のスープのセットとムースを人数分持って行け」

 うちではお土産様に色々な物を売っている。その中でもスープとムースは人気商品だ。


「爺ちゃん、良いの?」

 皆が笑顔で頷く。なんか、僕より気合が入ってない?


 緊張で、膝がガクガク震える。喉なんて、とっくにカラカラだ。インターフォンを押そうとするも、指が震えて上手く押せず。

 好きな女の子の家を訪ねるのが、こんなにも緊張するなんて知りませんでした。

(一回深呼吸して……よし、押すぞ)

 このまま玄関でおろおろしていたら、不審者で通報されてしまう。

 軽やかなチャイムが鳴り響き、しばしの沈黙。頼む、お父さんが出るパターンは止めて。


「はい、秋吉です……ママ、私が出るから……信吾君、ちょっと待てってね」

 聞えてきたのは、賑やかな声。カメラ付きのインターフォンだから、僕だと分かったのね。


「いらっしゃい。貴方が信吾君ね。話は良く実から聞いているわよ」

 玄関を開けてくれたのは三十代後半の綺麗な女性。この人が秋吉さんのお母さんなんだろうか?


「は、初めましてっ!よ、良里信吾です……秋吉さんには、学校生活だけでなく、お店の方でも、助けて頂いておりましゅ。あ、あのこれつまらない物でちゅが良かったら、お納め下ちゃい」

 やらかした。噛みまくりで、変な言葉になってしまった。


「わざわざ良いの。スープのセットにムースにサンドイッチまで……これは信吾君が作ったの?」

 とりあえずお土産は受け取ってもらえた。でも、秋吉さんのお母さんは、ニコニコしたまま微動だにしない。秋吉さんも出てこないし、もしかして僕は招かざるお客様?


「ママッ、どいてっ!もう……信吾君、いらっしゃい」

 秋吉さんがお母さんを押し退けながら、出て来た。


「秋吉さん、おはよう」

 今日も秋吉さんは可愛い。でも、僕はお邪魔して良いんだろうか?


「おはよう。これヨシザトのおみやだよね。サンドイッチも沢山!そんなに気を使わなくても良いのに……さあ、入って」

 秋吉さんはうちでアルバイトをしているから、お土産の値段を知っている。


「爺ちゃんが秋吉さんのお宅にお邪魔するなら、持って行けって言ってくれたんだ……お邪魔します」

 お母さんに頭を下げながら、家の中へ入る。

 お洒落な上に、綺麗に片付いている。商売関係の物が、そこら中に置いてあるうちとは大違いです。

 ふと、玄関を見ると秋吉さんのより、小さい可愛らしい靴が置いてあった。秋吉さんに妹さんいたっけ?


「ありがとう。私の部屋はこっちだよ」

 よく考えたら、部屋に二人しかいないんだよね。自分を抑えられる自信がありません。

 勉強中に偶然を装って手に触れたら……引かれるか。

 ドキドキしながら秋吉さんの部屋に入る。


「信吾さん、おはようございます!」

 部屋には先客がいた。織田君の妹優紀さんである。ちょっとがっかりしたけど、安心した。秋吉さんと二人きりだと、ドキドキして勉強に集中出来ない。


「優紀さん、おはようございます。勉強頑張っていて、偉いですね」

 優紀さんはノートを広げて勉強をしていた。僕が優紀さん位の年の時は……料理ばかりしていたな。

(良い匂いがする。それに凄くお洒落だ)

 秋吉さんの部屋はシックで大人っぽい部屋でした。ベージュを基本に温かみを感じさせる配色。

 壁には友達の写真の他に、林間合宿での写真も飾ってあった。織田君の写真はなしと……こんなのでホッとしていたら駄目だよね。

 部屋をキョロキョロ見回していたら、優紀さんと目が合った。


「信吾さん、安心して下さい。うちの馬鹿兄貴は、今日もデートですから。それに私が、ここにいれば、邪魔しに来る事はないので」

 なんで優紀さんは、僕が織田君を警戒している事を知っているんだ?僕の態度で秋吉さんが好きだって、バレているとか?


「べ、勉強始めよう。信吾君分からない事があったら、教え合うね」

 よし、弁尿に集中しよう。


 信吾が秋吉家を訪れる前日の事。

 実は部屋の大掃除に勤しんでいた。まず子供っぽいと思われない為に、ぬいぐるみを押し入れに隠す。

(この写真を見られたら、信吾君にドン引きされるっ!)

 次に隠し通りした信吾の写真を本の間に避難させる。

 そして優紀に電話を掛ける。これが実にとって、一番大事な作業であった。


「優紀ちゃん、明日はお願いね」

 正義は家が隣同士という事もあり、未だに実の部屋に遊びにくる。実がそれとなく拒否しても、本人はどこ吹く風。

最悪な事に親同士は仲が良いので、顔パスで部屋に入って来る。来ても漫画を読んだり、宿題を写したりする位なので、強く拒否する事も出来ない。


「任せておいて。馬鹿兄貴は明日もデートだし、私の勉強を邪魔しないでって、釘をさしておいたから」

 一番の問題は信吾に誤解される事。祭からの情報で、信吾が正義に引け目を感じている事は分かっている。

 だから、優紀に頼んで正義が部屋に乱入する事を防いだのである。


「ありがとう。頼りにしているね。うちに来る事に慣れたら、パスタを作ってくれると思うし」

 これも祭……正確には徹から

「信吾の性格からして、初めてお邪魔する家の台所に立つ可能性はゼロだ。まずは親御さんに、信吾の料理の腕前を知ってもらってからの方が良い。呼べばサンドイッチか何を作って行くから、料理を作らせるのは、それからだ」

 という適格過ぎるアドバイスがあったからだ。


「良いよ。私にも責任がある事だし……でも、信吾さんと二人っきりになりたくなったら、いつでも言ってね」

 優紀は実に兄と仲直りして欲しいと泣いて頼んだ事に引け目を感じていた。思春期に入り、実兄のデリカシーのなさにドン引きしたのだ。


「む、無理だって。勉強どころじゃなくなるもん」

 正義がいた所為で、実は恋をした事がなかった。正確に言うと、正義やその取り巻きの所為で、恋心に進展する事がなかったのだ。

 そんな中、偶然出会った信吾の存在は、年々実の中で大きくなっていく。最初は、偶然が作ってくれた小さな思い出。段々、辛い事から心を逃避させる大切な思い出になっていった。

入学式で偶然見かけた時は、思わず大声を出してしまう位に喜んだ。

 実際に話す様になって、思い出は恋心に変わっていく。

 つまり秋吉実にとって、今が初恋。ある意味小学生の優紀より初心なのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る