第3話

「…主治医?」

彗耶の目が渡辺先生に釘付けになる


「まぁ、とりあえず中に」

先生はソファーに座るように進めるとコーヒーを出してくれた


「あの、主治医ってどういうことですか?」

彗耶は少し興奮していた


「落ち着きなさい。今日はそれを全て話すために私が君を待っていたんだから」

先生はそういうとコーヒーを一口飲んだ


「私が始めて亜紗美ちゃんと会ったのはもう20年も前になる」

先生は静かに言った


「担当直入言おう。彼女は心臓が悪い」

「え…?」

彗耶が私の方を見た


「この部屋に来るまでに沢山の患者さんと話をしていなかったかな?」

「あぁ。はい」

「彼女はもう20年ここに通っている。そのうち何年かは入院もしていた。

 本当なら今も入院しているべきなんだが…」

「そんなに悪いんですか?」

「悪いも何も…」

先生は言葉を濁した


「彗耶。20年前…私が生まれたときに宣言された命の期限は18歳まで生きられるかどうかだったの」

「え…?」

「もう2年過ぎてる。だから私はいつ死んでしまってもおかしくないのよ」

私は目をそらした


「うそ…だろ?」

「だといいんだけどね。…高2の時彗耶と出会って好きになるのに時間なんて要らなかった。

 でもそのときですでに私に残された時間はどれだけ長く見積もってもたった1年もなかった」

私は話し続けた


「彗耶の気持ちも気づいてた。だけどこんな私が付き合えるはず無いからごまかしてきた」

「…」

「最初は離れちゃえば…って思ってたの。

 でも彗耶を好きなことが私の生きてきた中で一番大きな意味を持ってたから

 せめてそばにいたいって思って同じ大学を受けたの」

私は話しながら自分の声が震えているのがわかった


「昨日すごく嬉しかった。だけど…」

「勝手に結論出すなよ」

「え…?」

彗耶の言葉に驚いたのは私だけじゃない


「人間なんていつか死ぬもんだろ?

 俺はどこも悪くないけどもしかしたら明日事故で死ぬかもしれない。

 そんなこと考えてたら何も出来ないだろ」

「彗耶?」

「命の期限が過ぎてたって現にお前はここにいるだろ。

 たとえ後数日の命だったとしても俺はお前といたい」

彗耶は私の目を見て言った


その言葉に同情や嘘は無かった


「彗耶…」

「入院しなきゃいけないのに俺のせいで学校来るくらいなら俺のそばにいろよ。

 入院したら少しでもよくなるんなら毎日病院に来るから無理だけはしないでくれ」

「彗…」

私は涙をこらえきれなくなった


病気のことを言えばみんな離れていくと思っていた

だからこそ彗耶にはずっとごまかしてきたのだ

なのに当の彗耶はそばにいろと言ってくれる

そんなことを言われたらもう私は気持ちを抑えることが出来なかった


「先生私…生きたいよ。彗耶とずっと生きたい…」

思わずもらしていた


「…一つだけ可能性があるんだ」

「え?」

先生の言葉に私と彗耶は顔を見合わせた


「成功する確率は15%だけど今の亜紗美ちゃんなら大丈夫かもしれない」

「今の私?」

「あぁ。生きたいという意志が強い今の亜紗美ちゃんならね」

先生は言う


「手術は技術だけじゃない。患者の生きる意志の強さも必要なんだ」

「成功率15%…でもいつ死んでもおかしくないなら…」


私はその15%にかけてみたいと思った

もうすでに期限が過ぎている今の状態でいるよりはよっぽど生きる可能性があるように思えたのだ


「どうしたらその手術受けれるの?」

「少し時間がかかるよ。日本では無理なんだ」

「じゃぁどこで?」

「カナダだ。そうすれば彼とも離れなきゃいけないだろ?それでも君は生きる望みを…?」

「カナダのどこですか?」

そう尋ねたのは彗耶だった


「Vancouverだよ」

先生の言葉に彗耶の表情が和らいだ


「だったらなおさらだ亜紗美。一緒に行こう」

「彗耶君?」

おどろいたのは先生だ


「俺、この春からCoquitlamに住むんですよ」

「本当に?」

「はい」

彗耶は大きくうなづいた


「そういうことなら出来るだけ早く準備を進めよう。それでいいのかな?」


「…お願いします」

私は頭を下げた


信じられない展開だった

まだ私に望みがあるのだから

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