第3話 だから私はおじさんになりたい
「――だから、女を捨てておじさんに徹しました。本当はケーキが大好きなんです。おしゃれなネイルや、ひらひらスカートを穿きたかった!」
「それなら、なぜおじさんに転生したいのじゃ? 第二の人生を令嬢として満喫してはどうじゃ」
絵里が号泣したのは、今まで我慢していたケーキや甘いスイーツが目の前に現れて、イケメン執事にかしずかれて感動したからだった。
ならば彼女の望みとほど遠いおじさんを希望するなんて、一体どういうことなのか。
ますます不可解だ。
「――そう、私は絵里おじと呼ばれるほどのおじさん女子になりました。でも、結局は女なんです。引っ越しの手続きをしようとすれば不動産会社になめられ、大物作家からは枕営業の誘いがかかり、同じ仕事をしているのに女というだけで昇進から外される……だから、転生するならいっそおじさんになりたいんです! 私は乙女趣味のおじさんになります!」
途中までは真剣に聞いていたが、やはり理解しがたくてこれには神も思わず苦笑い。
「男は男で、苦労も多いと思うが……」
「もちろん承知です! ですが、女として苦労するのも、男として苦労するのも避けられないことならば、おじさんになりたいんです!」
「せめてイケメンにするとか……」
「ごついおっさんがいいです! イケメンだったら変態にセクハラされるじゃないですか! 目つきが悪くて、絶対にこいつの尻は触りたくねぇっていう感じのおっさんでお願いします! でも水虫はイヤなんで、オナラが臭い設定でお願いします!」
あまりにもクセがありすぎる注文だが、絵里は本気だ。
ここまですごまれては、受け入れるしかない。
「わかった――人の子よ、そなたの願いを聞き入れよう。じゃが、オナラが臭いだけのおじさんに転生させるのは、神としての沽券にかかわる……ついでに強靭な肉体も授けよう」
「わぁ、ありがとうございます!」
神が手を振ると、空中にホログラムのような人のシルエットが浮かび上がった。それはまるでMMOのキャラ設定画面のように、目や口のパーツが様々に並んでいる。
最初に神は美青年のモデルを表示させて絵里が心変わりするのではないかと試したが、すぐに彼女はおじさんのアバターを作り始めた。
「面白い! このレバーで筋肉量も調整できるんだ! レスラーみたいな体形がいいなぁ。顔には刀傷も入れて……肌はこんがり小麦色。髪の色はアッシュ系がいいかな。ピンク系にしておちゃめにしちゃう?」
このアバター設定で長時間悩む者もいるが、絵里の場合はサクサクと決まっていった。
おじさんの姿が完成に近づくほどに、神の士気は下がっていく――。
え、本当におじさんに転生しちゃうの?
こんなの他の神から笑いのネタにされるよ?
説得したいのはやまやまだが、本人が乗り気であるので止めることもできない。
普通のOLだと思って魂を救い上げたのに、とんだ失敗だった。
今さら悔やんでも遅い。
「転生の年齢は? 赤坊から設定できるぞ」
「また受験勉強とかしたくないので、四十代からスタートでお願いします」
「ならば職業を聖騎士団長などにすることもできるが?」
「いえ、一介の冒険者がいいです。RPGとかでも序盤でスライムを倒すようなのが好きなんですよね。せっかくだからのんびりと世界を旅するような人生を過ごしたいんです」
とことん神のお勧めをスルーしていく絵里に、いよいよ心配になってくる。
本当にこの娘は大丈夫だろうか。
死のショックでヤケクソになっているのでは?
「言っておくが、取り消しはできぬぞ。能力を与えたあとで付け替えるのは、他の転生者への差別になってしまうからな」
「はい。もう覚悟はできました」
小さくため息をつき、神は出来上がったアバターに手をかざした。光が次第に溢れて、絵里の視界は真っ白になっていく。
体の力が抜けて、暖かいオーラに包まれた。それはまるで母親の胎にいるかのような心地で、ゆらゆらと魂が揺れる。
意識が薄れ、神の気配も遠ざかっていった。
「他に欲しいものは? 聞くだけは聞こう」
脳の奥に神の声が響いた。
まどろみに落ちる寸前で、絵里はそっと唇を開く。
「大きな……イチモツ……神様、大きなイチモツを私に下さい……」
「あ……うん……新たなる旅人に幸あれ……」
こうして、異世界にまた新たなる転生者が降り立った。
おじさん冒険者の爆誕である。
名前:ゴリム・オージン
種族:人間
年齢:45歳
LV:1
職業:戦士
能力:屁が臭い・強靭な肉体・巨根
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