【第二ノ怪】紫陽花の思い出 その5
その後、束縛の言の葉は怪異を押さえつける鎖が出てくる術で、終幕は怪異の力を吸収する術でこれが1番重要なのだという事を教わった。これができないと怪異を退治できないらしい。
教えてもらった術をまとめると、こうである。
【呼び出しの言の葉】
その名の通り経典など怪異の力を吸収した媒体から、自分の力を再度送り込み、仮怪異や、妖精、式神などを呼び出す術だ。
『霞の言葉に力を与えよう、我の言の葉を与えよう、今一度逢魔が時に帰しましょう』
【束縛の言の葉】
この術を使うと、どこからともなく鎖や縄など縛るものが出てきて怪異を縛り付けてくれるそうだ。
『話は紡ぐもの、糸も紡ぐもの、数多の糸は鎖となりて、言の葉の根源を縛りましょう』
【終幕の言の葉】
怪異の力を吸収する術だ。これで退治する。
『詩の終わりを告げましょう。あるべきものはあるべき場所へ、無は無へ、言葉は文字へと帰りましょう。宵闇と共に霞は消え失せ、幻は言葉へと還りましょう』
【譲与の言の葉】
幽霊に自分の力を分け与える術で、力加減が難しいそうで、分け与え過ぎれば幽霊が消滅したり、悪霊になったりするらしい。経験が大切だそうだ。
『我が詩を捧げましょう。言葉を糧に捧げましょう。微睡みの中、揺蕩う者を誘いましょう。玉響の時を捧げましょう』
「どうぞ」
幸さんは俺たちに経典を差し出した。
「これは……経典ですよね?」
「そうです。これはあなた達のものです。どうぞ使って下さい」
「え、もう使えるんですか? 俺たちまだ何にもやったことないんですけど」
俺が不安な顔をすると、幸さんはふふっと笑って答えた。
「何事もやってみないとって言うじゃないですか! もう、
幸さんはお菓子の追加を持ってくると、続けて話し出した。
「他にも『祓い屋』と言う職業があります。祓い屋の人たちは基本的に噺屋より能力が飛び出て高く、祓い屋になれなかった者が噺屋になると言われています。最近流行りの異世界系みたく言ってみると、噺屋の上位職みたいなものですね。祓い屋は主に人間に危害を加えた妖怪、仮妖を退治します。また、噺屋よりも強い権力を持っています。祓い屋の中でも順序がありまして、トップに君臨する12人のことを『
そんな職業もあるんだ〜ん? 真宮家? 待てよ待てよ、確か
「確かに奏多くんノ名字は真宮ですが、分家ですよ。本家ではありません。安心して下さいね!」
俺の混乱している顔を見て悟ってくれたのだろうか、聞く前に答えてくれた。
ほんとに幸さんは素晴らしい人だよね。
「え〜! かなちゃんって真宮の人だったんだ! なんかよく分かんないけど、すご〜い!」
「おい、かなちゃんって呼ぶな。誰があだ名で呼んでいいと言ったんだ」
奏多くんも今の呼び方は気に入らなかったらしい。ムッとしている。
「じゃあ俺も親しみを込めてかなちゃんって呼ぼうかな!」
「金髪頭に呼ばれるのはまだ分かるが、おまえに呼ばれるのは気色悪い」
「な、なんで……」
ちょっとショック……だけど裏を返せば、普通に呼んでもいいってことだよね。
奏多くんが俺に少し心を開いてくれたような感じがした。
「金髪頭って……まぁいいけどさ。と言うかさ、仮にも真宮の分家なんでしょ、かなちゃんって。なんで幸さんのところにいんの?」
久しぶりに智也が金髪頭と言われて、ショックを受けていた。
こいつの金髪は生まれつきなのだ。智也の家族は皆普通の色なのに、こいつだけ金髪で生まれた。
よく学校で勘違いされたものだ。金に染めてるんじゃないかってね。まぁ可哀想だよな。
そして、こいつはたまに鋭いことを言う。俺もそこは気になっていた。仮にも分家と言う立場にありながら、なんで幸さんのところにいるのだろうか。夜も一緒だったことを見ると、一緒に住んでいるのだろうか。幸さんも“保護者”って言ってたし。
智也の言葉に反応したのか、奏多くんはワントーンもツートーンも暗い顔になった。
「奏多くんにも色々あるんですよ。そこは詮索しないであげて下さい。彼も言いたくなる時が来るかもしれません。その時は聞いてあげて下さいね」
幸さんは憂いを帯びた顔をすると、そっと奏多くんの頭を撫でた。奏多くんは嬉しそうに頭を撫でられた。彼はまるで猫のようだと思った。
「言いたくなる日なんて来ないと思いますけどね」
さっきの嬉しそうな顔とは一変、奏多くんはブスッとした顔で答えた。
こういうツーンとしたところとか猫みたい、ほんと。
俺はクッキーを頬張りながら、奏多くんを見ていた。
(齢17歳で大変な人生歩んでんだな)
俺は別に特別な家に生まれたわけでもないし、めちゃくちゃ金持ちの家に生まれたわけではない。ごく普通の一般家庭に生まれた。だから、奏多くんがどう言う環境でどう過ごしてきたかなんて分からない。多分奏多くんがこんなに冷たいのは、彼の家と何か関係があるのだろう。
俺は奏多くんのことをもっと知りたい。奏多くんといがみ合う関係じゃなくて、笑い合えるような、そんな関係になりたい。そうなるためには、もっと奏多くんと接しよう。どんなに罵倒されても、睨まれても、拒まれてもいい。嫌われるのは嫌だけど……まぁ兎に角、俺は奏多くんが心を許している人の1人になりたいのだ。だって、誰も信じられないのは悲しいことだから。辛いことだから。
俺が窓の外を見ると、しとしとと雨が降っていた。梅雨特有のじとっとした雨だ。
まるで、彼の心の中を写しているようだった。
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