【第一ノ怪】ジグザグ足 その2
『
店のショーウィンドウには今月の店主オススメの本が置いてある。
この古書店にはどことなく温かみのような、何か情緒を感じる。
ひっそりとしている感じがまたいい。
こんなにも他とは違う雰囲気を醸し出しているのに気づかなかった
チリンチリン……
鈴の音がした。透き通るような何か悪いものでも払ってくれそうな鈴の音だ。店の扉にかかってあるのだろう。気分が落ち着く。
店の中に入ると、外の明るさとはいっぺん、オレンジ色の暖色系の灯が煌めき、アンティーク調な内装で、本が所狭しと並んでいる。最近の本から昔の懐かしい本まであり、中にはもっと古い和綴じの本まである。
俺が関心して辺りを見回っていると、奥の方にカウンターのような机が見えた。
お菓子が置いてある。とても美味しそうだ。
俺はそこに座っている読書中の女性に不覚にも見とれてしまった。女性はこの古書店の店員か何かなのだろう、店主には見えない。それぐらいとにかく若い。
20歳ぐらいだろうか、鳩羽色のような薄い紫の髪が揺れる中、藤黄の瞳が本の文字を追う。まるでこの世のものじゃないようなとても美しい人だった。
俺の視線に気付いたのか、彼女と目が合った。彼女はじっと俺の事を見てきた。
そしてニコッとして、
「いらっしゃいませ!」
と言ってきた。
透き通った可愛らしい声だ。姉貴の友達とかに可愛い子はいたが、ここまで美しく可愛らしい人は見た事がない。
俺が見とれていると、白い髪で翡翠のような目をした、それはそれは智也を超えるような国宝級のイケメンの店員が彼女の元に来て、肩をポンポンと叩いた。
「もうそろそろ時間ですよ。
柔らかな優しい笑みを浮かべて話しかけていた。
「
彼女はあわわと言って、慌てて立ち上がった。
「いえ、全然大丈夫ですよ。集中してましたからね。みんな集中したら時間なんて分かりませんよ。で、あの男はなんですか?」
すると、カナタというイケメンは俺の事を睨みつけてきた。
「あはは、そんなに威嚇しないでくださいよ。お客さんですよ。ただ、何か他の人とは違うものを感じたのでつい見てしまっただけですよ」
すみませんという感じでぺこりと頭を下げられた。
というか店主かい! 若いな!
「いえいえ、えっとすみません、他の人と違うものってなんでしょうか? なんか顔に着いてます?」
俺はさっきの言葉がとても気になったので聞いてみることにした。
「何か顔に着いているとかそういうのではなくてですね……ただの私の感なので全く気にする事はないのですが、気にするのであればこの忠告を守ってください。あの商店街入口付近の路地、今警察の方が来ている道は真夜中には絶対に通らないでください。絶対に通っては行けません」
ずいと真剣な眼差しで言われた。ちょっとドキドキしたのは墓場まで持っていこう。
「はるちゃん、今ドキッとしたでしょ?」
智也にはバレバレだったようだ。恥ずかしい。
忠告を言うと奥にある部屋に入っていった。部屋には数人の子供たちが何やらワクワクした様子で待っていた。
俺が突っ立っていると、イケメン君が怪訝そうな顔で話しかけてきた。
「あんたも聞くか? 幸さんの『お話』」
「『お話』ってなんですか?」
「昔話、怪談話、童謡、童話などの読み聞かせをするんだ。幸さんは昔話や童話などを後世に伝えていく『噺屋』っていう職業なんだよ。面白いし、いい経験にもなるし、いいことずくめだ。参加してみるといい」
そう言うとふんと言って入口の方へ去ってしまった。彼なりの親切心だと受け取っておく。
「はるちゃん、聞こうよ! 絶対に面白いって!」
「俺この後バイト……」
智也にまたしも引きずられながら部屋の中へはいる。この馬鹿力め!
部屋の中の本棚にはぎっしりと和綴じの本が並べてあった。相当古く、歴史的に価値がある物のようだ。
「それではお話を始めましょう。今日のお話はちょっと方向性を変えて、最近この近辺で起きている事件にちなんだものです」
俺は立ち入り禁止テープのことを思い出した。
「あ〜僕知ってるよ! ジグザグ足のことだよね! 学校でみんな話してるよ! でもどれがホントの話か分からないんだ」
「そうだよね! みんな話してること違うもんね!」
「ホントの話が知りたいです! お話お願いします」
小学生、中学生くらいの子供たちが口々に話す。
まぁまとめると、ジグザグ足っていう怪談話が流行っているが、一人一人話している内容が違うらしい。
あの噂、ジグザグ足って言うのか、調査報告にはちょうどいいや。
「ではお話しましょう。ジグザグ足の真相を」
ジグザグ足の怪談は、ある女子高生が下校中、飲酒運転で暴走したトラックに跳ねられたところから始まります。
引かれた女子高生は足がジグザグのように骨が折れ、ぐちゃぐちゃになって即死したそうですが、轢いたトラックの運転手はまだ捕まっていないそうです。
この女子高生は自分を轢いた運転手を探すため地縛霊となり、現世で彷徨い続けることになりました。
最初はその場所にいるだけで何も人に害を与えるようなことはしませんでしたが、綺麗な足が羨ましかったのか、ある女子高生の足を掴んでしまい、転ばしてしまったようなのです。それで、女子高生は怖がり、周りの友達に話し、それがSNSやネットで拡がり、真夜中、霞会商店街の入口付近にある路地を通ると、気付けば1人になって同じ道から抜け出せなくなり、ジグザグ足の女に捕まるまで追い回され、最終的には交通事故に遭うという噂話ができてしまったようなのです。
これがジグザグ足の真相です。
ジグザグ足の女子高生はただの地縛霊なのです。
なんと悲しい話だ。確かにあの道は俺も毎日のように利用している。いい近道になるからだ。
花が手向けられているなとは思っていたが、そんな事故があったとは知らなかった。
しかもあの道は住宅街の路地だ。防犯カメラなど一つもついていない。
ひき逃げなら誰も見ていなければ逃げおおせることが出来る。
捕まらなかったとなると未練も残るわな。そりゃ。
というかまず霊ってなんだよ。そんなのいるわけないだろ。危うく信じる所だった。危ない危ない。
でもここで思わぬ情報が手に入った。まさか古書店で調べ物が見つかるとは思わなかった。
「と、言うのが噂話の真相ですが、実は少し前に運転手は捕まっていて、事件は解決しています。ですからあそこには霊なんていないのです。あそこは元々事故が起きやすい路地です。住宅の壁で死角になっているので、人がいても気が付かない、しかも真夜中ということなので運転手も気が緩んでいてあまり注意をはらっていなかったというのが最後に起きる事故の真相です。なので事故数は多いですが、必ず事故が起きているわけではありませんよね?」
シーンと静寂に包まれる。
いやいやちょっと待て。さっきまで運転手捕まってないとか、地縛霊がいるとか言ってたじゃないか。
前半は俺が聞いた噂の通りだったが、後半はどうだろうか。ちょっと無理がある気がするんだが……
「ちょっと待って下さい! ジグザグ足の女の子に追いかけられたというのはどう説明するのですか?」
賢そうなメガネの中学の制服を着た男の子が手を挙げて質問する。
「それは簡単なことですよ。酔っていたんです。それに加えて、濃霧だった。幻覚が見えていたんですよ。ここ晴嵐市では霧で幻覚が見えることはよくあることでしょう?」
彼女、いやサキさんは笑みを崩さずにニコニコして言った。
「じゃあじゃあ、足に必ずあるという爪の傷はどうなんですか? あれは説明できないでしょう!」
メガネくんは焦りながらもすかさず質問する。
「あれも全員があるかなんて分からないんですよ。まず、警察しか知り得ない情報が私たち一般人に知れ渡っている自体おかしいのです。皆さんが知っている話は所詮『噂』、全部が全部本当かなんて分からないのです。噂話なんていくらでも変えられますからね。本当に気付けば1人になっていたかどうかなんて分からない。幻覚なんてここ晴嵐市ならしょっちゅう見たりします。霧が濃い日なんて結構ありますからね。酔っていれば、通行人が変なものに見えたりもします。とにかくこのジグザグ足の話には決定的な証拠なんてないのです。全てが作り話かもしれない、というのも考えられます」
サキさんは微笑みながら話していた。
確かにサキさんの言う通りだ。噂話なんて本当のことかどうかなんて分からない。我々は人々の嘘かもしれない話に弄ばれているのかもしれない。
オカ研のメンバーが話していた噂を少し信じてしまっていた自分が恥ずかしくなってくる。メガネくんも考え込んでいた。
「じゃあジグザグ足の女の子も本当はいないかもしれないってこと?」
小学生くらいの女の子が理解したような顔で質問した。
「私はいないと思いますよ」
「じゃあ私、みんなにもうお化けなんていないんだよって言う! 幸さんのお話信じる!」
「俺も幸さんのこと信じるよ!」
私も、俺も、といった感じで賛同の声が広がる。
「むむむ……俺も信じます。今回は俺の負けです、幸さん。でも次は負けませんよ! 僕が勝ったら、幸さんの弟子にしてもらうんですから!」
ビシッと指を刺して宣言していた。
メガネくんは観念したようだが、依然として燃えている。
というか何者だよこのメガネくん。
「というわけで、皆さんにお願いがあるんですが……」
サキさんがかしこまって折りいるように話出そうとした時、
「わかってるよ! 幸さん! この話をみんなに話して、広めたらいいんでしょ? それが幸さんのお仕事だもんね! 私幸さんのこと大好きだから、手伝うよ!」
「俺も〜!」
「手伝う!」
みんながいつもやってるみたいな、何もかも把握した様子で手伝うと口々に述べていた。
「ありがとうございます! 皆さん!」
パァっとした表情で感謝の気持ちを伝えていた。
お仕事ってなんなんだろう……気になる。いやいやいや、ここから先は顔を突っ込まない方がいい、そう俺の本能が言っている。
「あの〜すみません! 『お仕事』ってなんなんですか? さっきイケメンの店員さんに聞いたやつが職業なんですよね? 他にも何かお仕事されてるんですか?」
智也が不思議そうにして聞いていた。まぁ聞くだろうとは思ってたけど! あ〜馬鹿! 阿呆!
「それはこの子達に聞いて下さい。私より知ってるんじゃないかって言うほど知ってますからね」
子供たちは丁寧に説明してくれた。
「│
どこかで聞いたことがある気がしたが、気のせいだろう。
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