何でも屋

風雷

第1話 何でも屋の二人

ジョスティック帝国

 昔、世界を巻き込む戦争を仕掛け、甚大な被害を出しつつも勝利を収めて一大陸を我が物にした強大な国だ。

 そんな国の南側に位置する街、デスシティー。本当の名前は別にあったはずなのだが、人々からはそう呼ばれている。何故、そのように呼ばれているのか。それはとても単純で、銃声や爆発音が日常的に鳴り響くエリアがあったり陰湿な犯罪があるエリアがあったりと、とても危険な街だからである。

 その街の中心よりも南にちょっと離れた場所、マンションやビルが並ぶ中に、周りよりも小さい明らかに場違いなビルがある。三階建てのようだが、一階は殆どがただの壁、右端には階段がありその横に『御用の方は2階へ』と書かれた紙が雑に貼られている。二階三階には外から見たら窓がいくつか見える。三階はそれ以外目立った物はなく二階にはここが何処か分かるようにか『何でも屋』と文字が貼り出されている。

 切れかかっているのか、数本ちかちかと点滅する蛍光灯が照らす階段を上がっていくと、途中に扉が現れる。階段は特に仕切られてる訳でもなく続いているが扉に『御用の方はこちらの扉から。上は寝室なので入るべからず』とまたしても紙が貼ってある。

 扉を開け中に入ると、三人掛けのソファーが一つ、一人掛けのソファーが二つ、その真ん中に二つのソファーの中間くらいの大きさのガラステーブルが一つ、その奥に大きめの机が一つ、と、一見応接室のように見えるのだが、ガラステーブルから離れた所にテレビと家庭用ゲーム機が数点置かれてたり、台所に洗われていない食器類が残ってたり、本棚には漫画やライトノベルやよく分からない本等が乱雑に置かれていたりと、どこか生活感が見られて、来客への配慮が欠けていると思われる。

 「あのー……」

 そんな、少し変な所に1人の少女がおどおどしながら扉を開けて入ってきた。小学校中学年くらいだろうか、身だしなみはしっかりしているので、この街の中ではまともなエリアで生活をしている家庭の子なのかもしれない。

 「すいません。誰か……あっ」

 何かを頼みに来たのだろうか、机に突っ伏している住民を見つけ近寄っていく。しかし

 「……」

 反応が無い。もう少し近寄ってみると

 「すぅ……すぅ……」

 寝息が聞こえてきた。どうやら、寝ているようだ。お店は営業中のはずなのだが、堂々と寝ている。

 「えっと、あのーすいません」

 少女は、起こそうとして声を大きめに出してみた。

 「すぅ……すぅ……」

 全く起きる気配がない。

 「あの――」

 もう少し大きめに声を出そうとしたその時

 「ありゃ、客人ですかい」

 三人掛けのソファーの後ろからむくりと若い男が出てきた。

 「えっ!?あの、えっと」

 突然の事にびっくりしてしまい、転びそうになりながらもなんとか踏ん張りながら後ろに数歩下がる程度で済んだ。

 「あぁ、すいやせんすいやせん。脅かすつもりじゃなかったんですぜ」

 そう言いながら、ソファーを右手で掴み、支えにしながら男はゆっくりと立ち上がる。左手には携帯ゲーム機が握られているのを少女は見付けて

 (本当に、ここに頼みに来て良かったのかな……)

 その不真面目そうな態度にとても不安になるが

 (でも、もうここしか……)

 それを振り払うように頭を横にぶんぶんと振る。

 「だんな~。客人ですぜ~。だんな~」

 男は、寝ている男の体をゆさゆさと揺すりながら声を掛けるが、やっぱり起きる気配がない。

 「しょうがねぇなぁ」

 頭をぽりぽりと掻きながら、部屋の隅に乱雑に置かれているロケットランチャーを拾い上げ、寝てる男に砲身を向けて

 「そんなに寝ててぇなら、永眠でもしたらどうですかい」

 無表情で淡々とした口調で言い放った。

 「えっ!?ちょ、ちょっと!?」

 少女は慌てて止めようと思い近付こうとするが、突然のこと過ぎて体が動かない。

 男が引き金に指を掛けようとした瞬間

 「てめぇは何やってんだこらぁ!」

 寝ていた男が起き上がり、座りながらいつの間にか握られていた二本の刀で、一方は砲身を上にする為に、一方は相手の喉元に切先を向けてその状況に対処した。

 「いやぁだんな、起きたんですかい。あと少しで永眠させて上げれたのに、残念だなー」

 ハハハと笑っているが、目は笑っていない。

 「なんでそんな話になってんだ!?あほなのかお前!」

 「いやいや、そんなに眠いなら、いっそ永眠した方がいいと、俺からのささやかな気遣いですぜ」

 「気遣いが物騒すぎんだろ!」

 言い合いをしながら、お互いの得物を元の位置に戻していく。

 「で、なんかあったのか?」

 寝ていた男は、頭を掻きながらぶっきらぼうに尋ねた。

 「あぁそうそう。お客人ですぜ」

 「あぁ?とっつぁんか?今日は来るって聞いてねぇけどな」

 寝ていた男は、だるそうに入り口の方へ顔を向ける。そこには、とっつぁんと言われた人物にはあまりにも似つかわしくない、少女の姿があった。

 「……」

 「……」

 今までの出来事に面食らい呆然として立っている少女を見て、寝ていた男はもう一人の男にゆっくりと向き直り、怒りを込めてこう言い放った。

 「普通に起こせ!!」

 椅子から立ち上がり、急いで少女をソファーへ座るよう促しながら、自分も別のソファーへ座りつつ、対応を始める。

 「さっきはすまなかったな。変なとこ見せて」

 「い、いえ。少しびっくりしましたけど、大丈夫です」

 促されて素直に座りながら少女は返す。

 「えっと、改めまして、俺はシュヴァル・ブラッド。こっちのあほはハウンド・ベルト」

 「なんでいその紹介。まぁいいや。よろしく~」

 ハウンドと紹介された男は、挨拶をするや否や、ずっと持っていた携帯ゲームをし始めた。黒髪に整った顔立ち、眠たそうな目つきをしていて、服装は黒を中心としており、首には黒いマフラーを巻いている。外見年齢は二十代前半だろうか。

 「ったく、ゲームやんならどっかいけや」

 シュヴァルと名乗った男は、怒りなのか呆れているのか諦めているのか、色々な感情がこもった声でため息交じりに言う。赤髪にしっかりとした顔、よれた服装、腰には二丁の拳銃と二本の刀をぶら下げている。外見年齢はハウンドと同じくらいだろう。

 「……」

 口には出さないがとても不安がる少女に気づいたのか、シュヴァルは慌てたように言葉をかける。

 「い、いつもはこんなんじゃないんだぞ!?もう少しちゃんとしてるんだけどな!?ははははは!」

 言い訳が哀愁を誘っている。

 「いやいつもこんな感じですぜ。だから依頼も全然来ねぇんじゃねぇですかい」

 「うるせぇ!余計なこと言うんじゃねぇ!それに、依頼が来ないのは、この店が他の人に知られてないからだよ!言わせんな!」

 「それ自分で言うんですかい」

 言い争いがむなしく響く。シュヴァルは、はっ、と我に返り

 「ごほん!で、何か頼みたいことがあってここに来たんだよな!」

 強引に話を変えようとする。ハウンドは、満足したように鼻で息を吐きながらゲーム画面を再び見る。

 そんな二人を見て、一旦深呼吸をして、急に今にも泣きだしそうな顔になり少女は依頼を口にする。

 「私の名前はエリー。お父さんを、助けて欲しいんです!」

 エリーと名乗った少女の様子を、ただ事じゃないと察し、一気に真剣な顔つきになる。

 「助ける?どっかに攫われたのか?場所とか分かってるなら言ってくれ」

 「えっと……そ、それは……」

 言い淀むエリー。

 「分かんないか?だったら、一から調べないとなぁ」

 う~んと唸り、考え込むシュヴァル。

 エリーは、そんな彼を見て、ばつが悪そうな顔を浮かべている。それに気づいたハウンドは

 「嬢ちゃん。なんか知ってんなら言った方がいいですぜ。早く解決してぇなら尚更ね」

 「ん?何言ってんだ?」

 ちらっとハウンドの顔を見て、真剣な表情になっているので押し黙る。

 「それに、さっきのやり取りを見て信用できねぇのは分かりやすけど、依頼されりゃあ、ちゃんとこなしやすぜ。こんな変な名前で店構えてやすけどね」

 「その変な名前は俺が付けた訳じゃねぇからな」

 顔を見られながら言われたので、とっさに反論をする。

 エリーは、少しの間目をつむり、そして、意を決して話し出す。

 「お父さんは・・・Talentというところにいると思います」

 「ん?どこだそ―――」

 「えっ、マジですかい」

 シュヴァルの言葉を遮るように、ハウンドが食い気味でやってきた。

 「なんだ、知ってんのか?」

 頭に疑問符を浮かべてるシュヴァルに、信じられないと言った様子で顔を見る。

 「むしろ知らねぇんですかい?結構有名ですぜ」

 「はーん。知らねぇや。聞いた事もねぇ」

 「だんな、こういう事やってんですから、情報は仕入れときやしょうぜ」

 「ぐっ……お前に正論言われるの、すげぇむかつくな」

 苦虫を噛み潰したような顔をする。そんなシュヴァルを見て、どこか勝ち誇ったような様子のハウンド。

 「で、どういうとこなんだ、そのTalentってとこは」

 「表向きは超大企業ですよ。その名の通り、才能をフルで使って色んな事業を手広くやってるくらいの。ただ、裏じゃ相当あくどい事をやってるって、知ってる人は知ってやすぜ。それこそ、犯してない罪は無いってくらい」

 「流石にそれは、話を盛りすぎだろ」

 「俺もそう思いやすけど、やばいとこに変わりはねぇでさぁ」

 「ふーん。で、そんな所に目を付けられるって、父親は一体何やらかしたんだ?」

 エリーに向き直り話を聞く。

 「借金、みたいです」

 「借金か……」

 エリーは淡々と語りだす。

 「詳しくは分からないんですけど、お父さんの会社、なんか、危ない状況だったみたいで、それで、お金を借りたらしいんです」

 「金貸しもやってんのかよ」

 「ありゃー。そりゃーやべーとこから借りちゃいやしたね。まぁ、裏の顔は相当上手く隠してるでしょうし、知らねぇのも無理無いかもしれやせん。だんなみたいに、存在自体知らない化石みたいな人は稀でしょうけど」

 ぎろっと睨まれ、顔を背けるハウンド。

 「それで、その会社の人たちが来たみたいで、私は、事前に危険を分かってたのか、お父さんが逃がしてくれて……他の助けてくれそうなとこにも行ったんです……でも、会社の名前を言った途端、追い出され続けて、もう、どうすればいいのか……」

 涙声になりながらも、涙を零すのを必死に堪えつつ、エリーは頭を下げる。

 「お願いします!もう……もう……ここしか……」

 「あぁ。受けるよ」

 「……えっ?」

 一瞬、何を言われたのか理解が出来なかった。

 そんなエリーを無視して、シュヴァルは立ち上がり、机に向かって行き、引き出しから一枚の紙を取り出して戻って来る。

 「ほら、契約書だ。一番下にサイン書いてくれよな」

 エリーは理解が追い付かないと言わんばかりにきょとんとしている。

 「どうした?」

 「だって……あの……」

 「他のとこは危ない橋を渡りたくなかったんだろ。賢明な判断じゃねぇか。でも、うちは万年依頼が来ない暇なとこだからな。こういう小さな積み重ねで、名前を売っていかねぇとやっていけなくなっちまうんだよ」

 シュヴァルの真面目な気持ちを、ハウンドは茶々を入れる。

 「今更、もうおせぇでしょ」

 「うるせぇぞ。これからだこれから」

 二人のやり取りを尻目に、エリーは、我慢していた涙を流し始めてしまった。

 「ありがとう……ございます……ありがとう……ございます……」

 「おいおい、泣くのはまだ早いだろ。」

 「はい……はい……でも……」

 二人は顔を見合わせて、エリーが泣き止むのを待った。余程辛かったのだろう。こんなにも小さな子供が助けを求めているのに拒絶され続けたのだから、当然と言えば当然だろう。

 少しの時間が過ぎて、落ち着いてきた様子のエリーを見て、シュヴァルは、もう一度サインを求めた。

 鼻をすすりながら、ゆっくりと自分の名前を書く。それを確認してから、シュヴァルは紙を持ち上げながら立ち上がり

 「おっし、善は急げだ。ハウンド。行くぞ」

 「うぃーっす」

 支度を始める二人を、エリーは驚いた様子で見る。

 「えっ、い、今から行くんですか!?」

 「そうだけど。あぁ、エリーはここにいろな。流石に連れていけないぞ」

 「い、いえ、そういう事じゃなくて」

 あたふたしているエリーを不思議そうに見るシュヴァル。

 「ハウンド、場所は分かってんのか」

 「へい。化石のだんなは知らないでしょうけど、大企業様ですから、場所は自分達で教えてくれてるようなもんですぜ」

 「そうか。お前この仕事終わったら白骨化さして、そこら辺に埋めて化石として発見されるようにしてやるから覚悟しろよ」

 「おーこわこわ。冗談が過ぎやすぜ」

 「冗談じゃねぇよ。本気だぞ」

 言い争いをしながら、二人は部屋から出ていこうとする。

 「おっとそうだ」

 出る寸前に、シュヴァルは立ち止まる。

 「もしも、俺達が戻らなかったら、警察にでも行ってくれ。何でも屋に依頼したんだけど二人が帰ってこないとでも言えば、動いてくれると思う」

 「あっ、えっと」

 突然の言葉にエリーは戸惑ってしまう。

 「あの人達が動きやすかねぇ」

 「まぁ、期待は出来ねぇけど、一応な。一応」

 冗談なのか、本気なのか、そんな言葉を残して、二人は部屋を出て行った。

 エリーは、そんな二人を見送った後、胸の前で両手を握りしめて、神様に祈りを捧げていた。この出来事の解決と、二人の無事を思いながら。



 日中、まだまだ大勢の人々が行き交う街中を、シュヴァルとハウンドは、雑談をしつつ目的地に向かって歩いていた。

 「んで、どこにあんだ、その大企業様の本拠地ってのは?」

 「すぐ着きやすよ。逃げる訳でもねぇですし。それより、着いたらどうすんですかい。なんか作戦とか思いついてるんですかい?」

 「どうすっかなー。なーんも考えてねぇや」

 「そんなんで、よく依頼を受けやしたね」

 「しゃーねーだろ。あんな姿見せられたら」

 「まー分かりやすけど」

 そんな会話をしながら、歩く事一時間程経った時

 「あっ、あそこですぜ」

 「んー?やっと着いたのか?」

 ハウンドが指し示した先には、周りの建物とは明らかに存在感が違うと分かるくらい、上を向くと首が痛くなる程高くそびえたっているビルがあった。

 「まじかよ。ここかよ」

 「ですぜ」

 「……なんか、無性に腹立ってきたな」

 「その歳で更年期障害は早くねぇですかい」

 冗談を飛ばしながら、何も用意してなかった二人は、周りをきょろきょろと見渡して何か無いかと探し、あるものを見付けた。

 「就職説明会……か」

 どうやら、今日は丁度その日だったらしい。表の看板にでっかく書かれている。

 「でも、スーツじゃねぇしなぁ」

 「あっ、ここは服装自由ですぜ。よその企業の誰かに会いに行く時はスーツみたいですけどね」

 「そうなのか?よく知ってんな」

 会社に出入りしている人々は、確かにスーツを着ている人が少ないように見えた。

 「あれですよ。そういう気楽な方が仕事が捗るとかそういうのですよ」

 「ふーん。まぁ、これは利用してくださいって言ってるようなもんだから、利用しない手はないな」

 二人は顔を見合わせ頷き合い、正面から堂々と入っていくのだった。

 中に入ると、大きな声を上げれば響きそうな吹き抜けが目を引く。床はぴかぴかに磨き上げられており、私服ながらも自信に満ち溢れた風格が見て取れて、大企業と言われている片鱗を味わう事が出来る。

 「くっそー調子に乗りやがって」

 「俺もだんだん腹立ってきやしたぜ」

 「まぁいい。取り敢えず、どこに向かうか」

 「そりゃやっぱ、部下に命令をしてるのは社長でしょうし、社長室じゃねぇですかい」

 「それはそうだが、簡単に行けるか?」

 どこか楽し気に悪だくみを話し合いながら、社長室に向かう事を決める。傍から見たら、完全に悪党に見えているだろう。

 そんな事は少しも気にしていないのにも関わらず、人の目だけは気にしながら何十階も上り、特になんの苦労も無しに、社長室に着いてしまった。

 「あー疲れたー」

 「会社の関係者との遭遇を考えたら、エレベーターは使えやせんからね」

 腰を逸らしたり伸びをしたり、ストレッチをする。

 「にしても、上手く行きすぎじゃないか?誘われてるような感じがするんだが」

 「ここまで来てそれですかい?今更ですぜ。それに、他に行くとこも無いですし行くしかありやせん」

 「んー……まぁそうだな。なるようにしかならんか」

 警戒をしつつ、扉を開けて部屋に入っていく。

 中は広さはあるが、ソファーにテーブルに社長机、机の後ろはガラス張り、と、案外普通の作りになっている。

 「お待ちしてましたよ」

 不意に、二人に声がかかる。背もたれしか見えてなかった椅子が、ゆっくりと回り、声を掛けてきた人物が姿を現す。

 「……お前!?」

 その人物に驚いたように声を出したのは、シュヴァルだった。

 振り向いた人物は男だった。優男という言葉がそのまま当てはまるほど、落ち着いた雰囲気を醸し出しているのだが、どこかぴりつく空気を放っているように感じる。見た目は三十代前半くらい、右目には眼帯をしており、それもあってか、歴戦の兵士を彷彿とさせる。

 その姿を見た瞬間、シュヴァルの顔がこわばる。

 「……生きてたんだな」

 「ええ。なんとか、生きていますよ」

 隣の緊張感が伝わったのか、ハウンドは体に力を入れてしまう。

 「だんな、知り合いですかい?」 

 「あぁ、ただの、古い知り合いだ」

 「ふふふ。まぁ、そういう事にしときましょう」

 シュヴァルは、最初に感じた疑問をぶつけてみた。

 「あんた、待ってたって言ったよな?どういう意味だ?」

 「そのままの意味ですよ。まぁ、上手く行ってくれて良かったと、ほっとしているのですがね」

 「……?」

 「子供が助けを求めに来ませんでしたか?私が運営している金融機関から、子供の親がお金を借りるように仕向けたのは私です。ただ、子供があなた方の許に行ってくれるようにはしていませんでしたので、そこは賭けでしたが、運が味方してくれたみたいで、とても安心しました」

 男の計画を聞いて、シュヴァルは鼻で笑った。

 「随分とお粗末な計画だな」

 「そうでしょうか?この街の住民は、とても賢いですからね。危ないと分かっているとこには近づかないでしょう?あなた達みたいな変わり者を除けばね」

 「変わり者はだんなだけですぜ」

 咄嗟に訂正をするハウンド。この時、何時もなら突っかかってくるであろうシュヴァルが無視をした事に、それほどの余裕を無くさせるこの人物が如何に危険なのかを、ようやっと感じ始めていた。

 「そうなのですか?そうは見えませんがねぇ」

 笑顔が張り付いてるかのように、ずっとにこにこしながら受け答えをしている男は、急に真面目な顔になった。

 「さて、本題なのですが、シュヴァル、私と一緒に来ませんか?昔のように一緒に仕事をしましょう」

 「はっ?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

 「ここでの目的は、概ね完了したので、どこか別の場所に移ろうと思っているのですよ。ですが、信頼出来る人間がまだまだ足りなくてですねぇ。ですから、ご一緒にどうですか?」

 いきなり過ぎて思考が追い付いて無いように見えるシュヴァルを横目に、ハウンドが口を開いた。

 「あんた、一体何をしようとしてるんですかい?ここでの目的って何ですかい」

 「んー。あなたもどうですか?シュヴァルが一緒という事は信頼出来そうですし、来るのであれば教えてあげますよ」

 両手を広げて、にこっ、と、笑顔を向ける。

 「気に食わねぇな。あんた、胡散臭すぎやすぜ」

 「おや。警戒されているようですね」

 「これで警戒しない奴は頭ん中お花畑ですぜ」

 「ははは。確かに、そうですね」

 男は、机の上にある時計を見て、席を立つ。

 「そろそろお迎えが来ると思うので、これで失礼しますね」

 はっと我に返るシュヴァルが声を出す。

 「まだ話は終わってねぇぞ。それに、出入り口はこの扉しかないようだが」

 「それは難儀ですねー。でも」

 「ん、なんか音が聞こえやせんか?」

 「あぁ?」

 どこからか、バタバタバタと音が聞こえてきた。

 音が段々と大きくなるにつれ、ガラスが揺れ始めているように感じる。そして、ヘリが窓ガラスの外の上から唐突に姿を現した。軍用の輸送ヘリに見える。

 「なっ!?」

 「おぉ!?」

 二人は同時にリアクションを取る。

 「流石、私の部下は優秀ですね。時間通りだ」

 男は、ほくそ笑みながら呟く。

 ヘリのドアから人影が覗いたと思ったら、いきなり拳銃を構えて窓ガラスに向かって数発発砲した。しかし、傷を付けただけで、ガラスは割れなかった。

 「全く、これを作った奴は腕がいい。それに比べて、こんな物も割れないとは、銃は使えないな」

 言い終わった後、拳銃をヘリ内に投げ捨て、帯刀していた刀を抜かずに腰を捻りながら構え、そして、勢いよく横に振り抜く。すると、全てのガラスが一瞬で割れた。

 「おやおや、ずいぶん乱暴なやり方ですねぇ」

 椅子の陰に隠れて破片を防ぐ男。

 「あれは……もしかして!?」

 シュヴァルはガラスを割った人物に驚き、その人は、ヘリから室内に飛び移ってきた。

 「隊長、お迎えに……あなたは!?」

 飛び移ってきた人物は、シュヴァル達と同い年くらいの、きりっとした顔にモデル体型の美青年だった。何でも屋の二人に顔を向け、特にシュヴァルの方を見てびっくりしている。

 「エフェル、お前も生きてたんだな」

 「はい。大佐殿も、ご無事なご様子ですね」

 エフェルと呼ばれた美青年は、一礼をする。

 「隊長、大佐殿もご一緒に?」

 「ん~、良い返事は貰えていないのですよね~」

 「そうですか……でしたら」

 エフェルは、シュヴァルとハウンドに一定の距離まで近づき、先ほどのヘリの中でやったように構え、刹那、一気に距離を縮め抜刀し斬り付けてきた。

 「っ!?」

 シュヴァルは、反応が遅れたが、ハウンドが咄嗟に間に入り、腰に携えていた小刀で受け止めた。

 「だんな!何ぼさっとしてるでい!」

 「す、すまん」

 「ほう、受け止められるとは思わなかった」

 「てめぇ、顔なじみみたいですけど、いきなりご挨拶が過ぎるんじゃねぇかい」

 「貴様には関係なかろう」

 「あぁ?」

 エフェルは、にらみ合いの状態を解き一旦距離を取る。

 「エフェル。いいのですよ」

 優しい口調で制する男。

 「しかし」

 「そんな事よりも、ここから早く離れましょう。まだまだ、やらないといけない事が沢山ありますからね」

 「……隊長がそう言うのであれば」

 警戒をしながら、後退していくエフェル。

 「ハイベル!行かせると思ってんのか!」

 シュヴァルは左手で拳銃を引き抜き、銃口をハイベルと呼んだ眼帯の男に向ける。と同時に、手榴弾が宙を舞っていた。

 「ぐっ!?」

 手榴弾が破裂し、強烈な光が辺りを包み込んだ。

 シュヴァルとハウンドは、咄嗟に顔を覆い、ハイベルとエフェルは、その隙にヘリに飛び乗る。

 「シュヴァル!また会えると良いですね!その時は、良いお返事を期待していますよ!あぁ、そうそう!貴方方が探している方は解放してありますから、心配はいりませんよ!」

 ハイベルは操縦士に合図を送り、ヘリは離れていく。

 何でも屋二人の目が治ってきた頃にはもう遅かった。窓の傍に寄り辺りを見回すと遠くの方にとても小さい姿が見えており、とてもじゃないが追いつける距離には無かった。

 「くそ!あいつ、まじで何考えてやがんだ!」

 「……」

 二人は、しばらくの間立ちすくんでいた。

 この空気の中、最初に口を開いたのはハウンドだった。

 「誰か来る前に、俺達もここから離れやしょうぜ」

 「……あぁ。そうだな」

 先ほどの事が騒ぎになっていた。人が慌ただしく往来しており、行きの時よりも人目を気にする事無く、楽にビルを出る事が出来た。

 外でも、野次馬が群がっているかと思いきや、顔を向けたりしている人がちらほらいるくらいで、中とは違い平和なものであった。流石は、この街の住民と言ったとこだろうか。

 ふと辺りを見渡すと、抱き合っている大人と子供が見えた。子供の方はエリーのようだ。

 「嘘はついて無かったみたいですぜ」

 「あぁ、みたいだな」

 ほっと胸をなでおろす二人は、親子に近づいていく。

 「あっ、シュヴァルさん!ハウンドさん!」

 何でも屋の二人の姿を確認して、エリーも近づいてくる。

 「あそこにいろって言ったのに、出てきちまったのか」

 シュヴァルは、笑みを浮かべて優しく諭した

 「ご、ごめんなさい」

 「いいさ。お父さん、無事で良かったな」

 「はい!お世話になりました!」

 「いや、俺達はなんにもやってないよ」

 「どうやら、だんなの事情に巻き込まれただけみたいですもんね~」

 「えっ?」

 「いや、こっちの話だ」

 ぎろりと睨まれて、さっと顔を背けるハウンド。

 エリーに遅れて、父親が近づいてきた。メガネをかけてにこやかにしている顔は、人の好さそうな優しげな感じが受け取れる。それゆえに、騙して利用出来そうとも二人は思った。

 「娘がお世話になったみたいで」

 「いや、俺達は本当に何もやってないんだ」

 「それでも、娘に手を差し伸べてくれた事に変わりありません。ありがとうございました」

 「……」

 シュヴァルは、頭を掻き、照れくさそうにしている。

 「あ、あなたの方は大丈夫だったんですか」

 「えっ?」

 父親に問いかけるが、きょとんとしている。

 「いや、何かされたとか」

 「いいえ。何かをされるとかは。むしろ、もてなされたと言いますか」

 「金の問題はどうなったんですかい?」

 今度はハウンドが質問をする。

 「それも、あの方々がなんとかしてくれるそうなんです」

 「そうですかい。そりゃ良かったですね」

 (くそっ、あいつ・・・)

 何から何まで、ハイベルの掌の上で踊っていたと思うと、怒りやら悔しさやら、色んな感情が混ざり、湧いてきて、やるせなくなってくる。

 (とにかく、今は帰って寝てぇな・・・)

 変に疲れた心身を休める為に、シュヴァル達は、帰ろうとする。

 「そんじゃ、俺達はこれで」

 「あっ、お金!」

 エリーが突然、叫ぶ。

 「んっ?」

 「依頼のお金!必ず払いますから」

 「あぁ、それな」

 シュヴァルは、懐から紙を取り出し、広げてエリーに手渡す。

 「実はこれにサインした人からは金を受け取れないんだ」

 「えっ、それって」

 「その紙の裏を見てくだせぇ」

 言われて、エリーは紙を裏返してみる。

 「……!」

 表の機械的に書かれた文字とは違う、明らかに手書きの字で、左下辺りに『この紙にサインをした依頼者からは金品やお礼の品等を受け取らない事を誓います シュヴァル・ブラッド』と、殴り書きされていた。

 「こ、これって!?」

 「そう言うこった。じゃあな」

 「で、でも」

 「貰える善意は貰っとくもんですぜ」

 「……」

 何でも屋の二人は、歩いて行く。少し進んでから後ろから声がかかる。

 「ありがとうございました!」

 エリーはお辞儀をして、続けて父親もお辞儀をした。

 二人は、振り返らずに片手を上げてそれに応えた。



 「あーあ、タダ働きかー」

 「お前なぁ。俺達、今回まじで何もやってねぇだろうが」

 帰路の途中、二人は先程の事を思い返していた。

 「まーそーなんですよねー」

 「はぁ。全部あいつの思い通りの展開だったとするなら、まじでむかつくぜ」

 「だんなの古い知り合いは、そんなに頭がいいんですかい?」

 「ああ。どこか抜けてるように見えて、しっかりと考えてる奴だ。何を企んでるやら」

 少しの沈黙が流れる。

 「……だんなは、あいつらと―――」

 「安心しろ」

 ぼそりと呟いたハウンドの言葉を、シュヴァルは食い気味に遮る。

 「あいつらに付いていく事はねぇよ。むしろ、今のこの生活を邪魔しようとするなら、容赦なくぶっ倒してやる」

 「……」

 一瞬、ハウンドの口元が緩むがすぐに戻し

 「心配なんかしちゃいやせんよ。むしろ、今のだんなの事を知ったら、あの時の言葉は無かった事にしてくれって言われるでしょうぜ」

 「あぁ!?どういう意味だそれ!」

 「そのまんまの意味でさぁ」

 さっきまで漂っていた重い空気が吹き飛んだように感じた。

 こうして、何でも屋の今日の仕事は、終わりを迎えたのだった。

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