ドラゴンと赤い蜘蛛の恋

@futami-i

長い長い舞台裏のはじまり

 他人ひとと比べてばかりの人生だった。

 と、爺様が言っていた。


 誰でも悩みがあるってことなのかな。

 爺様は明るくて気さくで俺の自慢の祖父だった。


 そんな爺様でさえ、誰かと自分を比べて悲嘆にしずむことがあったらしい。

 歳を取って衰えて、ロクに寝起きができなくなった頃に爺様が言った。


「おまえは勇者になれ」


 勇者? なにをわけのわからないことを?

 俺は英雄の血筋じゃないし、英雄になりたいとも思っていない。


 気の向くままに生きられたら満足できる、爺様のお孫さんだ。

 そんなふうに笑い飛ばしてやると、爺様は笑いさえせずに首を横に振った。


「血筋ではない、資格がなくても誰かが人の世を守らねばならないのだ」


「ふーん、だから俺に“悪魔”と戦えって?」


 爺様は日頃から悪魔について、俺に話を聞かせていた。

 1000年前の戦争に敗れた悪魔たちが今また人間の世界を狙っている、と。


 俺は爺様に連れられて実際に悪魔を見たことがある。

 爺様が剣と魔法で悪魔を倒すところを見たこともある。


 だから悪魔の存在が与太話ではないことを知っていた。

 遺言だと思って、願いをかなえてやるのもやぶさかではないんだが……


「悪魔と戦うのではない、勇者は人の世の未来を勝ち取るために戦うのだ」


 寝たきりの爺様は俺をまっすぐに見て言う。


「勇者とは光、暗愚あんぐに沈んだ人の世を照らす光なのだ」


 その光になれと、爺様は告げる。

 しわくちゃの顔をもっとしわくちゃにして爺様は死の間際に笑ってみせた。


「おまえならなれる、人を想い、人を導く、真の勇者に……」


 爺様はそれきり、何も言わなくなった。

 俺は爺様の墓を作って、小さな村から世界をめぐる旅に出た。


 心無い罵倒を聞き流し、あざけりの言葉を笑い飛ばし。

 できるはずがないと自虐する自らの弱さに、決して負けないと俺は誓う。


 爺様がよく言っていた。

 世界を変える者は自らが世界を変えられると信じる者だけなのだ、と。


 俺は単純な性格でね。

 信じてみて、失敗したり裏切られたりすればいい経験になると思っている。


 だから俺は爺様の言葉を信じる。

 ウソかまことかは知らないが、俺は勇者の名を名乗る。


 1000年前の神話の登場人物じゃない、昨今の戦争の大英雄でもない。

 青紫の血をひくと評判の伝説の勇者の血族でもない。


 光の勇者……俺は俺の信念で世界を変える光になる。

 信念って? そりゃもう人助けさ!


 勧善懲悪、悪そうなやつらをぶっ飛ばし、困っている人に手を差し伸べる。

 間違いだらけで矛盾に満ちて、失敗だらけで偏見に満ちた俺の理想だ。


 ふふっ、かっこいいだろ?


 ――その理想がすべてのはじまり。

 良くも悪くも世界を変える“俺たち”の旅のはじまりだった。

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