ドラゴンと赤い蜘蛛の物語

@futami-i

とても忙しいひとのために

ドラゴンと赤い蜘蛛の物語 全話ダイジェスト版【読んでね♪】

 大魔王が戦争で負けたのは、ご都合主義だった。


 理由は簡単で、竜が私の邪魔をしたからだ。

 私も、焼き討たれた隠れ里が、竜のお住まいだとは知らず……


「私がおまえを殺す女だ、大魔王にすべてを奪われた、竜の女だ!」


 復讐者に出会った私は、アッサリとやられてしまった。


 大魔王が死んでも戦争は終わらない。

 人族は竜の強さを怖れて、殺そうとしたのだ。


「死んだ大魔王の血を使って、最強の生物兵器を作ろう!」


 混血の生物兵器――人はソレを“勇者”と呼んだ。


 それが神話の失敗あやまち

 最後にして最大の失敗あやまちだ。

 勇者は、生きる者を無差別に殺し始めたのだ。


 暴走を止める者は誰もいない。

 神話に生きる者は、みな、殺されてしまった。


 死の大地は、神話ラグナロックの結末だ。

 それをみとめない者がいる。死んだ竜王の魂だ。


「大魔王、キミは未来へ行け。行って、未来の歴史を変えろ」


 温和な私は、竜王の良識を疑った。


 彼は未来へのタイムリープを望み、タイムパラドックスを起こせと告げている。

 竜王は世界を救うためだと、笑顔で言う。


「大魔王よ! 僕とキミで、未来の牙城に挑戦しよう!」


 …………………………………………

 ………………………………

 ……………………

 …………


 私は未来で、竜王の生まれ変わりを見つけた。


 情けなく、カッコつけで、力のない若者だった。

 彼が、未来に生きる悪魔と戦い、成長していくのだ。


 魔界で魔王と競い、人間の世界で王様を決める大陸横断レースに参加する。

 神々の陰謀さえ打ち砕くのだから、世の中は見た目ではない。


「この俺こそは、大魔王になる男だ」陰気な悪魔が言った。


「俺がッ! 人の世のヒーローになる男さッ!」天真爛漫な王子が言った。


「僕は誰になるべきかなあ。みんなが、あらそいを続ける世界で」


 竜王の少年が迷う時に、私は返す言葉を持たなかった。


 人生の答えは自分で見つけるしかない。

 横やりで、少年の道を邪魔したくなかったのだ。

 

【竜王】とは、竜族を統べる王者だ。

 魔王や人の王子が覇を唱える世界で、竜王の知名度は無い。

 竜族が、歴史から失われた種族だからだ。


「悪魔が勝てば、人は死に、弱い悪魔は駆逐くちくされる」


「人が勝てば、悪魔は死に、強い悪魔が地にもぐる」


「竜が勝てば、人も悪魔も力を失い、偽りの理想郷がそこに生まれる」


 救いのない話だ。

 少年は、王者として前に進み、表舞台に立つことを決める。


「行こう、僕たちが、真の王者チャンピオンになりにいくぞ!」


 任されよう! 私はその背を押すことに決めたのだ!


 私は、少年が大好きになっていた。


 魔王を打ち負かし、英雄像を蹴散らし、王の高みにのぼりつめる。

 しりぞくことをしない戦いにこそ、私は少年が願う“夢”の在り処を見た。


 これが“未来”なら、神話の破滅にも、きっと意味があったのだ。


「さよならだ。星の瞳の竜王……私のたったひとりの友達よ」


 素晴らしい未来に満足した私は、死者として過去に戻ると決めた。


 うら寂しく、されど清涼な死の大地こそが、私の終わるべき場所なのだ。

 そこには歴史の変革をもくろむ、古い神々の陰謀があった。


 神々は暴走した“勇者”を使って、新しい時間軸を創り出そうとしたのだ。

 今、大魔王の前には、神々と従僕たる獣が群れている。


 私が言えた義理ではないのだが、言わせてもらおう。

 古き者は古き時代に滅びるのがさだめ、未来をじゃまする権利は誰にもない。


 彼らには、私に出会った不幸を呪ってもらおう。


「狂っている。魔王よ。おまえは、小人の情にほだされて、神話を閉ざすのか?」


 神々の嘲笑は、私の耳には届かない。

 私にはわかっていた。時渡りの秘術を持つ“友”が、世界の危機を放っておくはずがないと。


 不都合な奇跡を察した神々が、身を震わせる。


「来たよー、大魔王」


 勝ち戦だと信じていた神々が、血相を変えた。

 白く透明に近い素肌をして、星屑のような爪とちょうの翼を持つ竜が、美しくも雄々しいすがたをあらわにしたのだ。


 翡翠と群青と、二色ふたいろまなこが見目うるわしい、竜王の少年だ。

 その威風に神々と獣でさえ、畏敬を知ってひざまずいた。


「なあ大魔王、あれを倒せば、いいんだろ?」


 竜王の少年はひとりではない。


 陰気な悪魔が、天真爛漫な王子が、少年の仲間の竜が、そこにいる。

 彼らは竜王と同じ景色を見て、戦場に降り立ち、神々と対峙する。


 神々が苛立ちをうめく。獣が客人に気づき、怒りの咆哮をとどろかせた。


 弱い者なら失神している壮絶な敵意のさなか、誰ひとり怯まない。


「さあ、大魔王!」


 竜王の少年は、いつかに聞いたようなことを言うのだ。


「僕たちみんなで、世界の牙城に挑戦しよう!」


 獣は殺戮さつりくを求めて、よだれを垂らしながら駆けだした。

 獣のすがたはおそろしく、竜王の巨体よりも強大な身体を持つ個体もいた。

 圧倒的な物量は言うにおよばず、だ。


 悪魔は魔剣を、王子は聖剣を、竜王の仲間は、すべての力を使って、神々に戦いを挑む。彼らは戦意高く、倒すべき敵に向かった。


 頭の狂った勇者が呪いの剣を振りかざしたが、竜王の少年は煌めく魔法陣のシールドによって防ぐ。少年は反対にシールドを押し返す形で、勇者を魔法陣の内側に縛り付け、完全に自由を奪った。


 私は大魔王として、魔剣を抜き放った。最後を決するのは、神話の時代に生きた私の役目だと、竜王の少年が無言で私に伝えていたからだ。

 魔法陣に縛り付けられた勇者の怒りを聞きながら……私は笑った。


 この戦いは神話を生きる者にとって、あるはずのない分岐点となる。


 その是非を問うのは、吟遊詩人語り部にでも任せるとしよう。


 ◆◆◆


 かくして、神々は倒され、世界に平穏がもたらされた。


 神々と獣が四散した荒野の墓標は幻想のように消えつつある。

 タイムパラドックスの結果、あるべき因果と歴史の修正作用だ。


 別れの時が来た。

 この世の全ての物語には、終わりがあるものだ。


 永遠の別れを前に、私は敬愛する友に言う。


「見たか友よ、私は神殺しを成し遂げたのだ!」


 友は気まずそうにはにかみ、私の武勇をゆかいに茶化してくれた。


 『それをやったのは、ほとんど僕だよね?』

 ――と、正直に言わない慎ましさが、この少年の良いところだ。


 彼には本当に世話になった。

 大魔王として、彼の功績に報いなければ。


 私はせめてもの手向けに、冗談を言う。


「望みはあるか? 次に会うことがあれば、何なりとかなえてやろう」


「無理な話さ! かなうなら、まさにタイムパラドックスだろうね!」


 ならば勝手に決めよう。


 草花一本生えない不毛の荒野は、緑の大地へと再生を始めていた。

 神々が倒れた今、生まれ変わる世界は誰の所有物でもない。

 されど私は大魔王だ。傍若無人ぼうじゃくぶじんな大魔王なのだ。


 これくらいは言ってもいいさ。


「世界の半分をおまえにやろう。おまえは、私と国盗り合戦をするのだ」


「要 ら な い よ ! キミとの旅はもうこりごりだ!」


 友は悲鳴を上げた。

 苦情なんて知った話ではない。


「いいや、いいや、私とおまえで世界の奪い合いをするのだ!」


 無茶ぶりを聞く少年を助けようとする者は、誰もいなかった。


 世界を救う旅をした後で……それが最初、誰の歩みが始まりだったのか。

 少年を笑う仲間たちは知っている。もちろん、この私も。


 幻想の粒子と消えゆく古い世界と呪いの大地。

 浄化されて生まれ変わる緑の星が、私たちの別れに美しい華を添える。


 さよならの言葉は、きっと、必要ではない。


「またな、竜王……私の愛した少年よ」


 英雄よ。

 私の愛した、幻想現実だ。

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