竜王フィフスと赤い蜘蛛の恋~気ままな生活冒険物語~

@futami-i

とても忙しいひとのために

【全話ダイジェスト版・3000文字】竜王フィフスと赤い蜘蛛の恋【読んでね♪】

 ひとのつみをゆるさず、ゆえに誰もがけっしてゆるされない。

 いかる者がばつをあたえあうだけの救えない戦争があった。


 それが神話の記録に残る人間と悪魔の戦争だ。

 

 長い戦いにつかれて大魔王は残念ながら負けてしまった。


 負けた原因は簡単で、竜が私の邪魔をしたからだ。

 私もまさか、部下が焼いた隠れ里が竜のお住まいとは知らず……


「私がおまえを殺す女だ、大魔王にすべてを奪われた、竜の女だ!」


 私は復讐者にアッサリとやられてしまった。


 大魔王が死んでも戦争は終わらない。

 人族は竜の強さを怖れて、殺そうとしたのだ。


「死んだ大魔王の血を使って、最強の生物兵器を作ろう!」


 混血の生物兵器――人はソレを“勇者”と呼んだ。


 それが神話の失敗あやまち

 最後にして最大の失敗あやまちだ。

 勇者は、生きる者を無差別に殺し始めた。


 暴走を止める者は誰もいない。

 神話に生きる者は、みな、殺されてしまった。


 死の大地は神話ラグナロックの結末だ。

 しかし、それをみとめない者がいる。死んだ竜王の魂だ。


「大魔王、キミは未来へ行け。行って、未来の歴史を変えろ」


 温和な私は、竜王の良識を疑った。


 彼は私にタイムパラドックスを起こせと告げている。

 世が世なら時間犯罪の無茶ぶりである。

 竜王は世界を救うためだと、笑ってのける。


「大魔王よ! 僕とキミで、世界の牙城に挑戦しよう!」


 …………………………………………

 ………………………………

 ……………………

 …………


 私は未来で竜王の生まれ変わりを見つけた。


 情けなく、カッコつけで、力のない若者だった。

 彼が戦い、成長していくのだ。


 魔界で魔王と競い、人間の世界で王様を決める大陸横断レースに参加する。

 やがて神々の陰謀さえ打ち砕くのだから、世の中は見た目ではない。


「この俺こそは大魔王になる男だ」陰気な悪魔が言った。


「俺がッ! 人の世のヒーローになる男さッ!」天真爛漫な戦士が言った。


「僕は誰になるべきかなあ。みんながあらそいを続ける世界で」


 竜王の少年が迷う時、私は返す言葉を持たなかった。


 人生の答えは自分で見つけるしかない。

 横やりで少年の道を邪魔したくなかったのだ。

 

【竜王】とは竜族を統べる王者だ。

 魔王や人の王子が覇を唱える世界で竜王の知名度は無い。

 竜族が歴史から失われた種族だからだ。


「悪魔が勝てば人は死に、弱い悪魔は駆逐くちくされる」


「人が勝てば悪魔は死に、強い悪魔が地にもぐる」


「竜が勝てば人も悪魔も力を失い、偽りの理想郷がそこに生まれる」


 救いのない話だ。

 それでも少年は王者として前に進み、表舞台に立つことを決める。


「行こう、僕たちが真の王者チャンピオンになりにいくぞ!」


 任されよう! 私はその背を押すことに決めたのだ!


 私は少年が大好きになっていた。


 新たな大魔王を打ち負かし、次代のヒーローを蹴散らし、王の高みにのぼりつめる。

 しりぞくことをしない戦いにこそ、私は少年が願う“夢”の在り処を見た。


 これが“未来”なら、神話の破滅にもきっと意味があったのだ。


「さよならだ。星の瞳の竜王……私のたったひとりの友達よ」


 素晴らしい未来に満足した私は死者として過去に戻ることを決めた。


 うら寂しく、されど清涼な死の大地こそが私の終わるべき居場所なのだ。

 そこには歴史の変革をもくろむ古い神々の陰謀があった。


 神々は暴走した“勇者”を使って新しい時間軸を創り出そうとしていた。

 今、大魔王の前には、神々と従僕たる獣が群れている。


 言えた義理ではないのだが、言わせてもらおう。

 古き者は古き時代に滅びるがさだめ、未来をじゃまする権利は誰にもない。


 古錆ふるさびた老骨ろうこつには私と出会った不幸を呪ってもらおう。


「狂っている。魔王よ。おまえは小人の情にほだされて、神話を閉ざすのか?」


 嘲笑する神々の言葉は私の耳には届かない。

 私にはわかっていた。時渡りの秘術を持つ竜王と生まれ変わりである“友”が、世界の危機を放っておくはずがないと。


「来たよ、大魔王」


 神々がおそれ身をふるわせる。

 白く透明に近い素肌をして、星屑のような爪とちょうの翼を持つ竜が、美しくも雄々しいすがたをあらわにしたからだ。


 翡翠と群青と二色ふたいろまなこが見目うるわしい、竜王の少年だ。

 その威風には神々と獣でさえ、畏敬を知ってひざまずく。


「あれを倒せばいいんだろ?」


 竜王の少年はひとりではない。


 陰気な悪魔が、天真爛漫な戦士が、仲間の竜が、そこにいる。

 彼らは戦場に降り立ち、神々と対峙する。


 神々が苛立ちをうめく。獣が客人に気づき、怒りの咆哮をとどろかせた。


 弱い者なら失神している壮絶な敵意のさなか、誰ひとり怯まない。


「いくぞ、大魔王!」


 竜王の少年はいつの日か聞いたように私を激励げきれいする。


「僕たちみんなで、この世の終わりに挑戦しよう!」


 獣は殺戮さつりくを求めて、よだれを垂らしながら駆けだした。

 獣のすがたはおそろしく、竜王の巨体よりも強大な身体を持つ個体もいた。

 圧倒的な物量は言うにおよばず。


 悪魔は魔剣を、戦士は聖剣を、竜王の仲間はすべての力を使って神々に戦いを挑む。


 頭の狂った勇者が呪いの剣を振りかざしたが、竜王の少年は煌めく魔法陣のシールドによって防ぐ。少年は反対にシールドを押し返す形で、勇者を魔法陣の内側に縛り付け、完全に自由を奪った。


 私は大魔王として魔剣を抜き放った。最後を決するのは神話の時代に生きた私の役目だと、竜王の少年が無言で私に伝えていたからだ。

 魔法陣に縛り付けられた勇者の怒りを聞きながら……私は笑った。


 この戦いは神話を生きるすべての者にとって、あるはずのない分岐点となる。


 その是非を問うのは吟遊詩人語り部にでも任せるとしよう。


 ◆◆◆


 かくして、神々は倒され、世界に平穏がもたらされた。


 神々と獣が四散した荒野の墓標は幻想のように消えつつある。

 タイムパラドックスの結果、あるべき因果と歴史の修正作用だ。


 別れの時が来た。

 この世の全ての物語には終わりがあるものだ。


 永遠の別れを前に私は敬愛する友に言う。


「見たか友よ、私は神殺しを成し遂げたのだ!」


 友は気まずそうにはにかみ、私の武勇をゆかいに茶化してくれた。


 『それをやったのは、ほとんど僕だよね?』

 ――と、正直に言わない慎ましさが彼の良いところだ。


 彼には本当に世話になった。

 私も彼の功績に報いなければ。


 私はせめてもの手向けにと冗談を言う。


「望みはあるか? 次に会うことがあれば、何なりとかなえてやろう」


「無理な話さ! かなうなら、まさにタイムパラドックスだろうね!」


 ならば勝手に決めよう。


 草花一本生えない不毛の荒野は緑の大地へと再生を始めていた。

 神々が倒れた今、生まれ変わる世界は誰の所有物でもない。

 されど私は大魔王だ。傍若無人ぼうじゃくぶじんな大魔王なのだ。


 これくらいは言ってもいいさ。


「世界の半分をおまえにやろう。おまえは、私と国盗り合戦をするのだ」


「要 ら な い よ ! キミとの冒険物語はもうこりごりだ!」


 友は悲鳴を上げた。

 苦情なんて知った話ではない。


「いいや、いいや、私とおまえで世界の奪い合いをするのだ!」


 無茶ぶりを聞く少年を助けようとする者は、誰もいなかった。


 世界を救う旅をした後で……それが最初、誰の歩みが始まりだったのか。

 少年を笑う仲間たちは知っている。もちろん、この私も。


 幻想の粒子と消えゆく古い世界と呪いの大地。

 浄化されて生まれ変わる緑の星が、私たちの別れに美しい華を添える。


 さよならの言葉は、きっと必要ではない。


「またな、竜王……私の愛した英雄よ」


 私のたったひとりの友達。

 夢より愛した現実よ。

 ――約束だ。

 かならずいつか、魔王わたしの城でまた会おう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る