第57話 再会、氷の国で
鉄道の終点にたどり着いた僕たちは駅から出てしばらくの距離を歩いた。
ふたつの月の光を反射してキラキラと輝くのは、白い雪だ。
“雪”か……本来の僕なら知ることのなかった知識だね。
僕が育った村は温暖な地域で、冬が来ても、雪が降ることはなかった。
だけど竜の記憶で、僕はこの銀色の景色が
知ることのないものを知っているというのは、なんとも不思議な気分だな。
諸国を旅していたメモリアは雪を見たことがあるらしい。
魔界住まいのエミリーに至っては、言うまでもない。
白銀の世界に足を踏み入れた僕らは、やがて氷の建造物で彩られた町にたどり着いた。
プリンセスメイリーが統治する城下町なのだと、エミリーが教えてくれる。
「寒々しい銀世界ですが、ふたりとも平気ですか?」
「僕は平気だよ。僕は竜だからね。ちょっとやそっとの寒暖差は平気さ」
軽装の僕は一見して寒々しくあるけれど、その点は大丈夫。
なにせ僕は竜だからね。
その本当の身体は強靭な鱗と血肉に守られている。
少し寂しいけれど、やっぱり人間とは違うんだなって、こういう時に思うよ。
しかしその点で、勇者とはいえ人間であるメモリアの表情は明るくない。
「私も平気よ。勇者だもの」
「いいえ、メモリア。無理は禁物よ。あなたは私やフィフスくんと違って竜ではないのだから、しっかりと防寒具を身に着けて、身体を大切にしなくてはね?」
「むっ、子ども扱いして……」
メモリアが不服そうに頬をふくらませる。
お姉さん風を吹かせるエミリーに反抗しているのかな?
あはは、それは僕としては微笑ましくておもしろい気持ちになるね。
エミリーはなんだかんだと、妹であるメモリアのことを大切に想っているようだ。
もともとは殺し合いになりそうな不仲だったのにね、やっぱりこっちが本心なのかな。
兄弟にしろ姉妹にしろ、家族ってのはいいものだよね。
すれ違いで苦しむことがあっても、血のつながりは変わらない。
いや、血のつながりがなくったって、家族はいつだって人の心の支えになるんだ。
メモリアはしぶしぶといった表情でエミリーから追加の防寒着を受け取る。
その様子を僕が笑顔で見守っていると、メモリアが僕をにらみ返してきた。
「……なに? フィフスもやせ我慢をしていないで、防寒着をもらったら?」
「僕は平気さ。本当に平気だ。準備が整ったら、プリンセスのお城を目指そう」
メモリアの不機嫌を受け流して、僕は遠くに見える氷のお城を見上げた。
透き通る氷によって建造されたその城は、幻想的でとても美しい。
寒々しいという意味では、あまり実用的な建造物ではないのかもしれないけどね。
まあ、その点は玉座の間を公園の噴水広場みたいにしていたルユインも同じかな。
魔王様ともなれば、周りのみなさんに対する見栄があるんだろうさ。
もちろん銀世界に氷のお城という組み合わせは、絵になるから僕は嫌いじゃないよ。
そんな感想を抱きながら視線を落とすと、僕は行く道に道化の子どもたちをみつけた。
ピエロ姿の、双子の悪魔。
バットとドット……だったかな?
警戒しても仕方がないので、僕は気兼ねなくあいさつをする。
「こんにちは。また会ったね。ふたりとも」
バットとドット。
双子の悪魔はそれぞれがニコリと笑ってくれた。
「来てくれたんだね。竜のおにーさん」
「待っていたんだよ。勇者のおねーさん」
ふたりでひとつ。
みたいな感じでバットとドットが僕たちに手を振る。
でも二人一役みたいな話し方を相手にするのは疲れるよね……
そんなふうに僕が失礼な感想を抱いていると。
まるでそんな僕の思いを見透かしたかのように、バットとドットが大いに笑った。
彼らは顔を見合わせて、平手と平手を正面から合わせる。
「僕はバット」
「僕はドット」
ふたりのすがたが淡い輝きに包まれていく。
僕らはその様子をながめている。
そしてバットとドットは示し合わせたように言ったんだ。
「「ふたりあわせて~」」
悪魔合体!
――とでもいうべきかな?
淡い輝きが晴れた時、そこにはひとりの少年がいた。
栗色の髪に、金色の瞳。
なんというか若干と目つきが悪いのがチャームポイントだね。
相変わらず
不愛想な顔をしている少年はこんなふうに名乗った。
「猟犬バルトだよ。覚えなくていい」
「猟犬?」
「悪魔には本当の姿があるんだ。おにーさんが竜になれるみたいに、さ」
さっきまでの道化笑いがウソみたいに、バルトはクールな物言いで答えてくれた。
しかし猟犬、猟犬か! それはいかにもカッコよくて強そうだね。
バルト少年は僕ら三人をそれぞれ見回して、言った。
「ようこそ。氷の国へ。お城まで僕が案内するよ。ついてきて。はぐれないように」
言うなり、バルトはきびすを返してすたこらさっさと歩き出した。
なんというべきか、事務的な少年だね。口数が少ない感じだ。
ひょっとして分身している時と、合体している時とでは性格が違うのかな?
お城までの道中で僕がその旨をたずねてみると、バルトは気にしない素振りで教えてくれた。
「性格? ああ、よく言われるよ。合体していると愛想がないから、プリンセスにはずっと分身してろって言われるんだ」
「あはは……それは辛辣だね……」
「冗談さ。プリンセスは優しいよ。僕みたいなはぐれ者を手元に置いてくれるんだから」
プリンセスメイリーの話をする時、バルトの表情は少しだけほころんで見えた。
従者に好かれる魔王候補か。
誰であれ、自分の主君に一定の敬意を持つのはあたりまえなのかもしれないけど。
プリンセスと面識のない僕としては、その評価を確かめたくなってしまうね。
「へえ、プリンセスメイリーは優しい悪魔なのかい?」
「まあね。でも怒らせると怖いから、無礼がないように頼むよ。そうしてくれると、ご機嫌取りをしなくてすむから、僕が助かる」
「は、ははは……」
うーむ、ご機嫌取りっていう言葉に本心が出ている気がするね。
優しいけど、気分屋で、人を引っ張りまわすタイプの悪魔なのかな?
僕は正直言って、そういう相手が苦手だから、先行きは少し不安だ。
そうして雑談をしているうちに、僕らは氷のお城の門前にたどり着いた。
メモリアがその美しさに魅入られて、「はー」と、ため息をこぼす。
エミリーは気にもせずに月を見ていた。マイペースなやつだよ、まったく。
そしてバルトに連れられて先頭に立つ僕はというと……
お城の門前に立つ、門番……のような誰かに邪魔をされて、やむなく立ち止まった。
マスクで顔を隠した紺色のコート姿の門番だ。
寒々しい銀世界でありながら、その誰かさんはやや薄着の装いをしている。
「おーや、おや、お客様が三名も。見たところ、そろいもそろって、おのぼりさんね。プリンセスメイリーへの謁見がお望みかしら?」
威風堂々と腕組みをしている門番を、バルトがジト目で見ている。
「なにやってんの?」とでも言いたげなバルト少年だね。
僕は彼の塩対応から、その相手が本来の職務での門番ではないのだと察する。
メモリアがめんどくさそうに舌打ちしている。
エミリーはお空の星の数を数えていた。超ヒマそうだな、キミ。
しかし、というか……この声を、僕はどこかで聞いたことがあるような……
「残念ながら、プリンセスは留守よ。ごめんなさい。ここを通すことはできないわ」
「あの……」
「ああ、言わないで! 王城の留守を預かった私様のこの目が黒い内は! たとえ誰が相手でも、この職務を投げ出すことはできないのよ!」
ちなみにマスク越しに見える相手の目の色は“青”だったよ。
「さいですか」
仕方ないので僕は黙った。
言葉に困ってハイテンションな門番も黙った。
「…………」
「…………」
「えっと……」
「どうしてそこで意思疎通を諦めるのかしら! ぷんすかぷーん!」
「いやいや、そんな無茶な……」
「ああ、通って良いよ。僕が許すから。そこの変なお姉さんは気にしないで」
塩対応を極めるバルトがマスクド門番の横合いを通り過ぎる。
メモリアとエミリーは何事もなかったかのようにバルトの背中につづいた。
僕も正当なお客様としてその後ろにつづこうとして……
「ぷんすかぷーん……」
しかし、さすがにこのまま門番さんを無視するのは可哀想だな。
僕は門番さんの前で立ち止まった。
誰に相手をされずとも、僕には最初から“彼女”が誰なのかわかっていたよ。
そうして、すっかりいじけているマスクド門番の、マスクを……
僕はひょいと取り外して、合間持たせに笑っておいた。
「なにやってんのさ。モルガン」
青い瞳に銀の長い髪のお姉さん。
白い潮騒(しおさい)竜のモルガンは、「たはは」と笑って照れ照れと頬をかいた。
あざとい仕草だけど、久しぶりに会ったガールフレンドの笑顔で僕は幸せな気分になる。
「このバカップルども……」なーんて、メモリアのやっかみが遠巻きに聞こえてきたけど、気にしない。気にしない。陰鬱な世界には、癒しが必要なんだよ。ホントにね。
これまでの話に魔界の話にと、積もる話題は山のようにあるけれど……
とりあえず。
「ねえ、モルガン。僕はキミの話が聞きたいな」
僕はモルガンの手を引いてバルトの後ろに続いた。
銀世界に氷のお城。
約束した海は今は遠く見えないけれど……
謁見の間にたどりつくまでの少しの間に。
僕とモルガンはそれぞれの旅路を懐かしく語り合った。
氷の国に、プリンセスメイリー。
この閉ざされた魔界の情勢と……
そして、これからはじまる大きな戦いの話を。
少しだけ、少しだけ。
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