夜の少年②
「こんばんは」
「……どーも」
こっそり部屋を抜け出して、また来てしまった。ロイは疲れているのだろう、ぐっすり眠りについていたし気づかれることは無いはずだ。
昨日のように草の上へ座り込むと、足がずきりと痛む。思わず、小さくうめき声が漏れた。
「何してんの」
「ん、いや……なんか足が痛くて」
違和感とともに、ズボンの裾を捲る。
「……うわ」
見えづらいが、一文字を書くように薄く肌が切れていた。通り抜ける際に草や枝で切ってしまったのだろうか。気付いた途端にじんとした痛みが響いて、顔を顰める。僅かに滲んだ赤が痛々しい。
「なに」
「ちょっと怪我してて。どこかで切っちゃったかな」
「……はあ、見せて」
「え、でも……」
「『痛い』って隣で騒がれても迷惑だから、早く」
「はい……」
情けない。彼の前に足を置くと、少年はそこへ手をかざした。
なんだろう、と思った矢先──淡い光が集まっていく。暗がりの中、薄明がぼんやり俺たちを照らした。その神々しさに目を奪われていると、みるみるうちに収まっていき──とうとう消えてしまう。しかし、代わるようにまっさらな肌が現れた。まるで怪我など最初から無かったかのように。痛みも嘘のように消えていた。
「うわあ、すげ……!!」
興奮から声を上げると、呆れた声が返ってくる。
「……別に。光魔法使えるならこれくらいの治癒魔法は簡単だし」
「そっか、光魔法が得意なんだ。うわあ、マジですご……、ありがとう!」
「大袈裟すぎ」
大袈裟と言うが、回復魔法なんてなかなか凄いものだと思う。光魔法に属するものだとは言うが、これ単体でスキルとしてあっても良いくらいには強力だろう。他の属性の魔法はやはりどれほど高度でも、大抵が攻撃であり回復は類を見ないらしい。
「俺は冒険者なんだけどさ、小さい傷が命取りだったりするから。本当に助かったよ」
「はっ!?」
「うわっ」
珍しい大声に、肩が跳ねる。
「冒険者!? アンタが!?」
「え、まあ……そうだよ。はは、見えないかもしれないけど」
「見えないも、何も。だってアンタ――」
そこまで言いかけて、ふと彼は言葉を途切れさせた。何を言おうとしたのだろうか。沈黙が満ちる。目を瞬かせて続きを待っていると、彼は視線を伏せて呟いた。
「…………普通の人間より数倍鈍臭そうだし」
「言葉選ぼうとしてそれしか出てこなかった?」
だとしたら選べてない。
「……アンタ、冒険者としてちゃんとできてるの」
「ん、うーん、まあまあかな。一緒に冒険してくれてる仲間には全然劣るけど……それでも、うん、そうだな。依頼はなんとかこなせてるし、なにより……」
なにより。
「毎日すっごく楽しいし、俺は冒険者になれて良かったと思ってるよ」
ぽかん、と呆けた顔。……なにか、妙なことを口走ってしまっただろうか。
「……あれ、変なこと言った?」
「……別に。いつもおどおどしてるのに、なんか……いきなり生き生きしだしたから、驚いただけ」
「……俺そんなに情けない感じ?」
「へえ、自覚無いんだ」
う。胸にグサリと言葉が刺さる。
……そろそろいい時間だ。彼に魔力も使わせて疲れさせてしまっただろうし、お暇するとしよう。
すたりと立って、笑いかけた。
「また明日」
「……飽きないね、アンタも」
「綺麗な場所だし、一緒にお喋りできるの楽しいから! じゃ、またね!」
好意をあからさまに伝えるのに勇気が要らなかったと言えば嘘になる。ただ、夜の闇は俺の顔に集まった熱など覆い隠してくれるだろうと、そう思ったのだ。
言い終わると共にすぐに穴へ潜り込む。彼の表情は、見れなかった。
だが──淡い期待は、裏切られた。
その次の晩、彼は姿を見せなかったのだ。
「……元気が無いように見えるが。体調でも悪いか?」
日中。採集の任務の最中、ぼう、と意識を飛ばしてしまっていた。覗き込んできたロイに、慌てて言葉を返す。
「あ、いや全然! 元気いっぱいだから気にしないで!!」
「なら、いいが……無理はするな」
うん。
発した声は、情けない響きだった。
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