王都・因縁

王都にて・因縁

「……王都なら、ここよりも広い。手がかりはあるかもしれない」


 依頼をこなし、日を重ねど。元の世界へ帰る手がかりは、未だ見つからず。書物を読んでも、難しいことばかりで理解もできない。

 頭を抱えた俺に、ロイからされた提案。二つ返事で俺たちは王都へと向かった。



「広い!!」


「っふふ、ああ。街よりもずっとな」


 街も賑わっていたが、王都はその比ではない。人口密度は高いし、高い建物も建っている。あそこにあるのは教会だろうか。

 興奮で胸が高鳴る。手がかりを探すのはもちろんだけれど──探索がしてみたい!


「それじゃあ、とりあえず書物でも探しに──」


 ロイにつられ、一歩を踏み出した瞬間だった。


「痛っ!! ……す、すみま──」


「テメェ、ロイか」


 低い声。痛みに気を取られる間もなく、顔を上げる。彫りの深い、顔に傷のある男性。俺に目をくれることもせずに、ロイを睨みつけていた。


 ただごとではない。瞬時に察する。彼は──きっと、ロイのかつてのパーティメンバーなのだと。


「……久々だな、ロイ」


「……ああ」


 忌々しげに友人を睨む男性は唸るように言葉を発した。今にも殴りかかってきそうだと思ってしまうほど、荒々しい怒りが瞳に滲んでいる。


 口を挟んでは、いけないのだ。事情を何も知らない俺が、首を突っ込んでしまえばもっと事が拗れるだろうから。


「よくものうのうとここに戻って来れたもんだ」


「……すまない」


「二度とその面見せるなって言ったはずだが、お前そこまで頭悪かったか?」


 真っ直ぐ面と向かって言葉を受け止めるロイは、俺よりもずっと立派だ。それに、比べて。発される罵詈雑言ひとつひとつに怒りが沸き上がり、顔を伏せていなければ不快感を顕にしてしまう俺はなんて至らない人間なのだろう。固く握った手の内で、爪が食い込み痛みが走った。


 言い返してしまえば、おしまいだ。事を荒立てないためには、ロイに迷惑をかけないためには静かにしているのが最善なのだ。


「ああ、まあ役立たずってことも理解してなかったもんなぁ。お前さ、いい加減冒険者辞めろよ。お前なんかが続けたところで誰の役にも立て――」


 ああ、だけど。


「いい加減に、してください」


 優しい友人が侮辱されても黙っていることが大人だというなら、俺は未熟な人間でもいい。


「……なんだ? お前、コイツのなんなんだよ」


 怪訝な表情でそう言う彼に、緊張で肩を強ばらせながら俺は口を開いた。堂々と――していたようには見えないかもしれないが、しっかり目線を合わせて、決して逸らさないように。


「俺はロイの友人です。それに、一緒にパーティを組んでいる仲間です。……だから、彼を侮辱するような言葉は聞き捨てならないんです。やめてください」


 そうだ。彼がどんな気持ちで冒険者になったか、それを知った上で『誰の役にも立てない』などと言おうとしたのか。もしそうならば神経を疑う。そうでなくとも、平然と人を傷つける言葉を吐ける人間性に嫌気が差した。

 もしかしたら、その言葉の裏には俺には計り知れない事情があるのかもしれない。だからって黙っていられるわけがないのだ。


 ぽかんと数秒、目を丸くして俺を見下ろす。しかしすぐに口角を吊り上げ、嘲笑の声を上げ始めた。


「っは、はは! おい、なんの冗談だよ!!」


「冗談って、なにが――」


「一般人かパシリかと思ったら仲間だと!? っく、ああ、なんだよロイ、お前気の毒だなぁ!? ろくに組む相手も選べなかったのか!」


 息を飲んだ。向けられた悪意に、目を丸くする。


「パッとしねえ奴だな。なあ、お前どんなスキルが使えるんだ? 魔力はどれくらいなんだよ、教えてくれよ! はは、『鑑定』が使えりゃ良かったぜ!」


「っ、それは……」


「ほんっと傑作だ! てめえもなんだかんだ自分より下のやつを見下して悦に浸ってるんじゃねえのか──」


「いい加減にしろ。クロルド」


 俺は一瞬、それが一体誰の声なのかわからなかった。だって地を這うようなその声は、平生の確かに優しさの滲むそれとは全く違っていて。


「ユウトに近付くな」


 呼ばれた名と、後ろから腰を強く引かれたことで、俺はようやくロイが発したのだと理解したのだ。



「以前迷惑をかけたことは申し訳ないと思っている。関わるつもりも毛頭無い。だが、それ以上ユウトを侮辱するのなら――」


 俺はお前を、許せなくなる。


 紅い瞳は、燃える炎のようだった。


 忌々しげに舌打ちをして、踵を返し去っていく。俺は呆然と、後ろ姿を見つめることしかできなかった。


「……すまない。人間相手にあれほど怒りを抱いたのは初めてだった」


「……そう、なんだ」


 胸がむず痒い。そこまで俺のために怒ってくれたのか、などという自惚れは必死に隠していつも通りを装った。正直、少し、いやかなり嬉しいのだが。

 自責感で僅かに表情を歪めるロイは、考え込むように顎に手を当てている。


「怒りを抑えることができないのは未熟な証拠だ。反省しなければいけないな」


「はは、じゃあ俺もだよ。ロイがあんなこと言われてムカついたから口出しちゃったんだもん」


 余計なことしてごめん。


 自省とともにそう言うと、彼は数秒視線を惑わせて口を開いた。その紅い瞳には戸惑いにも似た色が浮かんでいる。


「……だが、俺は……お前がそうしてくれたことが――嬉しいと、そう思ってしまった」


「……それも、一緒だね」


 噛み締めるように呟く。ロイは小さく目を見開いて、ただ「そうか」と微笑んだ。


「ま、反省は後にしようよ。美味しいものでも食べに行こう!」




 とは、言ったものの。


「元手がないと満喫も出来ないよねー」


「ああ……なら、依頼でもこなすか。狩猟や採取なら手頃だろう」


「いいね!」


***


 ギルドの中は、やはり広い。様々な種族があちこちで話し込んでいる。獣人を見かけて、カトラさんを思い出す。ポーチの中に入れた可愛らしい人形を、鞄の上から撫でた。


 なにか良い依頼は無いか──掲示板を吟味していると、後ろから声がかかる。


「ロイ様! あの……クロルド様とはお知り合い、でしたよね」


 服装から、受付係の女性であることを知る。ロイは、硬い声で返事をした。


「……ええ、そうですが」


「あっ、突然すみません! ええと……お連れの方は」


「パーティメンバーのユウトです」


「……パーティの方、でしたか」


 面食らったように、瞬きを繰り返していた。


「クロルドになにかあったのですか」


 クロルド。つい先程、こちらへ悪意を向けてきた、不健康そうな黒髪の男性だ。ロイのかつてのメンバーであったという彼。足早にどこかへ向かったが、何かあったのだろうか。


「その……討伐依頼に向かわれたのですが、なにか、嫌な予感がするんです。私なんかがでしゃばってしまうのは、烏滸がましいのですが──様子を見に行ってはいただけませんか。謝礼は用意します」


 目を伏せて、女性は言葉を選ぶように続けた。


「クロルド様、最近……なんだか必死で。メンバーも抜けて、今はひとりで活動されているでしょう。依頼自体、実力は申し分ないとは、思うのですが……不安なんです」


 ロイは、静かな眼差しで俺を見る。


「……ユウト」


「うん。引き受けよう──何かあったら、夢見が悪いでしょ?」


「っありがとうございます! クロルド様はパトラ岸壁、ゴーレムの討伐に向かいました!」


 渡された魔石を、ロイの指が掴む。


「どうか、お気をつけて」


 祈る女性に、重く頷く。剣の柄を固く握った。目を閉じたロイの腕を掴み、俺たちは眩い光に包まれていった。



 ***


 転移したのは、足元の不安定な岩場。ゴツゴツとしていて、歩くだけで足が痛くなりそうだ。この複雑な地帯で、探すのは骨が折れるだろう。

 

 いったいどこにいるのだろう。そう思った瞬間──地面が揺れた。


「っああああああああ!!」


 叫び声。岩で挟まれた巨大な道を抜け、声の方へ向かえば──全身が岩に覆われた、巨大なゴーレムと人が戦っている。クロルドさんだ。頑丈そうな岩の装甲は所々が剥がれているが、彼が押されているのは明白だった。銃剣で相手をしているようだが、それは酷く頼りなく映る。

 一瞬。彼が、は、とこちらを見て、眉を吊り上げる。


「ッロイ!! テメェ、なんでここに……!!」


「っあ──」


 息を飲む。

 振り下ろされたゴーレムの腕が、クロルドさんの腹を掠って──鮮血が、辺りを汚した。


「ユウト!」


「わかってる、処置はしておく!!」


「止めろ!! お前なんかに助けられるくらいならこのままおっ死んだ方がマシだ!!」


 魔物の攻撃を刀身で受け止めるその隙を突き、俺は手負いのその人を離れた岩陰へ運んだ。抵抗されたが、体力を消耗しているためかやはり弱々しい。簡単な止血程度を施す間にも、猛攻の音は絶えず聞こえる。


「っぐ、おおおおおおッ!!」


 獣が唸るような声が響く。ロイのものだった。喉を枯らしながら、彼が業火を纏う白刃で魔物の体を切り裂いた。火炎が一閃。


 腕の中で、ふざけるな、とか細くわなわな震える声が聞こえて。


「っざけんじゃねえぞ!! 情けをかけてるつもりか、憐れんでやがるのか!! そうやってお前らふたりがかりで俺をバカにして――」


「いい加減にしてください!! ロイの仲間だったならわかるでしょう、彼がそういう人じゃないってことくらい!!」


「お前こそ何がわかんだよ!! アイツはな、昔っから俺のことを見下してやがったんだよ!! 冷たい顔して、淡々と魔物を殺して、なにもできない俺を内心バカにしてたんだ!!」


「内心、って……貴方はそういうスキルでもあるんですか」


 カトラさんの例だってある。静かな声で尋ねれば、荒い息をしながら、彼は唇の端を歪めた。


「は、無くてもわかるさ! アイツの目を見てりゃあな!」


 なんだ、それ。そんなの。


「じゃあわかってないでしょう!! 実際に彼が貴方を言葉で腐したことがあるんですか!? 蔑みの言葉を口にしたことがありますか!?」


 眉を吊り上げて、声の限り叫んだ。ただ、口を噤んで──彼は、クソ、とだけ吐き捨てて。それ以上何も言わなかった。


 止血を終え、ロイの方を見る。一歩も引かぬ攻防を広げる彼に──俺は、胸が燻るのを感じた。もどかしい。もどかしい。もっと、俺に力があれば!!


「……ごめん、ごめんな。負けないでくれ──」


 掠れた声で呟いたとき。ロイが、こちらを見た気がした。


 そして──ひらりと。壁を蹴り、遥か高く跳躍した彼が、大剣をふりかざす。輝く白刃が纏う焔は、太陽と重なった。


「ッおおおおおおおおッッ!!」


 がなり声とともに、脳天へと叩き込まれた刀身。地鳴りのような低い唸り声をあげて──ゴーレムは粉々に崩れ落ちた。


 ***


 ギルドへ転移すると、あの女性が焦った形相でこちらへと駆け寄った。


「クロルド様! ああ……今治癒します!」


「……いい。俺のツケが回ってきただけだ」


「ダメです! 反省なら、治った後にしてください!」


 女性はこちらへ向き直ると、深々と頭を下げる。丁寧な対応に、「頭を上げてください!」と慌てて返した。


「本当にありがとうございました。報酬は後ほどすぐに送らせていただきます……さ、クロルドさん。医務室へ」


「待て。……おい、ロイ」


 横になったまま、彼が呟く。


「俺は一生お前のことが嫌いだ。……顔も見たくないくらいにな。劣等感が刺激されるからだ。お前よりも力を持たない自分が惨めで情けなくなるからだ」


「そうか。それでも俺は、お前に感謝している。……あの頃に伝えられなかった、俺の落ち度だ。もっと言葉を交わせばよかった。本当に……すまなかった」


「……うるせえよ、バカが。勝手に吹っ切れたような、成長しました感出しやがって。そういうとこも嫌いなんだよ」


 そう言ったクロルドさんは、皮肉げに笑ったけれど。その目には、彼もどこか吹っ切れたような感情が浮かんでいた。


「それと、ひよっこ。テメーにも、迷惑かけたな」


「いえ、俺は全然……あの、いろいろ言っちゃってすみませんでした」


「は。本当にな。……俺もまあ、言い過ぎたけどよ」


 ぽり、とバツが悪そうに頭を掻く。


「テメーもコイツに嫌気がさしたら教えろ。俺のメンバーにしてやるよ」


「……おい」


 物言いたげなロイの声に、思わず吹き出す。


「大丈夫ですよ。俺はロイとまだ旅がしたいんです」


 笑顔で返せば、クロルドさんは物好きを見る目で瞬いて。


「変な奴」


 笑って言うもんだから、俺もつられてまた笑った。

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