勇者は戦わない

@tunakuro

水端

第1話 戦わない勇者

 「静粛に!!」



 その言葉に全てが静まり返った。お祭り気分の民衆も、にぎやかな音楽を奏でていた楽器も全てが黙りこくってしまった。その様子に、気難しそうな王の側近は満足したようで、咳ばらいを一つした後、言葉を続けた。



 「皆も知ってのとおり、千年前に封印された“魔王”が復活して久しい。魔王が復活したことによる被害は日に日に増していくばかりである。未曾有の大災害、魔法生物の凶暴化、この世界はただ滅ぶのを待つだけとなった」



 ここまで一息に言うと、側近は民衆を見回した。誰一人として茶化そうとするものはいなかった。皆一様に真剣なまなざしでこちらを見ている。自分たちの命がかかっているのだから、当然といえば当然だろう。



 「しかし、我々もただやられてばかりではない。この度、勇者を任命し、魔王討伐へと向かわせることになった。だが、魔王の力は強大だ。勇者一人で倒すのは難しいだろう。そこで今回、海の国と空の国からそれぞれ一人ずつ、優秀な特使を勇者のお供として派遣してもらうこととなった」



 それまでステージのど真ん中に陣取っていた側近が舞台の端へと下がった。するとその動きを待っていたかのように後ろの幕がゆっくりと上がり、そこに二人の人影が姿を現した。人影の正体は、異様に背の高い長髪の男と十歳くらいの子供であった。



「では紹介しよう。我らが勇者のお供に選ばれた二人だ。まずは、こちらが海の国より来られたマーヴィ殿だ。マーヴィ殿、一言お願いしてもよろしいかな」



 長身に長髪の男が前に出る。その容姿がはっきりと見えた瞬間、どこかから「ヒッ!」と抑えるような悲鳴が上がった。無理もない。彼の眼には白目がなかった。本来ならば白いはずの部分が真っ黒なのだ。黒色の中に、青色の丸だけが浮かんでいる。おそらく、そこが角膜なのだろう。これだけでも人間離れをした恐ろしい見た目だが、その眼付きの悪さが余計に民衆をおびえさせていた。



 「マーヴィだ。氷系の魔法が使える。魔王復活の被害は我々の住む海の国にまで及んでいる。この魔法で勇者を補佐し、必ずや魔王を討伐して帰って来よう」



 マーヴィがあいさつを終え、一礼をすると、民衆の中から控えめな拍手が起こった。これを見た側近は気に食わなかったのか、ムッとした表情で民衆をにらみ、大げさに拍手をし始めた。それでようやく民衆からも大きな拍手が起こったが、当の本人はまったく気にしていない様子で、表情一つ変えずに後ろへ下がっただけであった。



 「続いては、空の国より来られたグラーノ殿だ。それでは、どう……」



 どうぞと言いたかったのだろうか。しかしその言葉を続けるよりも先に、舞台上にいた小さいほうの特使が、待ってましたと言わんばかりにバタバタと前へ躍り出た。



 「はいはーい! グラーノです! 空の国から来ました。特技は剣術! 魔王のことはよく知らないけど、悪者はみーんなボクがやっつけるから安心してよ。よろしく!」



 小さな体を力いっぱいに伸ばし、右手をブンブンとふる姿に、側近はただ頭を抱えていた。



 「はあ。で、ではグラーノ殿。よろしくお願いしますぞ。ほら、皆、拍手」



 唖然として固まっていた民衆も、その号令で戸惑いながらもようやく手を叩き始めた。金髪のその少年は、満足したのか誇らしそうに胸を張ると、次の者の紹介のために一歩下がった。



 側近は気を取り直すかのようにまたコホン、と咳をすると、最後の一人を紹介し始めた。



 「では最後に、我々陸の国より選ばれた勇敢なる者。魔王討伐隊の中心となる、勇者ギル殿だ」



 言い終わると、側近は左手を広げて舞台上手袖を指す。民衆からはこれまでとは違い、自然と歓喜の声と拍手が起こるが、側近の言葉に対する反応はなく、舞台袖はただしんと静まり返っていた。本来ならばこの号令で舞台上に勇者が上がってくるはずなのだが。側近は、もしや聞こえなかったのかともう一度息を吸い込むが、実際に声を出すことはなかった。急に民衆がガヤガヤと騒ぎ始めたのだ。



 「すみませーん! 通してください!俺はここです!!」



 そう言いながら人混みをかき分けてやってくるひとりの青年。その姿をとらえた側近はあきれたように大きなため息を吐き、青年が舞台にたどり着くのを待った。



 「何をされていたのですか。これじゃあ締まらないでしょう。」



 人混みに潰されそうになりながらもなんとかたどり着き、荒い呼吸を繰り返す青年に、厳しい言葉が投げかけられた。



 「ごめん、ごめん。ちょっと町の様子を見たくなってその辺を歩いていたんだ。そうしたら転んだのか怪我して泣いている子がいてさ」



 「まったく、あなたという人は。ささ、早く舞台に上がって。国民に挨拶を」



 青年はもう一度小さくごめん、と呟くと、ボサボサになった自分の髪を整えながら、舞台の中心に向かう。歳は十五、六だろうか。少し長めの白髪が、太陽にあたってきらきらと輝いている。舞台の中心にたどり着いた青年は、透き通った水色の目で民衆を見回してからキリっとした表情で口を開いた。



 「えーっと。勇者のギルといいます。この度、魔王城に向かうことになりました。えっと、皆さん、どうか安心してください。魔王復活による被害は止まります。必ず止めて見せます。俺は、この世界を誰も泣かなくていいような世界にしたいんです。どうか、そのために少しだけ時間をください」



 そのように話し終えると、青年は民衆に向かって膝をついて頭を下げた。魔王討伐に挑むほどの勇敢な者が、ただ見送ることしかできない民衆に対して頭を垂れたのだ。側近や勇者のお供を含めた、その場にいる全員が困惑した。



 「ギ、ギル殿。なにを、立ちなされ」



 側近は、遅刻しただけでも散々だというのに、これでは勇者の威厳が台無しだとでも思ったのだろう。すぐに頭を上げさせようとしたが、民衆の反応は意外なものだった。民衆の中からパラパラと拍手が聞こえた。それに呼応するかのように、あちこちから拍手が上がり、最後には広間中に拍手が響き渡った。



 それを聞いた側近は、余計に混乱しながらも、勇者を立たせようと伸ばした手を引っ込めると、しばらく思案した後、民衆に倣って拍手をし始めた。



 真正面から勇者を見ていた民衆は、決心をした彼の瞳を見てそうしたのだろうか。それとも、詰まりながらの言葉であるのに、妙に強い口調の演説に射抜かれたのだろうか。はたまた、勇猛なるものが、下賤の民に頭を下げたことが物珍しかったのか。きっと、何百人もいる民衆からすれば、どれでもあるのだろう。理由はどうあれ、勇者が民衆から信頼を得るには事足りた。



 勇者の覚悟を讃えるかのように、世界の平和を願うかのように。しばらくの間、その音が広間中から鳴りやむことはなかった。





 頭に羽と尻尾が生えただけの、コウモリのようなモンスターが火を噴いた。それに素早く気付いたマーヴィが、氷の盾で自分と仲間を覆う。攻撃の当たった箇所が少し溶けたが、マーヴィはすぐに氷を張り直し、コウモリ型のモンスターと一気に距離を詰める。残り数十センチのところで手をあげ、手から現れた氷の槍でためらいなくモンスターを串刺しにした。



 攻撃終わりに隙のできたマーヴィに、残ったコウモリモンスターが襲い掛かる。それにいち早く反応したのはグラーノだった。腰に差したサーベルを抜き、一気に敵を薙ぎ払う。小さな体で縦横無尽に動き回り、あっというまにその場にいたモンスターを倒してしまった。



 「ふう、これで全部かな。ボクの方が倒した数は多かったね」



 いたずらっぽい顔でマーヴィの脇腹を小突くが、まったく相手にはされなかった。マーヴィはグラーノの手を払いのけると、息を切らしながら近くにいるもう一人の仲間の元へ向かう。その仲間……勇者は近くの木陰に足を延ばして座っていた。



 「すごいすごい。さすが、国を代表するだけはあるね。その調子で頑張ろう!」



 勇者は、ニコニコ笑いながら手を叩いていた。その様子についに堪忍袋の緒が切れたのか、マーヴィは大きな手でその胸倉をつかみ上げる。



 「頑張ろう! じゃねえよ。てめえ、さっきから見てるだけじゃねえか。あんだけ民衆の前でご立派な演説をしておいて、俺は戦いませんだあ!? 巫山戯るのも大概にしろ。何が勇者だ!」



 ギリギリと首を締めあげていくお供に、勇者ギルは苦しそうに呻き声をあげる。



 「ま、待って待って! いったんおろして! ちゃんと冒険の役には立つからさ!」



 そういいながら、締め上げる手を何度か叩くと今度は思い切り地面に叩きつけられた。



 「ゲホ、ゲホッ。はあ、俺の専門は変身魔法と回復魔法なんだよ。二人とも、本来は陸を歩くのには適さない体をしてるでしょう。人間の姿でいられるのは俺が魔法をかけているからなんだ。回復魔法に関しても、ないと困ると思うよ。ほら、傷見せて」



 右手で自分の首をさすりながら、左手を差し出す。マーヴィはふんっと顔をそらしているが、グラーノのほうは興味深々と言った様子で、木でひっかいたときにできた右腕の傷を見せる。ギルは微笑みながら、左手でその右腕をとり、自分の首をさすっていた右手で傷を覆った。その右手から、ほのかな優しい光があふれる。



 「ほら、治ったよ」



 ギルが右手を離すと、なるほど、先ほどまでぱっくりと割れて血が流れだしていたその箇所は、今は何事もなかったかのように完全に傷がふさがり、元通りになっていた。


 それを見たグラーノは目をキラキラと輝かせる。



 「すごい! 全然痛くないよ! ボク、回復魔法なんて初めて見た! ねえねえ、もう一回やって! マーヴィにもやってみてよ!」



 よほどうれしかったのか、治ったばかりの自分の右腕をブンブンとふりまわしながら、左手でマーヴィの腕をつかんで引っ張っている。



 「おい、離せクソガキ。大した怪我じゃない。回復なんぞオレは要らん」



 そう言いながら自分の左手を隠している。ギルは小さな子供に大男が引っ張られていやがっている今の状況が面白くて仕方ないようで、ニヤニヤと笑って見ていた。



 「小さな傷も甘く見てちゃあだめだよ。いずれ大けがにつながるかもしれない。ほらっ」



 無理やりマーヴィの左手を取ると、グラーノにやったように回復魔法をかける。



 「ちょっと、指の骨が折れてるじゃあないか。マー君、全然小さい怪我じゃないよ」



 「誰がマー君だ」と、マーヴィは不服そうな顔で舌打ちをするが、観念したのか、それとも魔法がきいて痛みが徐々にひいていっているからなのか、それ以上抵抗はしなかった。



 「ふう、これで終わりかな。二人が戦っているうちに地図の確認をしたんだけれど、もう少しでこの森から出られるみたいだよ。そうしたらすぐに次の町だ。あとちょっと頑張ろうか」



 相変わらず、微笑みを顔に張り付けたままギルは立ち上がった。マーヴィをギルに渡してから近くの切り株に座っていたグラーノも、それを聞くと「よっしゃー!」と元気よく立ち上がった。



「ほら、マー君も行くよ」



まだ不満そうな顔で座っているマーヴィに、ギルが手を差し出す。マーヴィは顔をしかめてその手を払いのけると、二人のほうを見もしないで、自力で立ち上がり歩き出した。



「マー君、マー君。そっちじゃないよー」



慌てて振り返ると、ギルは笑いをこらえるような顔で手招きをし、グラーノのほうはこらえるどころか笑い転げていた。



「ははははっ! マーヴィ、もしかして方向音痴ってやつなの? そんな見た目で! あははははは!」



「う、うるせえ。なれない土地でちょっと間違えただけだ」



 少し恥ずかしそうにしながら、マーヴィも二人と同じ方向に進む。


 ようやく三人で歩き出すが、変わらず笑い続けるグラーノだけはマーヴィをつついて遊びながら歩いていた。



「ボクから離れたらだめだよー。マーヴィ、その図体で迷子になっちゃうかもしれないからね!」



「このクソガキ…。いつか殺してやる」



「はいはい、二人ともその辺にしなよ。ほら、出口が見えてきた」





 勇者一行の姿が森の外へと消えていった。


 夕日の逆光を受けた三つの黒い影が見えなくなったところで、森の奥から数人の人影が姿を現した。



「あれが勇者一行っすか、隊長。」



 最初に口を開いたのはその人影の中で最も小柄な者だった。



「ああ、今ならまだ冒険に慣れていない。今のうちに潰すぞ。」



 隊長と呼ばれた人影は三メートルはあろうかというほどの巨体であった。



「魔王様のため、我ら勇者討伐部隊、必ず奴らを仕留めようぞ。者どもついてこい。」



 部下たちにそう声をかけた「隊長」はその体躯に見合ったおおきな棍棒を引きずりながら、勇者一行の後に続いて、森の外へと消えていった。それをみた部下たちも、互いにうなづきあい、背中に生えた黒い羽根をたたみなおした。勇者の息の根を止めるために彼らは一歩、また一歩と歩き出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る