第26話

 部屋に戻った二人。ベッドの上でアインリッヒを抱くザイン。この時の腕の痛みは定かではないが、アインリッヒの方は、漸く落ち着きを見せた。

「ユリカ……、その、髪の色……」

 アインリッヒが、今現在、尤も気になっていたことをザインに問う

「ああ、これ?なに、ほら、お前鎧着てただろ。水の中じゃ思うように外してやれなかったから、チョイとばかし、『力』を使って……、あ!わりぃ、鎧、ぶっ壊しちまってよぉ。ま、俺も焦ってたんだな、コントロールし損なって……。そう言うことだ、心配すんなって……、髪の毛も生え替われば、元に戻るよ」

 ザインは、剣術に使っているあの技を応用したのだが、髪が白髪になってしまうのは、尋常な力の消耗ではなかったということだ。ソウルブレード。魂の剣。つまり言い換えれば、彼の技は、彼の生命力が力の根元なのである。

 極限状態に達した彼は、その寿命を二十年は縮めていた。脱力状態の先日の時のこと、戦時中のことも考えれば、自分に残されている寿命は、多くても十年程度であろうと、本人も自覚していた。だが、アインリッヒだけには、悟られたくない。それだけが切ない。

 ザインの微笑みは、アインリッヒを納得させることは出来なかった。彼女はたまらなくなり、ザインから顔を背ける。

「ユリカ。私はお前の足を引っ張ってばかりだ。出逢ったとき、私の鎧が弾いた破片がお前を傷つけた。リザードマンの時は、足場の悪さに足を取られ、膝を痛めた私のために、お前は無理をし、そして、今度も!!」

 アインリッヒは再び正面を向き、ザインの頭を胸の中に抱きしめる。彼女の柔らかみに包まれたザインは、目を閉じる。彼女の胸の内から聞こえる、葛藤に興奮する鼓動が、愛おしくてたまらない。全身全霊で、彼女を愛し、悦びに振るわせたくなる。

「馬鹿だなぁ。最初の時だって、俺がチンタラやってなきゃ、あんな事にはならなかったし、リザードマンの時だって、一人で混乱してたのも俺だし、お前があの時拳圧を受けてくれなきゃ、俺は水郷の外に落ちて、即死だぜ。それに、俺がやりたくてやったんだ」

 本当に馬鹿だと、どうしようもないと言いたげなザインだった。だが、責める気はなかった。心理的な頂点に立った瞬間、ザインは再びアインリッヒを抱いていた。

「どうやら、ザインは帰ってきたようですね」

 と、安宿の薄壁の向こうから聞こえるアインリッヒの喘ぎ声で、そう判断するロカ。ジーオンは落ち着いた様子で、茶を一啜りする。

「で、国王への報告はどうする」

 話を本題に戻したロンだった。

「まず、エピオニア自体にはもう不安材料がないこと、アーラッドのこと、彼の言っていた融合のこと、まだ黒幕らしき者がいると言うこと、こんな所ですかね」

「フム。そんなところかのぉ」

「しかし、ザインの奴、あの怪我で何処行ってたんだ?気になるなぁ」

 ロンが後味の悪い疑問を最後に残した。

 それから随分夜中のことだ。ザインは胸の中に眠るアインリッヒの肩を抱きながら、左手の指先で、一つの感触を確かめていた。

〈あれは、何だったんだ。あのドロドロってしたやつ……〉

 実はザインは、自分が気を失った後の状況を確かめるため、城に戻っていたのだ。幸い状況はそのまま残っていた。后達はどこかへ避難したらしい。やはり、コレばかりは明日の朝と言うわけには行かない。まずアインリッヒの頬を数回撫でるように叩く。

「ん?どうした?」

「一寸ジーサンのトコ行って来る。良い子にしててくれよ」

「もう、子供ではない。早く帰ってきてくれ……」

 大人びていると同時に、背伸びをしているアインリッヒのハスキーに掠れた眠たげな声。冗談と本気の両方が、重なった二つの感情をザインに返す。

 ザインがアインリッヒの下から抜け出すと、アインリッヒはそのままベッドに伏せてしまう。まるで、ベッドに残るザインの体温に頼るようだ。

 一方夜中に起こされたジーオンはたまったものではない。

「なぬ?玉座の間に残されたドロドロ?」

 寝ぼけ眼で、目をこすりながら、鈍りきった頭をどうにか回転させる。

「なんてのかな、こう、スライムっぽく。実物は見たことねぇけど、ドロドログチャグチャッとして、気味悪いの……」

「あぁ、ありゃ変わり果てたアーラッドのなれの果てじゃ」

「アーラッドの?」

「ふむ。あ奴が変身したところまでは、お主も知っておるだろ?あの後に続きがあっての。別に儂等が奴を倒した訳じゃなくてのぉ、魔族と融合した奴は、何らかの変調をきたし、自滅。あふ……、続きは明日じゃ……」

 倒れ込むように、ベッドに寝るジーオンだが、ザインが強引にそれを引き起こし、ジーオンの肩を前後に揺さぶる。

「待った待った!それじゃ、融合は未完成で……、て、魔導師って輩は馬鹿じゃねぇし、悪党の性格を考えると、未完成の技法を己に試すってコトもまずねぇ!!」

 ザインは興奮しまくり、ジーオンの肩をさらに激しく揺する。

「オヨオヨオヨ!!馬鹿もん!脳が味噌になるわい!!休息無くして明日の勝利無しじゃ!お主も、はよ寝い!」

 ジーオンはすっかり不機嫌になり、サインを振り切って、毛布を殻にして眠りに着く。


 翌朝、テーブルを囲む五人だった。しかし、ザインの目の下には、黒々とクマが出来ている。結局眠ることなど出来なかった。昨夜、問題の解決の糸口もあの様なので、浮腫んだ顔をよりいっそムッとさせてる。

「要は、黒幕は、アーラッドって奴の可能性は、低いって訳だ。結論としちゃ、俺達の出したものと、対してかわらん」

 ロンは食欲旺盛だ。確かに問題の根本的解決には至っていないかも知れないが、とりあえずは家に帰ることもできる。アインリッヒとザインのいちゃつきが、彼の欲求不満を増大させている感もある。

「いや、そうなんだけど、俺達を此処まで警戒してるんなら、何でそんな中途半端な真似をするかだ。結局奴は俺達を倒せずじまいだ。問題は、そこ」

 ザインのホークは、あまり食べ物には延びず、しきりに空を掻いてばかりいる。

「彼も言っていたでしょう。貴方が知将の息子ではなく、本人だったことが、計算ミスだった」

 ロカが簡単に結論づける。しかし、食の手は休めない。

「しかしよぉ……」

 ザインは何か肝心なことを忘れている気がしてならなかった。

「ユリカ。考えても始まらないこともある。ほら、冷たいものでも飲めば、頭がスッキリするかもしれないぞ」

 心身共に充実したアインリッヒが、頬杖をついて、ザインの目の前に、メニューを出す。

「冷たいものねぇ……、アイスティー、アイスコーヒー、オレンジジュース、クリームソーダ……、へぇ、クリームソーダねぇ、ガキの頃は貧乏で、なかなか飲めなかっただよなぁ。こう、緑色のソーダを半分飲んで、アイスクリームを半分食って、後は混ぜて飲む……、ん?あ!ねぇちゃん!!クリームソーダ、二つくれ!!」

 近くのウエートレスに、大声でそれを要求するザインだった。ロンは飲みかけた水を思い切り噴きこぼしてしまう。まさか、この歳でそれを頼むとは思いもよらなかったのと、注文の取り方ももう少しあっただろうと、両方の意味があった。思わず赤面をしてしまう。

「フフ……。ユリカ、可愛いな」

 無邪気な彼だと、ザインの頬を両手で挟み、ゆっくりと撫でる。

「ゴホゴホ!!お前らなぁ……」

 もう、これ以上呆れて何も言えないロンだった。

 暫くすると、ザインの目の前に、クリームソーダがやってくる。ザインが美味しそうに舌をペロリとさせる。それから、テーブルの中央にあるサラダののった器を退け、その位置に、クリームソーダを持ってくる。

「じゃーん!皆さん。コレは何でしょうか!」

 そして宝物を見せるかのように、両手を差しだし、それに注目させる。

「クリームソーダ!」

 ウンザリと言った感じで、投げやりなロンが言う。

「ブブー!アーラッドだ」

「は?」

 ザインの言うことは、ちんぷんかんぷんだ。この瞬間から、皆の視線が、目の前のクリームソーダに釘付けになる。そうなるとザインはしめたものだった。

「アイン。こっちっかわを、ライトの魔法で暖めてくれないか」

「ああ」

 何をしでかすかは解らなかったが、ザインの言うことなので、アインリッヒはすぐにライトの魔法で、片方のクリームソーダを照らす。すると、見る見るうちに上のアイスクリームが溶け始める。

「はいストップ!」

 ザインは、アインリッヒを止めると同時に、ストローで軽く一混ぜする。クリームソーダは濁る。当たり前のことだ。アイスクリームは半分ほど残っている。

「で、俺達が出くわした奴さんは、恐らくこんな状態だったのかな?もう一寸溶けてたかも知れないが……」

「意味がわからんな」

「まあ聞けよ。ロン、つまり、俺の予想では、奴は完全に融合していなかったって、ことさ、こうしてこうしてっと!」

 ザインは、残りのアイスクリームを沈め、ついにはソーダの中にとか仕込んでしまう。コレが完全体と言うわけだ。全く手のつけられていないほうを見ると、まだ溶けていない。つまり、完全体になるには、それなりに時間が掛かると言うことだ。アーラッド本人には、その事を告げられていないことになる。

「まぁ、確かにこうなる前に、奴を倒せたことは、私達には幸いだが、黒幕という点においては、根本的解決に、至ってない」

 黒幕が解ったと思ったロンにとっては、何とも見当違いのザインの閃きだった。

「解ってねぇなぁ!早く奴サンを探さなきゃ、完全体になるってコトだぜ!」

 すっかり黄緑色に染まってしまったソーダを、一気にストローで啜ったザインは、グラスをテーブルに叩きつけるように置くと、大きくふんぞり返る。

「なぜそうなる?!」

 飛躍した話に、ロンは着いて行けない。

「自分が最強なら、部下に不安なんて持つ必要がねぇだろうが!!」

 彼らはそれぞれ、一国を支配してもおかしくないほどの力の持ち主だ。その彼らが、何の野心も持たずに、こうしていることのほうが、よほど不思議である。

 強大な力を持った人間は、それに酔いしれて、何をしでかすか解らない。ロンには、その部分の根本的な考えが抜けていた。術が成功したなら、最終的に自分への使用を考える。当然である。

「つまり、私達は、一刻も早く帰らねばならない、と言うことか!」

「そ・ゆ、コト!!」

 一斉に全員が立ち上がる。

「しかし、ユリカ。その腕では……」

 ジーオンが的確な魔法をかけてくれいるため、通常に動かす分には、それほど支障をきたさないが、激しい戦闘には、まだ耐えることは出来ないだろう。

「ダイジョウブ。ぶっ通しで走っても四日はかかる道のりだ。馬のことを考えりゃ、そんな無茶も出来ねぇし、十分時間はある。てか、俺達にも余力がいる。ラスボス見つけて、電池切れなんてのも馬鹿な話しだ。可能な限り無理なく早くって所だ」

 しかし、ザインはこう言い切った。それに、すぐに戦闘があるわけでもないと、考えていた。そうであれば、養生にも十分時間を費やすこともできる。まずは中央に戻り、王にこの事を報告しなければならない。しかし、こういうときに限り、例の兵士が居ない。どこかでザインたちを見ているはずだが……。

 宿の外へ出て、周囲を見渡してみるが、それらしき人影もない。

「そうじゃ、駅馬車の馬を借りればコトは足りるぞ!」

 今まで黙っていたジーオンが、全員が焦っている中、閃きを見せる。

「そうですね!集落まで戻れば、私達の馬もあることですし」と、ロカ。

「決まりだ!」

 ロンが真っ先に駆ける。その時、彼の真正面から、エピオニアの兵がやってくる。

「五大雄殿!探しました!まさかこのような、所に!」

 このような所とは、王城周辺の町並みに比べれば、華やかさに欠けると言うことだ。宿も三流宿である。彼らは、ジーオン達を探すのに手間取っていたらしい。姫君が何かの用なのだろう。急いではいるが、駅馬車より良い馬を借りられるかも知れないし、馬車であればザインにとっては好都合だ。彼らは、兵士達に姫君の場所を案内される。急ぎ気味の馬車は、あわただしく、エピオニアの市中を駆けるのだった。


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