第11話
アインリッヒは考えた。男女はこのようにして愛し合うのだろうかと。そして、父のように、幾人もの女性を抱くのだろうか。高まる興奮が、幼女時代に見た直接的な映像に切り替わり、彼女の脳裏にフラッシュバックする。
「止めろ!止めないか!!」
自分の上に体重を掛けているザインを押しのけ、その頬を張り手一発横殴りに張る。リラックスしているザインに、グレートソードを振り回す彼女の力だ。簡単に突き飛ばされるザインは、一番近くの木に、背をぶつけ、後頭部も強打する。
「テテテ!んだよいきなり!!」
二度目のキスを求めてきたのはアインリッヒなのに、この仕打ちはあまりにも酷すぎると言わんばかりに、情けない声を出し、頭を抱えて、しゃがみこんで苦しがっている。
アインリッヒは、すぐに自分のしたことに気がつく。拒絶するにも、もう少しやり方があった。
「済まない。痛!!」
ザインの様子を見るため、立ち上がろうとするが、すっかり膝を痛めてしまって、その場から動くことも、出来そうにない。膝を押さえ、顎を引き唇を強くかみしめた。目を閉じた瞬間に眉間に寄せられたその皺が、痛みの度合いを良く表している。だが、すぐに顔を上げる。
「ザイン……」
「ああ、こっちはダイジョウブだよ。俺こそ済まなかったな、いい気になっちまった」
ザインは今一度、アインリッヒに近寄り、彼女をリラックスさせるために、その背中を支え、軽く膝に手を触れる。
「そんなことはない!凄く良かった。キス……、嬉しかった。ただ……」
アインリッヒは、ザインを肯定した。だが、その後酷く口ごもり、ザインから顔を背けてしまう。ザインは、自分にも話したくない過去があるように、彼女にも心の傷になるような過去があることを知る。
ザインは、彼女がそのために、女性である自分を否定しようとしているならば、まず己が、傷を見せ、互いに消せない過去があるのだということ、そして、彼女だけが辛い目にあっているわけではないと言うことを、伝える必要性を感じた。
「アイン。君の過去がどうだったかは、わからないけど……。ん…………っと。どういっていいか……」
何から語ろうか?アインリッヒの前にあぐらをかいたザインは、はじめの言葉を選びながら、彼女から視線をはずし、一度地面を眺めた後、もう一度彼女をみる。
「もう気がついていると思うが、俺の体の傷は、訓練なんかじゃなく、戦争でついたものだ。だが、戦場で死んだ人間の数は、俺の体に着いている傷の比じゃない。だが、それでも、バスタランダ子爵の率いたノーザンヒル軍の戦死者は、各国で最も少なかったという。その右腕になり、知将と呼ばれたのは、俺のオヤジ。ロウウェル=ザインバーム。そして、本当に優しくて強い男だった。いつも自然に周囲に仲間が出来て、頼りになる人だった……。だが、ある日、そんなオヤジが、バスタランダ子爵から、一つの鎧を授かったんだ。日頃の活躍の、恩賞だそうだ。銀色に輝くその鎧は、騎士を思わせる重厚さで誇り高さが滲み出たような、高価な鎧だった。その立派さは、戦士なら誰でも溜息が出るほどのものだった。だが、兄貴がその鎧をオヤジに無断で戦場に持ち出した。俺達親子の中でも、兄貴のガタイの良さは、桁違いだった。鎧に負けないほどに……。兄貴は言った。『この鎧さえあれば、怖いものなんて無い』って」
アインリッヒの鎧を纏っている意味とは異なるが、同じように重厚な鎧を纏っている事実は変わりない。少なからずとも、己に関わりのある話に、アインリッヒは、息を飲んだ。
「突然だった。魔導師の放ったリザードマンの群が、俺達の隊を襲撃してきた。作戦の一部が外部に漏れたらしいんだが。そこで一人の男が、指示を出した。『弓撃隊前へ!奴らを牽制しろ!魔術隊!……』と、焦っていたんだ。重厚すぎる鎧を纏った兄貴の事なんて、すっかり忘れていたんだ。そして兄貴は、着馴れない鎧を纏い、リザードマンに正面切って戦った。そしてその挙げ句、リザードマンの強烈な爪を食らって……即死さ。上半身を鎧ごともって行かれちまった……」
話をしているザインの表情は、悲しい過去にも関わらず何だか落ち着いていた。自分でも不思議なくらいだった。夢で見たときは、叫んで飛び起きてしまうほどのものだったのに、今は淡々と話せる。
アインリッヒは、未だザインが本当に言いたいことを解ってはいなかった。だが、鎧という共通点に置いて、自分が彼の兄のように死んでしまうのではないかと、心から心配していたことを知る。そして、目の前に現れたのが、リザードマンだ。命令口調だった彼は、そのためにいたのだ。
「兵達に指示を出していたのは、お前の父だろう?お前が気負うことは……」
ノーザンヒルの称号を持っていたこと、知将と呼ばれていたことを考え、ザインが濁した人名は、誰が推測しても、彼の父以外思い浮かぶはずがなかった。だが、ザインは首を横に振る。
「いや、指揮したのは俺だ」
彼の見た夢は、戦場で起こった現実意外なにものでもなかった。アインリッヒには、もうザインを労う手だてが、見つからなかった。アインリッヒは、あの時の激しい叫びは、己に対する罪悪感と、兄の死に対する恐怖が共鳴し、増幅し、発せられたものだと気がつく。
「ユリカ……」
この時、自然と彼のファーストネームを口にしてしまうアインリッヒだった。アインリッヒは、もう一つの事実に気がつく。それは知将と呼ばれた彼の父が、知で活躍した人物ではないと言うことだ。少なくともその場では、ザインが指揮していた。指揮し馴れぬ人間が、こうも意図も簡単に、的確な指示を出せるわけがなく、アインリッヒには、五大雄ザインバームに、疑問を持つ。
「お前、いったい何歳なんだ?」
「見ての通りだよ。二十五だ」
ザインの言葉に嘘がないことは、声に躊躇いがないことで、すぐに解る。戦場で兵を動かしていたのは、若干十七の少年なのである。
「戦場では、確かに俺はヒヨッコだった。だから、俺はいつもこう言っていた。『全ての指示は、オヤジから仰いだ』。皆コレですぐに納得した。俺の指揮なら疑問があっても、いつもそれでカタが着いた。それも最初の頃だけで、俺が指示を出すと、もうオヤジの指示だと誰もが決めてかかる。楽だった。くだらない言い訳をする手間も省けたし……。それと同時に、作戦ミスがあったとき、俺はそれから逃げてるんじゃないかって、死者が出る度に、オヤジがその批難の的になるんじゃないかって……、そう思うようになった。だけど、みんな言うんだ!『作戦は上手く行った』!!何人も死人が出てるんだぜ!!」
次の瞬間、ザインは自己嫌悪に陥り、アインリッヒに心を開かせるきっかけになればと思い始めた話が、行き過ぎた感情になっていることに気がつく。呼吸が極端に荒くなっている。苦悩に頭を抱えて、自虐的に頭髪をつかみ、歯を食いしばって顔を伏せる。だがすぐに呼吸を整え直した。
「済まない。何言ってんだろ、俺。言いたいのはそんな事じゃないんだ。説得力がないかもしれないが、言っておきたい。お前は女だ」
ザインは、アインリッヒが最も認めたくない彼女の真実を、ハッキリ言い切る。
「止めろ!!」
アインリッヒは、耳を塞いだ。だが、ザインは彼女の両腕を掴み、次の言葉を聞かせる。
「何があったかは知らない。だが、お前は女だ。そして、一流の剣士だ。お前はまだ汚れちゃいない。俺のようには……」
女であり、剣士である。その二つが、初めて彼女の中で一つに繋がる。そして、自分にはまだまだ沢山の道があることを知らされる。だが、それはザインにも言えることであった。しかし、自分に厳しすぎる彼は、それに素直に向かい合えない。十七にして、あまりにも沢山の命を預かりすぎたのだ。そのために消えた命は、もう返らない。彼はそれを背負いながら生きているのだ。過去を変えることは出来ない。変えられない過去に対して、懸命に良策を練ろうとしているのだ。
次にアインリッヒが話し始める。
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