第9話
ザイン達との時間合わせのため、途中馬の足を緩めたロン達。ロカがふと、共通の疑問を持ち出す。
「ザインは、ネズミを見たのではないですね。きっと」
「そんなことは解っている。だが、そんなことは問題じゃない。身体中の傷だって、訓練なんかの傷じゃない。あれはホンモノだ」
ロンは、ザインが真意を語ってくれないことに対して、少々不満気だった。
「じゃが、そんなことも問題ではない。なぜ戦場にいたことを隠す必要があるかじゃ。しかし、バスタランダ子爵殿も、少年兵とは惨い事をなさる」
ジーオンは感慨深く首を横に振りながら、顎髭を撫でて気分を落ち着かせる。
国を守るために、戦争に志願することはそう珍しくはない。だが、少年兵ともなれば、志願などという言葉では片付けられない。ノーザンヒルが其処まで兵力に困窮していたとは、ジーオンも聞いていない。
そんな状況で、少年であった彼が戦場に刈り出された理由が何かである。彼らには知る由もなかった。
「だが、ザインは良い奴だ」
ロンがそう言うと、二人はニコリと嬉しそうに微笑みコレに賛同する。
「ヒックシン!!」
噂の人物が嚔をする。
「……」
兜に、これでもかと言うほど唾がかかったのを、察知するアインリッヒ。ザインが懸命にそれを拭き取るので、「やはり」と思い、強い咳払いを一つする。
「っかしいなぁ、風邪でもひいたかな?ところで、今日中に着くのか?」
「昼までには着く。奴らは夜に動くから、討つには頃合いだ。幸い奴らの居る森は、そう険しくもない」
気楽と言うわけではないが、道のりはさほど険しいわけでは、無さそうだ。
しばらく走ると、アインリッヒは、ウェストバームに向かう街道ではなく、そこから分岐している山道へと入った。安全且つ近道なのだろう。軽快に走らせていた馬の足をゆるめ、周囲を確認し始めた。
「来たときには夕刻だったからな、よく解らないが、恐らくこの辺りに……」
アインリッヒは、ロードブリティッシュから降りた。ザインも仕方が無く降りる。そして、彼女の足に任せて歩くことにした。ここは、森より少し林に近い。時間帯の関係で周囲が暗かったために、森に思えたのだろう。アジトともなれば、簡単な小屋ぐらいはありそうなものだが、それも無さそうだ。アインリッヒが怒りに猛っていたせいだろう。認識が甘かったようだ。残念ながらアジトはありそうもない。
アインリッヒは、焦げた地面を見つけ、近くで立ち止まり、しゃがみ込み、炭になった木片を拾い上げ、すくりと立ち上がる。
「ザイン。焚き火の後だ。それに血の跡。私は間違いなく此処を通っている」
「ふん。でも、アジトにしちゃお粗末だな。山道にも近い事から、此処にいた連中は、街道への繋ぎか、山道を通る人間を襲うために、配置された連中だろう」
「繋ぎ、というと?」
「ああ、目的はさして変わらないだろうが、街道を荷馬車が通ることを知らせに来た仲間と連絡を取って、アジトに知らせに行くとか……。戦闘って感じゃなくて、荷の撤収を迅速にするためのものとか、そんな感じかな……」
理屈をつけてみるが、今一ピンと来ない。だが、推測が当たると、アジトは間違いなくもう少し奥まったところにあるだろう。馬を一頭全力で走らせて、間に合う距離だ。本体と街道警備隊との接触を恐れてのものなら、迅速な連絡を保つため、それほど遠くはないはずだ。恐らく探せない範囲ではない。ザインは、周囲の足場を探る。
そして、踏み固められた一筋の道を発見する。
「アイン」
ザインはアインリッヒに、一声掛け、その道を歩いて行く。足下を警戒しながらゆっくりと進む。
〈なんか引っかかるんだよなぁ……、これだけの道が出来るほどいたって事は、結構良い場所だったはずだ〉
人の気配が全くないのが気になった。アインリッヒは、正確なアジトを見つけたわけではない。いくら頭の回らない連中でも、先日のアインリッヒの行動を考えると、アジトがバレたか、そうでないかくらいは、判断できる筈である。しかし完全に撤退した感じだ。引き際が鮮やかすぎる。誰かの入れ知恵か?
「ロイホッカーの詩通りには、行かなかったな」
アインリッヒが、無念そうに呟く。
「まぁまてよ。少なからずとも、何でも手がかりってものがある」
ザインは、未だ諦めていない様子で、獣道を歩く。夜では解らなかっただろうが、昼間のおかげで、薄暗いながらも、順調に進むことが出来る。
森が途切れる際(きわ)に来る。道の向こうに崖がありそこに洞穴がある。ザインは、茂みに身を隠し、胸の中からオペラグラスを取り出す。
「へへ、比奴は小さくて軽い。こういう時って、便利なんだよな」
望遠鏡のように高い倍率はないが、一寸した観察ならば、十分に可能である。別に観劇用に持っているわけではない。
しかし、物持ちの良い男であると、アインリッヒが関心したその時だった。
彼の胸の中から、一つのパスケースが落ちる。本人は観察に集中して、その事に気がついていない。
アインリッヒはフェイスガードを上げ、それを拾い上げ、それが何なのかを確認する。どうやら、身分証明書らしい。
〈ユリカ=シュティン=ザインバーム……、女?〉
それから性別の欄を見る。
〈男。エイジ、魔導歴九百四十一年……。血液型O型〉
他人のものなので、声に出して言えないが、確かにそれは、身分証明書だ。そして、男のものだ。だとすると、当たり前だが、コレはザインのものだ。そう言えば、アインリッヒは、ザインを、ザインバームとしか知らない。名前も知らないのだ。自己紹介すら満足にしていない。
「ユリカ」
アインリッヒがそう言うと、ギョッとしたザインの顔が、彼女の法に向く。目を丸くして、冷や汗を掻いている。目は丸くなって、アインリッヒに着目している。
「なんで。オメェ、そんなこと……」
と、知ってはいけないことを知られてしまったような、驚きをしているザインの前に、アインリッヒは身分証明書をちらつかせる。アインリッヒは、特に表情を変えない。
「あ!」
ザインは、胸のポケットをパンパンと叩き、身分証明書がそこにないことを再確認する。それから、強引にアインリッヒからそれを奪い、胸の中にしまう。
「良いな!絶対その名は呼ぶな!」
彼はその名を大分気にしている。理由はアインリッヒが発想したとおり、女っぽい名前だからである。
「くだらん。名前くらいで……、子供ではあるまい。その様子じゃ、満足に自己紹介もできんのだろう?」
ムキになることが、本当に馬鹿馬鹿しいと言いたげに、はっと溜息をつくが、内心少し笑っていた。バカにした意味ではなく。照れているザインが妙に可愛く見えた。
「ブツブツ……」
聞こえないように文句を言いながら、再びオペラグラスを覗くザインだった。
「どうやら、あの穴は人工的に作ったものだな。一応探ってみよう」
どうにか気を取り直したザインは、積極的に洞穴を覗きに行く。正面にたった時に、何かを踏む。その硬さが気になり、しゃがみ込み、足の裏に当たったものを拾い上げ、眺める。
「ダイヤだな」
落ちていたものはそれだけではない。他にも色々な貴金属が落ちている。手際よく感じていたが、逃げ方が荒い。まるで何かにおびえて逃げたような感じだ。再び洞穴へと足を進めるザイン。どさくさに紛れ、ダイヤモンドをポケットに放り込む。アインリッヒはコレをしっかり見ていた。
〈少し、性格が砕けすぎだな……〉
呆れるのと同時に、何となくそう言うところが、彼らしく感じてしまうのだった。
ザインが洞穴に足を一歩踏み入れる。人工的に出来た塒というより、もともと、天然のもののようだ。入り口は、崩れないように形成しなおしたようだ。全体は頑丈な石質ではなく、粘土質が中心で、湿度が高く感じられる。
木組みで補強され、崩れないようにしていることから、彼らは本格的に、この場所を塒としていたようだ。
それに思ったより奥に深そうである。頭を掻きむしったザインが困った顔をしている。深部へ進むと、視界で得られる情報が、少なくなりそうな気配に、参ってしまったのだ。
「ライト!」
するとアインリッヒが、ザインの後方から、蛍程度の小さな光をザインの目の前に放つ。形は小さいが、随分と明るいものだ。
「へぇ、魔法使えんのか?」
「単純なもので、ファイアーボール程度なら、攻撃魔法も使える」
アインリッヒの手を借り、少し奥へと進む。すると、一つの木箱が横倒しになり、中身が飛び出している。やはり、貴金属類だ。
〈何だ?何に怯えていたんだ〉
どのみち、此処には猫の子一匹いそうに無い。完全にあてが外れた。
「ロイホッカーの詩も、宛にはならなかった……か」
ザインも諦めるしかないような口振りで、立ち上がる。
「済まない。私のために、お前に無駄足をさせてしまった」
アインリッヒは、ザインに対し、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ま、仕方がねぇさ。任務が終わってから、じっくり……な」
恐らくそのころでは遅すぎる探索になることは、アインリッヒにも解っていた。だが、そう言ってくれるザインが嬉しい。ウインクをして、励ます彼が、不思議に頼りに感じる。なぜか、全てが可能になるような気がした。
譬えウソでも、心が和らぐ。
盗賊退治を諦め、二人はロン達に追いつくために、そこを去ろうと、表に出ようとした。そんなザインの目に、戦場を思い出させる一つの光景が、飛び込んできたのだった。
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