告白ドッキリして一カ月経つが、あれがドッキリだと未だに打ち明けぬまま本気で恋してしまった。

そらどり

初恋

休日の昼間を迎え、駅前には多くの往来人が存在する。

ショッピングや遊び、デート等々……皆はそれぞれ違う目的を持ってこの広場に集まる、はずなのだが。

しかし今日だけは例外。皆の視線はなぜか一人の女性へと注がれている。

広場に佇む女性の魅惑に惹かれてしまい、自然と足を止める往来人も少なからずいる程であった。


「おい、あれ見ろよ。あそこにいる女子……超可愛くね?」

「すっげ……マジもんのお嬢様じゃん。俺初めて見たわ」

「ねえねえ見てあの子、私より顔ちっちゃいんだけど……」

「てか足細! ……え、何してたらあんなモデルスタイルになれるの? 羨ましい……」


そんなヒソヒソ話(主に容姿を褒める声)が耳に入ってくるが、私には関係ない。

生まれてもうすぐ十八年。今更な事実など聞き飽きている。

とはいえやはり悪い気はしない。事実といえども、誰かに褒められることはやはり嬉しいものなのだ。


「俺……玉砕覚悟で誘ってみようかな。あんな可愛い子、今逃したら一生後悔する気がする」

「おい、やめとけって。どうみてもありゃ彼氏待ちだろうが」

「そりゃ分かってるけど……でもさぁ! もしかしたら俺と両想いかもしれないじゃんか!?」

「いや、何でだよ。流石にポジティブ過ぎだろ……」


そんな折にふと聞こえてきたやり取り。駅前のモニュメント前に立つ私を囲うようにして作られた群衆の一角で、何やら興奮している男子がいた。

しかし次第に耐えられなくなったのか、「ああ、もう駄目だぁ!」と言いながら、隣の友達の静止を振り切って私の前に現れた。

玉砕覚悟でナンパしようとする丸刈り男子A。額に薄らと浮かぶ汗を手で拭い、深呼吸を繰り返して数秒。ようやく覚悟を決めて、この私を遊びに誘ってきた。


「あ、あの! もしよかったら俺とお茶でも―――」

「ごめんなさい。先約があるので」

「あ、え!?」


なので私は丁重にお断りした。

十一月なのに半袖短パンな丸刈り男子Aに対し、私のコーデは白ニットのトップスにチェック柄のタイトスカートを合わせた清楚漂うスタイル。どう足掻いてもこの私に釣り合う訳がない。

私が何のために気合い入れてオシャレしたと思っているのか、その小さい脳みそをボロ雑巾の如く絞って考えてもらいたいものだ。


そう、今日は大切な日。今日は彼と約束したデートの日なのだ。

日頃の受験勉強やら昨日の模試やら何やら……今がお疲れのピークであろうこの時期を見計らって打ち立てた最良の今日。

ストレス解消や疲労回復等の羽休めが名目の下、いつでもどこでもすまし顔を向けてくるあいつを今日こそドキドキさせてやるのだ。


「……あ」


そんな時、丁度よく彼からメッセージが。群衆で溢れかえっている広場のせいで、どうやら私の居場所を探しあぐねているようだった。

なので私は現在地を教えてあげる。もちろん、私から迎えに行くなどプライドが断じて許さない。


「あ、あの……せめてお名前だけでも」

「ごめんなさい。先約があるので」

「……はい」


目の前で意気消沈している丸刈りAを丁重にあしらいつつ、私は周囲を見渡す。

雑林のようにガヤが多く、彼の姿は全く確認できない。

腕時計に目を向ければ、集合時刻を五分過ぎた頃合い。この私を五分も待たせるとはいい度胸をしている。


「―――あ、いた」


途端、背後のモニュメントの陰から現れた人影。

イライラしていた本心を隠し、私は一瞬で表情を取り繕って振り返った。


真壁まかべくん! 良かった……事故に遭ったんじゃないかって心配したよ」

「電車が遅延してたから……それよりもごめん、須藤すどうさん待たせちゃって」

「ううん、私も今来たところだから平気」


そう擁護してあげるが、彼は依然としてすまし顔。口先だけ謝って済ませようだなんて、私を舐め腐っているのかしら?

でも私は寛大なので許容する。伊達に学校で女神と崇め奉られている訳ではないのだ。


「ほら、時間も勿体無いし早く行こ?」

「うん、そうだね」


“うん、そうだね”って……。

思わず心の中で辟易してしまう。だが仕方ないだろう。

駅前の広場で待ち合わせて実際に会って、じゃあそのままデートに移行だなんて、どう考えても不自然だ。

何と言うかこう……遠方からわざわざ赴いた女子を労ったり服装を褒めたりとか、最初にもっと伝えるべきことがあるでしょうに。


でもやはり仕方ないか。だってあの無愛想でお馴染みの真壁くんだもの。

他人の気持ちを慮ることができない人間だからこそ、この私を苛立たせるのだから。

いや、むしろありがたいくらいだ。変に善人を装われた方がかえって気を遣ってしまう。

だからそう、これで心置きなく彼に八つ当たりすることができる――――――


「……似合ってる」

「え?」


私が一歩足を前にした時、後方から小さくもそう囁かれる。

振り向けば、無愛想ながら真壁くんが真っ直ぐにこちらを覗き込んでいた。


「だからその、服装が似合ってるって……」

「そ、そう?」

「うん、良いと思う」

「……どうも」


なんだろうか、この浮足立つような感じは。

ただ褒められただけなのに、胸の奥がポカポカしてくる。

今までとは違うこの感じ、これは一体……


「? 須藤さんどうしたの?」

「え? あ、ああ、別に何も……」

「そう? でもちょっと顔が赤い―――」

「だ、大丈夫だから! さっさと行きましょ?」


いけないいけない、少し注意が散漫になってしまった。以後気をつけねば。

でもそうかそうか、最低限レディを気遣うことはできるみたいね。うんうん、なるほどなるほど……


「やっぱり顔が赤い―――」

「だから大丈夫だって! ほら、もう行くよ!」


興奮したまま踵を返し、私はショッピングモールへの街路を歩き出す。

こんなことで調子を崩されていては今日のプランが台無しになってしまうのに。

本来は私がドキドキさせる側なのだ。本末転倒になる訳にはいかない。


だから私は一旦深呼吸をし、冷静な表情を心掛ける。

そして、一歩遅れて隣に追随する彼に向けて、


「初めてのデート、楽しみだね?」


あざとくも微笑みながらそう告げた。鏡を見て何度も練習した、一番可愛さが映えるこの角度。


「うん、そうだね」

「…………」


しかし彼は無愛想なまま。こくりと頷いて無言になってしまうのみだった。

正直イラつく。やはりこいつは私の可愛さを理解していないのだ。


だからこそ今日のデートで私を意識させてやろう。再びそう心に誓ったのだった。







プラン崩壊。この状況にはその言葉が一番似合う。

映画鑑賞をして、その後にレストランに入り談笑、そして最後に巷で話題のスイーツ店で思い出作り。そこまでの進行には何ら問題はなかった。

でも内容は散々たるもの。この私の渾身のデレを、彼は全く意に介さないのだ。


「な、なんで照れないのよあいつは……!?」


ショッピングモール内の化粧室、その鏡の前で独り言ちる私。イライラした表情を隠せない程に動揺していた。

だってこんなのおかしいじゃない。

映画鑑賞中に隣席で偶然手が重なるよう仕向けたのに、レストランで注文したオムライスをアーンして食べさせたのに、彼が手に持つクレープをつまみ食いして間接キスを演出したのに、奴は全く表情筋を動かさない。

この私がこんなに身体を張ったのにも関わらずよ? こんなのおかしいに決まってる……!


「くっ……、他に何をすれば……」


少年漫画、ティーン系雑誌、恋愛ドラマ等々……異性を意識させるテクニックは網羅したつもりだが、既に大抵実践してしまった。もうストックがない。


彼を意識させるため、今の私に何ができるのか……


「“終電乗り過ごしちゃったね”とか?」


いや馬鹿か私は。まだ午後の七時なのに、これでは頭が沸いてると勘違いされてしまう。

もっとこう……健全な方法があれば。そうだ、例えば今晩私の家に誘うとか……


「―――いやそこで誘っちゃ駄目でしょうがッ!?」


堪らずセルフツッコミしてしまった。しかも想像以上に大声で叫んでしまったらしく、偶然後ろを通りがかったOLが表情を引き攣らせていた。


「! す、すみません!」

「あ、いえ大丈夫ですから……」


慌てて謝るが、彼女に目を逸らされてしまった。

完全にヤバい奴に出会ってしまったと言いたげな雰囲気がひしひしと伝わってくる。

そしてそのままの雰囲気を纏いつつ、隣の洗面台で手を洗うと、彼女はそそくさと足早に出て行ったのだった。


「……最悪」


その場に一人取り残され、私は屈辱に耐える羽目になってしまった。

いや違う、これは私のせいじゃない。あれもこれも全部あいつが悪い。

さっさと私を好きになってくれないから、今自分がこんな目に遭ってしまったのだ。

ならばあいつが悪いに決まってる。そうだ、そうに決まってる。


「…………」


でもそれなら……どうして私は、今にも泣きそうな顔をしているのだろうか。

鏡に映る私は弱弱しく、痛々しくて、とてもじゃないが見ていられない。

傷ついている? この私が? たかがあいつに意識されていない程度で?


「いやいや、そんなはず……」


そう言葉で抵抗するが、否定する度にズキズキと締め付けられるような痛みが走る。

胸の奥がぽっかりと開いたようで、両手で強く抱きしめても埋まることのない寂しさ。

この気持ちが本物だというのなら、今の私は果たして何を求めているのだろうか。


「~~~っ!」


ごちゃごちゃになった思考をリセットするように、私は頭を横に振る。

そんな下らない思索に耽る前に、私には現状を何とかする必要があるのだ。

取り敢えず外で待たせている彼と合流して……それより先はアドリブでなんとかしよう。大丈夫、私ならできる。そう自分を納得させて、私は化粧室を出た。


宵を迎えたショッピングモール内は依然として多くの賑わいを見せている。

彼はどこにいるのだろうか、そう思いながら周囲を見渡していると後ろから視線が。

真壁くんかと振り向くものの、そこには代わりに二人組の青年が立っていた。


「ねえねえ、もしかして今お暇? 間近で見ると結構可愛いし……この後合コンあるんだけどさ、もしよかったら一緒に来ない?」


私にとっては珍しくもないナンパ。おそらく大学生であろうか、派手な見た目で露骨に傲慢な態度をしていた。


「えっと、今はそれどころじゃないので……」

「いいじゃんか~! せっかくの日曜なんだし、それに他にも女子たくさんいるから安心だって~!」


穏便に断ろうとするが、彼等はさり気なく壁際まで迫り、次第に私の退路を断っていく。

いつものナンパとは違う、強引に迫られる恐怖が全身に伝播する。


「いや、だから今は―――」

「てかスマホ持ってる? 今のうちに連絡先交換しといた方が良いっしょ?」

「痛っ!? ちょっと離して……!」

「こら暴れないの~。ちょっとスマホ借りるだけだからさ~」

「! い、いや……!」


年上の男性に腕を強く掴まれて、恐怖で声が出てしまう。

それでも意に介さず、彼等は強引に私のスマホを奪おうとしてきた。


怖い、その言葉が頭を覆う。

こんなこと今まで一度もなかったのに、丁重に断れば皆諦めてくれたのに、どうして今日に限ってこんな目に遭わなきゃいけないのか。


……いや違う。むしろこれは私への罰なのかもしれない。

ただイラついたから、そんな理由で彼を貶めようとして。何ら悪いことをしていない真壁君に八つ当たりしようと企てて、最後には彼の気持ちを踏み躙ろうとしている私への断罪。

そう繋ぎ合わせれば納得できる。だって彼は悪くない、悪いのは私だから。




でもそれと同時に、私は自身を厚かましくて性根の悪い女だと思った。

この期に及んでまだ救いを求めている。助けを求めている。

恐怖で震える身体を携えて、直視できない現実に目を瞑り、最早声にならない声で叫びながら、


真壁君―――最も憎いと思っていたはずの彼の面影を切実に望んでいたのだから。


「―――あの、ちょっといいですか?」

「あぁ? 何だお前……って、うお!?」


すると突然、男性たちが驚きの声を上げ始める。

警備員だろうか、この異常さに気がついた人が助けに来てくれたらしい。恐怖におびえながらも、私はようやく目を開ける。

しかし、そこにいたのは他の誰でもない。


「……真壁、君?」


相変わらず無愛想な表情を見せる彼―――真壁君が目の前にいた。


「須藤さん、嫌がってるじゃないですか」

「い、いやだな~、ちょっとだけ話し合いしてただけですよ~? お兄さんが思ってるようなやましいことなんて、全っ然ないですから~」

「……だったら、その腕を離してもらえますか」

「や、だからこれは―――」

「離してもらえますか」

「…………」


いつもより気持ちの籠った言葉に、次第に彼等は怖気づいてしまう。

二人の青年も大柄に見えるが、真壁君は同年代でもかなりの高身長。加えて常時無愛想な表情を見せるので、彼等にとっては十分な威圧だったらしく。

「ちっ」と舌打ちを鳴らし、彼等はその場を後にしたのだった。


「……須藤さん、平気?」


ようやく辺りが静けさを取り戻した頃、真壁君は落ち着いた口調で言う。

心から安心する声。それを聞いて、強張っていた私の身体は解けていった。


「う、うん……平気」


震える声でなんとか返事をすると、彼は安心した表情を見せる。

彼も内心では緊張していたのだろうか、小さく息を吐き、そして―――


「よかった……」


そう言って小さく笑うのだった。


「―――……!」


穏やかな表情を覗かせ、優しい瞳で覗いてくる彼。

先程の彼等とは違う、その微笑みが本心からの感情なのだと伝わってくる。

キュっと胸が締め付けられる痛み。だけどそれは先程彼等に腕を掴まれていた時よりも心地良くて、収まらない鼓動がいつまでも鳴り響いている。

満たされている感覚、そして胸の奥に埋まっていく彼の笑顔。

今までに感じたことのない、寂しさが嬉しさへと変わる瞬間を迎えているのだと自覚した。


冷めない火照りが全身に伝播していく。

耳たぶも、頬も、手先も、全部が自分のものじゃないみたいに熱い。

こんなのおかしい。だってこんなの知らない。

息継ぎすらツラいのに、本心ではずっとこのままを望んでいるなんて矛盾している。

そもそも憎いと思っていたはずなのに、イラついていたからって理由で最初は八つ当たりしようとしていただけなのに、まずこいつに何の感情も抱いていなかったはずなのに。

違う、こんなの有り得ない。認めたくない。


なのに―――


「……真壁君も、そうやって笑うんだね」

「え、笑ってた?」

「うん、いっつも無愛想なのに今は笑ってる」

「ご、ごめん……変だったかな」


そう言って気まずそうに視線を逸らす彼。少しだけ恥ずかしそうに、いやもしかしたら照れているのかもしれない。

その仕草が愛おしくて、余計に火照りが収まらなくて、


「ううん、そんなこと、ない、し。それに……」

「?」

「そ、その……さっき私を助けてくれた、から……」


上手く回らない呂律でなんとか言葉を取り繕って、次第に私も視線を逸らす。

多分、羞恥心で頭が馬鹿になっているんだと思う。だってこんなことを告げるために今日のデートを企画した訳じゃないんだから。

なのに私は自身を偽れなくて、精一杯の抵抗は片手で顔を隠すことくらい。

ドッキリの種明かしはまた今度、自らにそう言い聞かせながら私は、


「……ありがとう。その……カ、カッコよかった」


初めて彼に本心を告げてしまった。

もう言い訳できない。プラン崩壊もいいところだ。

でも、それでも後悔していない自分がいて、むしろこれで良かったと安心する自分がいて、だから今だけは、このままでいたいと思ってしまう。

もう少しだけ、もうちょっとだけでいいからこのままでいたいと、そう願ってしまう。




―――ああ、そっか。


私、真壁君を本気で好きになっちゃったんだ。







あの頃の私はかなりウブだったと思う。初恋を自覚して、帰宅後には恥ずかしさのあまり高熱で寝込んでしまったのだから。今では有り得ない純情さだ。


「ねえねえマー君」


今朝になって不意に思い出した昔話。ソファでくつろぐ彼を名を呼び、ひとつ質問を投げかけた。


「あの時のデート覚えてる? ほら、付き合い始めて最初の頃のデート」

「ああ、あれか。うん、覚えてる」


覚えているとのことだったので、私はもうひとつだけ気になったことを尋ねてみた。


「途中までマー君ずっと無愛想だった気がするんだけど……もしかして内心緊張してた?」

「いや、どうだったかな。如何せん昔のことだし、詳しくは……」

「イエスかノーで言ったら? ねえねえ、どうなの?」

「……その訊き方は意地悪だろ」

「ほらほら~♪ さっさと言っちゃいなって~♪」

「ちょっ、抱きつくなって……」


とは言うものの、嫌がる素振りを見せない彼。

少しだけ躊躇うが、さり気なく視線を逸らしながら、


「……し、してた。というか一日中緊張してた」


そう恥ずかしそうに言うのであった。はい、可愛い最高。百点満点のデレだ。


「もうもう~♪ 相変わらず照れ屋さんなんだから~っ!」


だから私は顔を埋めて彼に身を寄せる。

薬指に輝く婚約指輪を携えながら、今日もまた彼を堪能するのであった。

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告白ドッキリして一カ月経つが、あれがドッキリだと未だに打ち明けぬまま本気で恋してしまった。 そらどり @soradori

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