45. 願いと道標
『ムゥン、精霊の気配か……俺わかるかなー』
『同胞の気配はわかるじゃろう? 外の精霊もたいして変わらんよ――セレ、いろいろ教えた礼、というわけではないんじゃが、一つ頼みがあるんじゃ。わしが話しておきたかったことでもあるんじゃが』
「頼み? なんだ?」
『うむ、うむ。エナのことじゃ』
『俺?』
首を傾げるエナにズミの丸い双眼が向けられる。緩く目を細めるさまは“爺”と呼ばれるに相応しい――そこには慈愛と憂慮が籠っていた。
『こやつは精霊の中でも変わり者でのう……単細胞で無鉄砲なうえ、すぐ調子に乗りおる』
『グヌッ……』
『一度外に行くと決めたのならもう止まらんじゃろう。わしもしょうがないと思っておるよ……セレ、頼みというのはのう、危なっかしいこやつが無茶をせんよう、見張ってほしいのじゃ。そして、守ってやってほしい――お主の旅が終わる、その時まで』
ぬらりとした丸い黒曜石がセレを映している。他意のない願い――この老練な精霊は、ただエナのことを案じている。
他の精霊に出会った時も感じたが、エナ自身も変わり者を自称しているものの、決して爪弾きにされているということではないようだ。“家族”のようなものなのかもしれない。
セレに“否”はない。なにより――。
「もともとそういう約束だ。こいつが“魔法”、私は“力”。戦うのは私の役目だ」
『そうか、そうか。頼もしいのう。では頼むぞ』
「承知した。無茶に関しては……まあ、善処する」
『おっ、俺、そこまで無茶なんてしねえよ!』
『ホッホッホッ、セレに心配をかけぬようにな――お前がようやく見つけたヒトなんじゃ。わしも信じておるよ』
好々爺然としたズミに、それを当然というように受け入れるエナ。精霊の家族事情は不明だが、父と子のようである。
敵わぬとわかっているだろうに挑み、手のひらで転がされるエナに苦笑する――その光景を目にして僅かな寂寥を覚えたことに、セレは最後まで気付かなかった。
『さて……長話になってしまったのう。そういえばお主らは“精霊のゆりかご”とやらを採りに来たんじゃったか』
『あっ、そうだぜ! あれどこに生えてんだ?』
『皆、案内してやりなさい。あまりセレにくっついてやるでないぞ』
「……なあ、なんでこんなに張り付かれるんだ?」
そう、ずっと張り付かれていた。頭に登られ、背に登られ、胡坐を組んだ足に居座られ――胡坐に丸まっているのは寝ているのではなかろうか。警戒心云々どころの話ではない。
『ホッホッホッ。そうじゃのう…………セレが懐かれやすいというのもあるじゃろうが、なにより魔力がないからじゃろうのう』
「……? 魔力が何か関係あるのか?」
『大いにあるとも。セレはこちらの出身ではないからピンと来ぬかもしれんが……魔力とは、生物が他の生物の傍で
「……すまない、説明されてもピンと来ない。それと魔力がないことが何の関係があるんだ?」
『うむ、うむ。つまり、セレは“魔力がない”ゆえに無害であるということじゃ。
太股の上、寝ぼけ眼のもっちりとした精霊を見やる。警戒する意味がない、ということか。
確かに精霊を害する意思はないが、それにしても無防備である。単にこの精霊達が特別ゆるいだけな気もするが。
『あとは……そうじゃのう。その金色の気が何とも言えぬ
『あ、それわかるかもしれねえ。なんつーの? 昼寝してるみたいな気分になるっつーの?』
「……その理屈だと、<
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とりあえず太股で二度寝しそうな精霊を抱いて、セレは案内役の精霊達の後を追った。
『ここだよー』
『オーッ! なんだ、いっぱいあるじゃねえか!』
「すごいな……この匂いだったのか」
この大樹には地下空間まであったらしい。外周沿いに伸びた螺旋の坂を下ると、上階よりは薄暗いものの、入り口からでも何層にも見える空間が広がっていた。まるで洞窟のようである。
空間を照らす数多の光る茸と苔、その光源に混ざって“精霊のゆりかご”は存在した。上階で香った花の匂いは“精霊のゆりかご”の匂いだったらしい。『だからなんか落ち着く匂いだったんだなー』と納得しているエナのそれは、いわゆる“実家の匂い”というものだろう。
『下なんて来たことねえから全然知らなかったぜ』
「確かに、これだけ広いと知らない場所があっても無理はないか」
エナは外暮らしらしいので尚更である。“精霊のゆりかご”はあちこちに群れを成して生えており、これなら必要分は十分確保できそうだ。
抱いていた精霊をそっと脇に置き、グローブにスコップ、バケツ型の保存容器を取り出す。何故か付いてきた精霊達は興味津々でセレの一挙手一投足を見守っている。非常にやりづらい。
『どれくらい必要なんだっけか』
「んー……特に数の指定はされてないな。全部採集するなってのと、できる限り欲しいってのは言われたが……なあ、どれくらいなら採ってもいい?」
『いっぱい生えてるし、好きなだけ採ればいいんじゃないの?』
『うんうん』
『残ってればまた生えてくるしなー』
許可は得た。残りのバケツ型保存容器は五つ。その全てをいっぱいにしても、この場にある“精霊のゆりかご”の二割にも満たないだろう。あまり持って帰りすぎても何か言われそうなので、ちょうどいい量かもしれない。
ここまでなかなか時間が掛かった気がするが、ようやく最後の仕事である。面倒な作業だが仕方ない――腕を捲り、セレはもうひと踏ん張りだと中腰になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――じゃあ、いろいろ世話になった」
『こちらこそ、あの怪魔のこと、エナのこと……これからも世話を掛けるのう』
『掛けねえっての!』
『ホッホッホッ――セレ、お主の旅が良きものになるよう、願っておるよ』
『では、エナをよろしく頼む』と重ねて頼まれ、セレは大樹を後にした。
エナもガラと最後にじゃれついて別れを済ませたようである。まだ先になるだろうが、デアナを発てば次にいつ帰れるかもわからない――本精霊は気にもしていなさそうだが。
『ウ~ン……しっかし、町を出た時はまさか集落に帰ることになるとは思わなかったぜ』
「そうだな……デアナを出て二週間か。帰りを考えると、依頼に三週間以上は掛かったことになるんだな」
『なっげえなあ……――アッ!』
「な、なんだ⁉」
『曲芸! あっぶねえ、忘れるとこだったぜ!』
「…………ああ、そういえばあったな、そんなの」
『セレッ、帰りは飛ばしていこうぜ! ホラホラホラッ!』
「ああもう、わかったわかった――その代わり、落ちるなよ?」
『おうっ!』
長い依頼であったが、それ以上の収穫もあった――降って湧いた出来事であったが、セレにとってはそちらの方が重い。
目指すはローゼス大陸、そして、各地の精霊を巡ること。そのことで何を得られるかはまだわからない。しかし、それでも進むべき指針が明かされたことは僥倖である。
セレは物事を悲観的に考える
もっとも目下はエナに付き合うことになりそうだ――急かされるままに加速し、セレは大きく枝を蹴った。
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