36. “精霊のゆりかご”の調査2

「――んだ、こいつ、死んでる……?」

「ど、どうして――」

「首を、ねられてる……? なぜ――まさか他の怪魔が?」

「んなこたぁ後だっ! スイルッ! スイルはどこだっ!」

「スイルッ! どこなの、どこ……お願い……っ」


 ――人、おそらく狩猟者ハンターだ。


 数は五人。何人かは空を飛んでいるように見えたが、そんな魔術もあるのか――呑気に考えている場合ではないのだが、セレは妙に感心した。

 皆少なからず怪我をしているうえ、ここまで全力で駆けてきたのか息も絶え絶えである――そういえば狩猟者ハンターは仲間で行動することが多いのだった。この女性の仲間なのかもしれない。


「おい、こいつの仲間か?」


「――――ッ!?」

「えっなっ――スッ、スイルッ!」

「スイルッ!」

「貫通はしてないが、腹に穴が空いてる。私の従魔が手当してるから、悪くはなってない」

「ぴゅい」

「――――ッ! 私が診ますッ!」


 仲間で合っていたらしい。突然横から声を掛けられ即座に身構えたが、それでも彼らの反応は速かった。いの一番に駆け寄ってきた有翼人フィニアの女性、残りの四人がその後に続く。

 セレはすっと身を引いて彼らに場所を譲った。ざっと見た限り、腹からぶつかったのか、胴、両腕の打ち身による赤みが目立っていた。骨は折れていなさそうなので、内臓破裂はなさそうだが――もっとも、それはセレの感覚でしかないので、実際のところはわからない。


「スイルッ! おいッ!」

「スイルッ……起きてよ、ねえ……っ」

「ッ臓器と血管に損傷が――いえ、でもこれは……出血は止まっています。打ち身はひどいですが……角が刺さっていたのがよかったのか、思ったよりは――」

「イーリス、スイルは助かるのか⁉」

「ええ、これなら――!」


 有翼人フィニアの女性はポーチから小瓶を取り出すと、瓶の中身を全て腹の傷に振りかけた。獣人族の女性――スイルが呻く。その様子に動じることなく、女性は短杖ロッドを構えた。



「――<深癒フロウプル・クーラ>」



「――ッゥ……ケホッ……カフッ」

「ッスイル!」


 思わずほう、と感嘆する。以前流し見した魔術教本で治癒魔術というものが存在するのは知っていたが、実物はまるで“奇跡”かのようだ。

 患部が淡く輝き、内臓の赤をみるみる皮膚が覆っていく。傷が完全に塞がると、今度は体全体を光が覆う。腫れた腹、腕から赤みが引いていく――。


「――ふぅ…………治癒、完了です」


 ――光が収まるとそこには、顔色は未だに悪いものの規則正しく呼吸する、綺麗に傷の癒えた女性が横たわっていた。


「よっ、よかったぁ……!」

「た、助かったんだよな……?」

「ええ……傷は大きかったですが、思っていたほど血を失っていなかったのが幸いでした。治癒中にはっきりわかりましたが、この子が、スイルの容態の悪化を止めていてくれたから……」


 有翼人フィニアの女性――イーリスにつられ、五対の視線がエナに向く。

 しかし、当の精霊はスイルの胸から腹に下りてぴょんぴょん跳ねている。セレの方には『おおーっ治ってるぜ! こうやるんだなぁ』と届いているが、当然五人に聞こえているはずもなく。


「こいつは、魔物? いや、さっき従魔って――」

「あっ」

「ぴゅいっ」


 ふよふよ戻ってきたエナが定位置のフードに潜り込む。スイルという女性はもう大丈夫らしいので、こちらでやれることはなさそうだ。揃ってこちらを見てぽかんとしているが、先程の動きを見るに素人ではないので問題ないだろう。

 まずはあのデカブツを回収しなければ。血臭の広がりが酷い。このままでは今度こそ怪魔を引き寄せてしまうかもしれない――本当にバッグに入るのだろうか。セレは少しばかり不安になった。


「大丈夫そうなら、早めに移動した方がいいぞ。じゃあな」

「あっ」

「えっちょっ――」

「まっ……待ってくれ!」

「うん?」


 大柄な央人族の男だ。鋼鎧に大盾を背負い、腰には剣を下げている。

 見た限り、この中で一番傷が深そうに見える――しゃがんでいたのを、男はふらつきながらもなんとか立ち上がった。


「あんたがスイルを助けてくれたのか? その、そこの怪魔を狩ったのは……」

「ああ、偶然目に入ったから狩りついでに助けた。確か、行動不能の狩猟者ハンターは救助しなきゃいけないんだろ?」


 そんな規約があった気がする。相互扶助がなんとか。ついでに教授への魔核みやげも確保できたので、特に感謝されることでもない。

 男はセレの言葉に一瞬目を見開いたが、すぐに表情を引き締め、まっすぐにセレに向き合った。


「仲間を、スイルを救ってくれてありがとう。何か礼をさせてほしい――俺達だけじゃ、スイルは間に合わなかったかもしれない」

「気にしなくていい。その仲間の女の運が良かっただけだ。私より、そっちを気に掛けてやってくれ。あと、お前も大概血塗れだぞ」

「大きな傷は治してもらったから問題は――いや、そうはいかねえ。俺達は金等級の【鉄壁アイアンクラッド】だ。助けてもらったってのに何もなしってんじゃ、俺達は金等級を名乗れなくなっちまう」

「あのっ、もうじきに日が暮れますし、一緒に野営をするのはどうでしょうか。食事の用意や夜警はこちらで引き受けます――いかがですか?」


 イーリスが前へ出て、しかし控えめに提案する。それに男が「それだ!」と乗り、残りのメンバーも「それがいい」と同意する。五対の縋るような眼差しが、一斉にセレを射貫く。


 ――余談だが、セレは自身が“悪意のない諸々”に甘いということを自覚している。


「……じゃあ、一晩だけなら」

『セレってよ、頑固そうなのに案外変なとこで折れるよな』

(“心が広い”と言え)


 全てを受け入れるわけではない。それほど人間ができているわけではない。だからなのだ――喜ぶ面々をよそに、押し寄せる巨獣狩り達きんにくをふと思い出し、少しげんなりするセレであった。


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