34. 早すぎる里帰り
『んー……? ああ、これかぁ。最近見たぞ』
――いつの間にやら自分の木の実パンを平らげていたエナが、ぷるりと震えた。胸毛に付いた食べカスがテーブルに飛ぶ。
(見たって……これをか?)
『ああ。どこだったかは忘れたが、俺の寝床の一つの近くに生えてたぞ。“精霊のゆりかご”か……あながち間違ってねえかもな。これ、いい匂いするもんだから、匂いの届く場所に寝床作ったりしてよ』
セレの肩にぴょいっと飛び乗り、図鑑を覗き込んでなんでもないように話す。エナの寝床がどの辺りにあるのかは不明だが、絶滅はしていないらしい。
「あー、その、絶滅はしてないらしいから、運が良かったら見つかる……んじゃないか?」
「「「…………“らしい”?」」」
「いや、
シュバッ――!
「どこに! あるの! それは――にゃいっ!」
「ピョッ⁉」
「――っと、飛び掛かるな!」
ビンッ――! 思いのほか速い。エナの方に突っ込んできたのを咄嗟に掴む。きゅっと羽を揃えて摘まんでしまったが仕方がない、条件反射である。
――失言をした気がしてならない。セレは内心、たらりと冷や汗をかいた。
「――はっ……私としたことが正気を……いや、そんなことよりっ! “精霊のゆりかご”!」
「従魔が言った、とな……セレは従魔の言うことがわかるんじゃな。随分と長く傍におるのかの」
「そ、そういえば、何かで見たことが――長く連れ添った従魔は、魔力の波長が合って考えていることがわかるとっ」
「あ、ああ、まあ、そんな感じ……」
『な、なんだよこいつら、急に……』
フードに素早く引っ込んだエナが震えている。ギラついた眼光は確かに恐ろしい――実際には出会って半月も経っていないが、言えるはずもなく。
鬼気迫る妖精が距離を詰めてくる。額と額がくっついてしまいそうだが、背面はソファーの背もたれだ。逃げ場がない。
「セレッ! セレには場所わかるんでしょ⁉」
「ええと、た、たぶん?」
「相場の倍――いえ、もっと出すわ! だから、採集してきてくれないかしら!!」
「か、金は別に、そこまで――」
「じゃあ物――私が作った魔導具はどう⁉ こう見えて私、白金等級ずっと蹴り続けてるくらいにはすごいのよ!」
「え、そうなのか?」
「結構そういう人多いのよ? 白金等級はいろいろ面倒で――じゃなくて!」
「見たことがあるってだけで、確実じゃ――」
「それでもいいから!」
「わ、わかった! わかったから離れろ!」
チェルシーの動きが宙でピタッと止まる――今更だが、羽で飛んでいるわけではなのだろうか。エナと同じく、羽ばたく回数がえらく少ない気がする。
驚いた顔のまま固まったチェルシーは、セレの言葉を嚙み砕いたのか、ぱぁっと破顔した。
「や……やった――――ッ!!」
「よかったですね、先生っ!」
「わしも嬉しいのう。“精霊のゆりかご”が手に入るやもしれんとは」
「プ」「プル」「ププ」「プン」「プッ」
『……あれ? あの草を採りにいくってことは、森に戻るってことか?』
(……早い里帰りになりそうだな)
気のせいだろうか。今は代替の利きづらい
――この世界の人々は、一般人でも押しが強い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――この内容ですと、確かにギルドを通した方がよろしいでしょうね」
「ほら見ろ」
「ちょ、ちょっと焦りすぎたかしらね……」
目線を逸らすチェルシーに、セレはじとりと半眼を向ける。少々気がはやりすぎた自覚があるらしい教授は「え、えへへっ」などと言って誤魔化すつもりのようだ――さすがに無理がある。あのフローラリアさえも苦笑している。
――あれからしばらく妖精教授の暴走は続いた。
気持ちはわかる。最高級の素材である魔核の話をしていたと思ったら、よもや絶滅が囁かれていたさらに上、特級素材の存在が藪から棒に出てきたのである。研究者として、見過ごせなかったのだろうこともわかる。
しかし、その後がいただけなかった。
「採取に必要な道具なんかはわかるが、
「ギルドとしても、“精霊のゆりかご”を個人間取引のみで済ませるのはあまりよろしくない、と忠告せざるを得ませんね。ものがものですから、不要な諍いを避けるためにも、あくまでギルドを通して取引し、その中で一定割合はそちらで確保。残りは市場に流すことをお勧めします」
「は、はい……気を付けます……」
独占は争いの理由に十分たり得る。それ以前に、ギルドを通さない取引は、そもそもギルド側にとって心象がいいはずもなく――内容が内容だけに後々問題になるのが目に見えている。
セレとしても、無償で借り受けた高級品など気軽に使えたものではない。仮に損失したとして、そのまま弁償となると非常に厄介である――“精霊のゆりかご”に気を取られても魔核のことを忘れていなかったようで、あれやこれやと押し付けられた運搬用の魔導具多数。その辺りも含めて書面に残しておかねばならない。
「“精霊のゆりかご”は現在、存在も危ぶまれていますから、調査依頼が適当でしょうか」
「ええ、そうね。それでいいわ」
「では、そのように。それから――」
チェルシーに意見を聞きつつ、スラスラとバインダーの上をペンが躍る。一通り書き終えると、フローラリアはこちらに見えるようにバインダーを机上で反転させた。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
【依頼発注書】
■依頼者 チェルシー・セルカ
■依頼分類 通常・調査・指名
■依頼内容 “精霊のゆりかご”の調査
■期間指定 なし
■等級 なし
■報酬 200万カロン
受注者と要相談(物品)
■手数料 10万カロン
■点数 80
■魔力値指定 なし
■備考 指名・(鉄)セレ・ウィンカー
獲得素材は依頼者優先
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
「なあ、報酬が跳ね上がってないか? というか、金は別に――」
「指名依頼ですが、実質金等級の受ける内容ですからね。金等級の依頼ならば、これくらいが相場ですよ」
「報酬に関しては、ギルドに手数料を払うためのおまけみたいなもんね。そういうもんよ」
「おまけなのか……」
報酬金額の5%らしい。そっと差し出された受注書にサインしつつ、そういうものか、と納得する。ギルドも慈善活動ではやっていけないのである。
「【“精霊のゆりかご”の調査】の受注、承りました。セレさんもこれで銅等級ですね、頑張ってください」
「あら、そうなの? 頑張ってね! 私もどんな魔導具がいいか考えとくから!」
「念のためもう一度言っとくが、確実じゃないからな」
チェルシーの後ろ、フローラリアもいい笑顔である。順当にセレの昇級が進みそうなことに大変満足そうだ。
チェルシーといいフローラリアといい、賢い人種というのはこれだから油断ならない――セレはひとつ、ため息をついた。
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